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[2189] いろいろ 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/16(Fri) 21:24  

くさのさん、一個人のサンプルが、どこまで母集団の特性を示すかは
難しい問題でして、特定の個人を平均例として扱うのは、
日本人は全員メガネで出っ歯とみなすのと同じくらいの危険性を持ちます。
ここら辺りは、慎重な検討が必要な部分のように思います。

宗教差別と、宗教闘争の事実はおっしゃる通りだと思います。
特に20世紀後半以降、意外なほどこれが世界を動かしてますね。
日本人の場合、自分だけでなく、中国という巨大な無宗教国家が近所にあるため、
よりその感覚が掴みにくいのかもしれません。

ただ、これを太平洋戦争におけるアメリカ側の
差別意識の一因と考えてしまうと、今度は1899年に始まった
フィリピン独立戦争におけるアメリカ側の残虐行為に説明がつかなくなります。

カソリックではありますが、すでにフィリピン人の多くが、
何世紀かに渡ってキリスト教徒化していました。
これをアメリカ人は、かつてのインディアン戦争なみの残虐さで殲滅しています。
両戦争ともマッカサー一族(ダグラスの父がフィリピン総統になってる)が
関わってるのですが、その根底には単純な人種差別感覚が強く、
それ以上の知恵は感じられないと思うのです。
私個人としては、両者は一応、切り離して考えるべきのように見えます。


婆裟羅大将 さん、おお、同志がいらっしゃいましたか(笑)。
155mmも砲弾、重そうですねえ…


ささきさん、いわゆる剣と魔法のファンタジー系に関して言えば、
全てのコンピュータゲームはウルティマとウィザードリーがそのルーツで、
その二つは1974年に発売された体験型卓上ゲーム、
D&D(Dungeons and Dragons)の影響で造られたものです。

D&Dは対戦車砲じゃない方のRPG(Roll-playing game)、すなわち体験式ゲームこと
ロールプレイング ゲームの一種で、複数の人間がそれぞれの役割を演じて遊ぶものです。
さまざまな怪物と戦ってこれを倒し、世界に光をもたらせ的な展開のファンタジーRPGのルーツはこれです。

このD&Dが1970年代後半になぜかアメリカの理系の若者の間に大流行し、
一人でも出来るRPG、いわばコンピュータ マージャンのような存在として
出てきたのがコンピュータRPGのウルティマとウィザードリーの2作でした。
やって見るとわかりますが、この2作を合体させて鳥山明さん成分を投入すると
ドラゴンクエストの一作目そのものになります(笑)。

で、その剣と魔法のロープレ、D&Dはトールキンの小説「指輪物語」の影響を受けて造られてます。
1955年に全巻がそろった指輪物語は、1960年代のアメリカで大ヒットを飛ばし、
後のあらゆるファンタジーの元ネタとなりました。
この世界で遊びたい、という欲求から生まれたのがD&Dのロールプレイング ゲームなので、
そこから宗教的なメッセージを読み取るのはちょっと無理があるように思います(笑)。

ついでに指輪物語の世界観は、これまたあらゆるファンタジーの元ネタ、
イギリスの叙事詩、ベーオウルフですから(トールキンはその研究者だった)
ここら辺りはニーベルングの指輪のような、ゲルマン系の巨人神話がルーツとも言えます。
少なくともキリスト教がヨーロッパを支配する前の時代の物語ですから、
やはり、そういった視点から見るほうが無難でしょう。
あの連中が怪物と戦うのは、基本的には金と名誉と復讐のためなのです。
ある意味、実にゲルマン的な世界観とも言えます。


[2188] 剣と魔法 投稿者:ささき 投稿日:2014/05/16(Fri) 16:34  

>くさのさん
「ドラゴンクエスト」に代表される剣と魔法のロールプレイングゲーム、あれはもともと
異教徒原住民を皆殺しにしていた大航海時代のキリスト布教活動が背景にあるという
説を聞いて「なるほど」と思ったことがあります。
ゴブリンだのオーグだの異形の怪物は異教徒の戦士、黒魔術使いは異教徒の呪術師、
ドラゴンなどの怪獣は宣教に立ちふさがる未開拓の自然を象徴したものだと。
あまり象徴主義的に解釈しすぎるのもアレですけど、キリスト教と牧畜農耕を
軸とする欧州において「手付かずの自然」は凶暴で野蛮な代物、教化されていない
有色原住民は人間以下の存在として認識されていた、という認識はひとつの
手がかりではないかと思います。


[2187] 富士山ろく、反復攻撃 投稿者:婆裟羅大将 投稿日:2014/05/16(Fri) 15:20  

>書いても書いても旅行記が終わらない、という不思議な体験はありますか…?

今年の春は 御殿場の日米同盟の各拠点に対し反復攻撃をかけたので
休日の活動が平日を全部使っても 書き終わらず、次の出撃という泥沼です。

昨今 米軍も歩兵用の武器は触らせなくなりましたが、155mm榴弾砲は装填、発射、砲尾を開けるシーケンスを体験させてました。

M4A1カービン は 89式よりコンパクトかも。実際800g近く軽いようだし。


[2186] 田舎の兄ちゃん 投稿者:くさの 投稿日:2014/05/16(Fri) 04:36  

1980年代の初め頃、東京の北にある学園都市で研究生活を送
っていました。そこには新住民と言われる東京や海外から来
来た新参者と、旧住民と言われる「田舎の人」が暮らしてい
ました。研究室に試薬等を届けてくれる代理店の営業マンは
旧住民でしたが、あるとき彼が中国における戦争犯罪に関す
る本に感動したと言ってきました(確か森村誠一の悪魔の飽
食)。で、左翼思想の持ち主かと思ったらさにあらず、「俺
もこんな風に中国人を殺してみたい」と全く逆のことを言っ
たのです。通常の教育を受けたものなら、たとえそう思った
としても、口に出して言うことはまずあり得ません。それど
ころか、私達に「そう思わない?」と同意を求めてきたので
す。彼が例外的な人物だったのかもしれませんが、80年代で
すらそうですから、1940年代のアメリカの田舎のにーちゃん
のレベルも想像がつくでしょう。

大戦中の人種主義に関してはジョン・ダワーの「敗北を抱き
しめて」に詳しいです。ただ、私は個人的には人種だけでな
く、キリスト教徒と非キリスト教徒という区別が大きかった
のではないかと考えています。マッカーサーも日本をキリス
ト教国家にすることを本気で考えていたようです。

この宗教の影響と言うのは日本人には全く理解できない部分
です。日本の歴史教育ではルネッサンスが宗教からの開放の
ように教えられるため、つい最近まで(というか現代でも)
所謂先進国において宗教が人間の思考や行動に影響を与えて
いたことが、日本人の思考からはスッポリ抜け落ちてしまっ
ています。これは宗教を否定する共産主義の影響があったの
かもしれません。現実には、近年の宗教対立はより深くなっ
ており、日本の学校でも「宗教とはなにか」を教えていかな
いとダメなのでは?と思います。数百年に渡り「ほぼ無宗
教」である日本人の方が例外的存在であることを認識する必
要があるのでは無いでしょうかね。



[2185] 無題 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/16(Fri) 02:29  

CONIさん、おっしゃる通り、チーズでしょうね。
個人的にはメニューの通りにスイス国が挟まれてたら、
初めて食べるのでドキドキだぜ、と期待していたのですが…

アメリカのスゴイところは、フォードの大量生産システムもそうですが、
誰が戦場行っても勝ってしまうシステムを造り上げる才能でしょうね。
いわゆるマニュアル化文化で、職人や高度技能者に期待しない、
という極めて現実的な思考です。
アメリカ中の田舎の青年に、当時最先端のレーダーから電波航法、
ノルデン式照準、さらにはジャイロ照準まで使いこなさせてしまったのは
まあ、驚くほかありません。

ロシア人に関しては、ある意味で世界で最悪の文化、
モンゴル帝国の正統後継者ですから、また別に考える必要があると思います(笑)。

杉村さん、ディズニーは軍属ではなく、赤十字の職員として第一次大戦に参加してます。
ついでに彼がやったのはドイツ狙撃兵のヘルメット造りです。
病院で知り合った兵士が集めてきたドイツ軍の一般兵ヘルメットを
貴重とされていた狙撃兵ヘルメットに似せて改造、負傷して帰国する兵に、
お土産にどうだいと売り飛ばしていたそうで、彼はこれでかなりの小遣いを稼いだと述べています。

アメリカ車の場合、実際に頑丈なのだ、というのはあるみたいですね。
日本の場合、80年代までの日本車はいろんな意味で貧弱だったという面もあると思います。
マツダがル・マンで唯一優勝したとき、スポンサー会社の一つの新入社員だったため。、
現地に行った先輩から、いろんな話を聞きました。
そこで日本のレーシングカーは、まだヨーロッパから
10年遅れてると言われて驚いた記憶があります。
1980年代ごろから日本は自動車大国、と聞いて育ってそんなものかと思ってましたし、
当時はF-1のホンダエンジンの全盛期でしたからね。

全体の完成度という点で世界が違うと思ったそうで、日本の自動車メーカーの実力、
察して知るべし、と思ったのを覚えてます。

某氏さん、あの見学にはそちらの旅行記をだいぶ参考にさせていただいたのですが、
アイスクリーム配給所と教会は、帰国後に気が付きました…トホホ…。
ニュージャージーの保管状態と公開区画を見ると、万が一の場合、
もう一回くらい使う気なんじゃないか、という気もしますね(笑)。

アイオワ級の場合、食堂に最強のセーガル型コックが搭載されてたりするらしいので、
主砲弾の直撃くらい、ヤツがなんとかする計画だった…のかなあ…

USSマサチューセッツは、某氏さんのとこの旅行記で見る限り、Mk.8射撃管制レーダーを始め
いろいろなレーダー類が大戦期のまま残ってるので、あれは見たいんですよ。
http://bohshi.fc2web.com/09bt05.html

ついでに某氏さんもまだ行かれてないUSSテキサス、
日本の主力艦と同世代で唯一の生き残りですから、あれも見ておきたいのですが…
どっかに時間とお金が落ちてないもんかしらん…。


[2184] ネタバレだったらすみません 投稿者:某氏 投稿日:2014/05/16(Fri) 00:27  

ニュージャージー、自分が行った時のことを思い出して懐かしく、
また自分なんかより格段に深い解説で改めて読ませていただいています。

ニュージャージーは見学ルート制限、ウィスコンシンは上甲板を歩き回れるだけと、
マサチューセッツやノースカロライナに比べてアイオワ級はどうも見学者に冷たかったような気がします。
アイオワとミズーリはみてないので断言はできませんが(笑)。

これからのおまけネタに温存されているかもしれないのでアレですが、
消火ホースの写真の右の見切れている銀色の区画が、
ハルゼー閣下も並んでいた(かもしれない)ゲダンク、アイスクリーム配給所だったように思います。

当たり前といえば当たり前ですが、
兵隊というより人間にとって一番大事な食事関連の施設は非装甲区画に集中してるというか、
ある意味ではここに一発食らうほうが多少の兵装よりも継戦能力に影響するよなあなどと思ったのを覚えています(笑)。



[2183] 最近買ったチーズが封を切ると壮絶な香りで 投稿者:杉村徹 投稿日:2014/05/15(Thu) 23:34  

戦場土産といえば、ウォルト・ディズニーがWW1での従軍当時にドイツ兵のヘルメットを集め、わざとボコボコにして他の兵士に土産物として売りつけた、なんて話を大昔のコンバットマガジンで読みましたが――どこまで事実かは。

サンドイッチですが、私もCONIさんの「スイスチーズ」説を支持します。勿論スイス産ではなくスイス風(スイス流)といったところなのでしょうが。一般的なスパークリングワインをどれもシャンパンと呼ぶ様なノリで。(私がこの前シャンパーニュを飲んだのはいつだったろう……)
海兵隊員の衣装、空白の年代は何が――と一瞬思いましたが、予備役時代ですね。……と思いきやベトナム時代のが並んでないのは何故。

赤道祭――同人誌「蒼海の世紀」で、主人公が女装させられて三笠から放り出されてたなぁ、と思い出して、当該巻(第5話)を探したら――どうやら転居時に処分した様子。
商業コミックス版の2巻に収録されてたものの――同人版は全ての台詞に英訳付記されてたのに対し商業版にはそれがないのが残念。
総集編同人誌買っとけばよかったー! というか早く同人版第15話が出ないものかと。
ttp://www.firstspear.com/azure-century/index.html

しばらく前の記事、オークランドセダンの「前輪のフェンダーの上の荷物箱」ですが、どうやって固定するのかはともかく案外あったのかもしれません。
……以前、タミヤ1/35のシトロエン11CVを組んでいて、「シトロエン11CV 民間車両用 積荷セット」
ttp://www.panzer-modell.de/ausgepackt/archiv/blast/35172.htm
というパーツの存在を知りました(Amazonで大きな画像が)。 なりふり構ってはいられない、といった雰囲気ですね。

1967年型ポンティアック グランプリの32年所有(アラスカまでという事は、フェリーを使ったのでなければカナダも経由?)、しみじみうらやましいのですが――。
アメリカ人が「物持ちがいい」かどうかはともかく、逆に
「日本人は意外とクルマを大事にしない」
「日本車は意外と長持ちしなかった(させなかった)」
のではないかと。
私が免許をとった90年代中期は、既に1年車検はなくなってた――と思いますが、ともかくも車検以外で整備に出さない、という人は結構いたんじゃないかと思うのです。
四国時代の知人で「オイル交換は車検ごとでいいと思ってたら、トヨタ・ウィンダムのエンジン載せ替えで四十万ほどした」なんて人がいましたが――。割と早いサイクルで廃車にしたり、あるいは高温多湿の気候の中でボディそのものが朽ちていったり、とか。
……古くからのアルファ乗りの方には、新車からワンオーナーで約四十年ほどジュリアのクーペに乗ってらしたり、という方もおられますが――そういうのもいいな、と思えるのです。私も今の159をじっくり十年二十年と乗っていきたいものですが。



[2182] スイスって 投稿者:CONI 投稿日:2014/05/15(Thu) 21:57  

 スイスチーズのことじゃないですか?写真ではチーズが挟まってるように見えますが。

 私の大学の教授が終戦当時大学生で、英語ができるからということで、進駐軍との通訳にかりだされた時の話をしてくれたのを覚えてるのですが、
米兵に全く英語が通じず、自分の英語力はこんなものかと落ち込んでいたら、翌日日系人の通訳が来て、「あいつら田舎者はまともに英語は通じないよ」と言ってたそうです。
 実際会った米兵がホントに田舎者ぞろいで、水洗トイレや電車の自動ドアにいちいち驚いていて、
「こんな連中に負けたのかと思うと情けなくなった」と言ってました。

 スティーヴン・キングの小説にも、ドイツ土産のワルサーとか、日本の軍刀が出てきますが、個人的には戦場のお土産っていうと、ソ連兵が「ダワイダワイ」って言って、日本兵から腕時計を取り上げるイメージが強いですね。


[2181] 分離 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/15(Thu) 18:42  

ここらあたり、21世紀の日本人には理解しがたい部分もあるのですが、
アメリカ軍の遺体収集癖と、オミヤゲコレクションは、基本的に別と考えるべきものだと思われます。

戦闘に勝って、敵の遺体の一部を持ち帰る、という理解に苦しむ行為は
独立前後の対インディアン戦から続いてるアメリカ軍の伝統(?)で、
軍人時代のワシントンもやっていたはずです。

白色人種ではない日本人は強烈な人種差別社会だった1940年代のアメリカの兵士にとって、
一種のインディアン、野蛮人でありその手の伝統の影響を受けた若者の一部に、
そういった行動に走る人間が居たと考えても不思議はないと思います。

対して、オミヤゲは純粋に記念品で、やや乱暴に言えば修学旅行で初めて行った海外で、
記念品を手に入れる、というノリが強かったように感じます。
ヨーロッパ戦線では、ルガーがカッコイイとされて(私はコルトの方が好きですが…)
これを記念に手に入れようと、ドイツ兵が投降してくるとルガーをねだるアメリカ兵が殺到した、
という手記を見た事がありますので、殺して奪った戦利品という感覚ではないように思います。


[2180] 人其々 投稿者:五反田猫 投稿日:2014/05/15(Thu) 14:05  

確かに仰る通り、様々な人がおりますね。

Wikiで「米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断」をひくと、かなりグロイ写真があり、どうしてもこういうショッキングなものに注意が行きがちですが、全体を見れば少数派なのだと思います。 
田舎から出てきた若者が多かったのは、中国戦線の日本も同じで、県内から出た事も無い人が、突然 海外に連れて行かれ、そこで見たものや土産が欲しいのも当然なのです。 それと同じ事が米軍でも発生して、規則上問題が無い 千人針やら日章旗などは、人気の土産だったと思います。

山本七平も、フィリピンの捕虜収容所で、手の器用な捕虜は土産作りが日常化しており、これを売ったり物々交換していたと書いています。


[2179] 自己顕示欲 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/14(Wed) 23:26  

うーん、個人的にはどうかな、と思いますね、その説は(笑)…。

ベトナムに比べるとはるかに平均年齢は高く23歳前後だったのですが、
それでも海外どころか州の外にすら出た事がなかった普通の田舎の若者が大半でした。
平均年齢23歳の田舎の青年たちの集団に、そんな十字軍的な欲求があったかどうか。
40過ぎのテキサスの保安官のオッサンとかなら十分ありえる話ですし、
一部には明らかに狂ってるといった人物が居たのも事実ですが、
平均年齢23歳の朴訥な田舎青年の集団全体が取る行動とは、思いかねるものがあります。

個人的には家に帰ってお母ちゃんに自慢しよう、位のレベルだったのではないか、
と思ってるのですが、こればかりは当時の現場に入ってみないとなんとも言えないところです。



[2178] 戦場土産の背景 投稿者:五反田猫 投稿日:2014/05/14(Wed) 22:13  

私が読んだ本では、ハンティングと同様だとありました。
獲物の一部を飾って、強い自分を再認識という事です。
どこまで一般化できるかは不明ですが、そういう傾向はあったように思えます。


[2177] 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/14(Wed) 22:04  

五反田猫さん、やはりそんなところですか。
アメリカ兵が戦場からお土産を持って帰る、という妙な風習を持つのは
おそらくこの第二次大戦からなんですが、どんなルーツがあるのやら、どうもよくわかりませぬ。

sskさん、移動用の足場、というのは意外にいい線かもしれませんね。
艦橋周りも、まさに窓拭き用、という感じの位置にあります。
ただ射撃管制装置の場合、入口はあの台座下にあり、上にもハッチがあって
中から出入りすれば簡単に上部に登れてしまいます。
現状は塞がれてしまってますが、元はハッチだらけで、
回転後でも上部に出るのに苦労はなかったように見えます。

足場だとすると、整備用か清掃用だと思うのですが、
ここら辺りも、見た事がないのでなんとも言えませぬ…。


[2176] Mk.37 投稿者:ssk 投稿日:2014/05/14(Wed) 12:59  

こんにちわ。
Mk.37の写真眺めていて気付いたんですがアンテナ載ってる本体とと基部の塔の側面にそれぞれ梯子がありますよね。
本体が旋回すると梯子の位置が合わなくなるので、例のリングを伝って横移動したのではないでしょうか。



[2175] 99式の背景 投稿者:五反田猫 投稿日:2014/05/14(Wed) 09:23  

以前 ペリリュー・沖縄戦記 (講談社学術文庫)を読んで、ショックを受けましたが、日本軍の遺品は土産として売られていたようですね。 軍服、階級章、武器は言うにおよばず、遺体の一部まで。

公式には、遺体の一部と、武器は、個人のものとする事は禁止され、禁令も出ていたのですが、裏返せばその事実が日常だったのだと思います。 99式にせよ、旧日本軍の武器は、アメリカの方が入手しやすいし、違法ですから持ち込みには海軍の将兵がかかわっていたのでしょう。


[2174] すごいのか 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/13(Tue) 17:17  

人類以外の動物でも高価な電化製品をかっぱらって走って逃げるヤツはいる、という証拠映像(笑)。
アフリカは怖い国だ…

しかし売りさばくルートがあるのか、何かよほど気に入ったのか。

https://www.youtube.com/watch?v=mB5Zw09cK0c

ついでに日本人が撮った猫の日常動画に、英語圏の人間が
what means this?(何が言いたいんだこれ?)
とコメントしてるのに対し、別の人間が、It's Japan. Don't question it.(聞くな、それが日本だ)
と答えてるのを見かける。
ああ我が国もずいぶんとキャラクターが立って来たなあ、と感動したり(笑)。


[2173] 小銃 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/12(Mon) 22:18  

ささきさん、情報どうもです。
おそらく99式だな、と思ったものの、なんか細部が変だなあ、
という感じがしてたんですが、そういった理由でしたか。

あの銃は両方とも1943〜45年に乗員だった人の遺品からの寄贈らしいのですが、
戦艦乗りの連中が、どうやって日本軍の銃を手に入れたのか、を考えると、
どうも終戦の混乱期に、売り飛ばしてた連中が居たんじゃないかという気もしなくもなく…
それともドイツ銃と違って人気がなかったので、海兵隊員あたりからもらったのかなあ。


[2172] 小銃とか拳銃とか 投稿者:ささき 投稿日:2014/05/12(Mon) 16:52  

鹵獲品の小銃、99式短小銃の末期型ですね。俗に「決戦型」とか言われているタイプです。
歩兵銃には距離による弾丸落下を補正するための「照尺」と呼ばれる目盛りつきの
照準器が付いているのですが、末期型ではピストルみたいなただの凸と凹に簡略化されて
います。

ピストルの方は解説どおり南部十四年式の初期型ですね。引金を覆う用心鉄が
ダルマ型ではなく円形で、グリップ下部に弾倉固定用の板バネが付いていないタイプ。



[2171] 使い道 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/11(Sun) 00:03  

私も装甲板か、弾片防御用のクッションをつけるんじゃないかなあ、と思ったのですが、
あれだけ写真が残ってるアメリカ戦艦で、そういった例が見当たらないのです。
艦長の言う事を聞かなかった班が罰として一斉に懸垂20回をやらされる場所、
といった可能性を個人的には考えております(笑)。

韓国のアレは使う場所と使い道を考えないで兵器を開発すると、そのツケを払わされるのは
現場の兵士なのだ、という気の毒な例だと思います。
まあ、わが国の場合も、あまり人の事、言えない部分がありますが…


[2170] 鉄棒 投稿者:CONI 投稿日:2014/05/10(Sat) 21:50  

旧日本軍の軍艦の絵などを見るとよく書いてありますが、
艦橋周囲などの鉄棒って、海戦の時に巻いたハンモックを取り付けるのに使っていたのではないでしょうか?
ニュージャージーにはベッド式の寝室があるので、ハンモックを積んでいたかわかりませんが。
ニュージャージーの記事を見ると、ソウルの戦争記念館にあった沿岸警備艇も、
もう少し装甲があってもバチは当たらなかったのではないかと思います。


[2169] 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/09(Fri) 21:30  

くさのさん、ご指摘どうもです。
袋ではなく、筒の方でしたか。本文も修正しておきました。

USSホーネットの5インチ砲は退艦して外から振り返った時に存在に気が付いて(涙)見てないんですよね…。
どうもMK.56射撃管制装置も残ってたらしいんですが、これも見てないし…。

HMSベルファストの時も思ったのですが、戦艦でも砲塔は狭く、しかも力仕事で、
あれはキツイ仕事でしょうね。
140mmでも、相当なもんでしょう…。

sskさん、情報どうもです。
エラク聞き取りにくい英語を話すベテランさんですが、
とりあえず、場所は確認できました。
ほんとにYou tubeはありがたいですねえ…。


[2168] 無題 投稿者:ssk 投稿日:2014/05/09(Fri) 01:10  

こんばんは。
僕も5インチ砲は薬莢使ってたのを記録映画などでみた記憶が
あったので改めて調べてみたらこんなページが。

http://www.navweaps.com/Weapons/WNUS_5-38_mk12_pics.htm

それと「砲塔前面中心方向を見る」の写真の中央、
モップ(木の棒?)が立て掛けてあるのが砲弾と装薬のホイストですね。

こちらも解説してる動画がありました(ほんとyoutubeなんでも出てくるなぁ・・・)
https://www.youtube.com/watch?v=tImW7y5i0Y8



[2167] 分離装薬筒 投稿者:くさの 投稿日:2014/05/08(Thu) 23:38  

MK12の場合は布の装薬袋ではなく金属製の分離装薬筒を使っていますね。5イン
チくらいまでは一体型砲弾だと思っていたのですが、ホーネットの5インチ砲の説明
を聞いて、分離型だということを知りました。ホーネットの5インチ砲には装填補助
装置らしきものはついていなかったと思います。日本の12.7cm高角砲には半自
動装填装置がついていましたが、発射速度はあんまり変わりません。このあたり
は体力の差から来ているんでしょうかね。

ちなみに、戦艦の副砲が金剛型の15cmから扶桑型では14cmと小さくなったのも
体力を考慮してのことだそうです。それでも副砲要員は力持ち(当時の基準でで
すが)でないとい勤まらず、名誉なこととされたそうです。知人の祖父がも副砲要
員で、生前つねにそれを自慢していたとか。


[2166] 分類 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/08(Thu) 23:37  

確かに分類は難しいところで、Battlecruiserも日本では
順番が逆になって(笑)巡洋-戦艦ですからね。

カサブランカの存在意義はおっしゃるとおり少なくありません。
あまりの速度の遅さに艦隊中での運用は放棄されましたが、
これを航空支援を必要とした海兵隊が拾い上げ、
太平洋の上陸戦では支援火力の主力兵種になっています。
あれがなければ、太平洋の上陸作戦は全く形が違うものになっていたはずです。


[2165] 分類 投稿者:はらひれ 投稿日:2014/05/08(Thu) 22:27  

シャルンホルスト級は巡洋戦艦・・・と思いつつ改めて調べてみたら、これって英国での分類だそうです。(ドイツ本国では戦艦に分類)
なんでも自国の戦艦よりも速い奴らはみんな巡洋戦艦だ、との理由だとか。
まあ兵器の分類なんて運用者次第ではありますけれど。

あとガンビアベイについてですが、どうもあの称号は米国艦艇限定のもののようです。

>カサブランカ級護衛空母も、優秀な艦ではあるんですが、さすがにいろいろ足りないものが多く、

とはいえあの規模の船体で一線級の軍用機を戦闘運用できた意義は大きいでしょうね。
まあそれなりに使えるから無茶振りされるってことなんでしょうけど。


[2164] 撃沈 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/08(Thu) 20:18  

はらひれさん、ホントだ、ユタは真珠湾攻撃の段階でも
対空訓練艦登録のままで、AG16として損害報告書が作られてますね。
艦隊復帰してたので、てっきりBB-31に戻ったかと思ってました。
まあ、登録がどうなったところで、主砲が全て外された対空砲訓練艦(&艦載機からの標的艦)ですから、
あまり大差はなかった気がしますが(笑)。

と、なると、日本海軍が除籍まで持ち込んだアメリカ戦艦はUSSアリゾナ&オクラホマの2隻だけか…。

ガンビアベイはささきさんも指摘してるように、唯一の戦艦砲撃による沈没ではないですし、
あれは空母といっても正規空母ではなく、軽空母ですらないCVEで、
しかも艦隊ごとオトリになって死んで来い、みたいな命令受けたあとですから…。

全50隻(笑)、月1.5隻のペースで作られたカサブランカ級護衛空母も、
優秀な艦ではあるんですが、さすがにいろいろ足りないものが多く、
現場ではCVEのEは Expendable、犠牲消耗用のEだと言われてたそうです。
そういや、カサブランカ級の損失も5隻でした。

ささきさん、何を戦艦と呼ぶかの国際基準はないので、本人がこれは戦艦、
といったら戦艦になっちゃうんでしょうね(笑)…。


[2163] 砲撃で撃沈された空母 投稿者:ささき 投稿日:2014/05/08(Thu) 12:05  

英海軍のグローリアスも独戦艦シャルンホルスト・グナイゼナウの砲撃で撃沈されていますね。
あの2艦を「戦艦」と呼んでよいものかどうか迷いますが、少なくとも独海軍では
戦艦として扱っていたようです。まぁあそこは条約重巡なみ排水量の
ドイッチュランド級でも「戦艦」という扱いですけどね…。



[2162] 沈没戦艦 投稿者:はらひれ 投稿日:2014/05/08(Thu) 00:09  

ユタは真珠湾時には砲術練習艦ですね。(標的艦としても使われたらしいですが)
戦艦としての役割は1930年に終了した模様。

真珠湾にて大破着底したウェストバージニアは「航空機の攻撃で唯一沈められた16インチ砲搭載戦艦」との称号を頂戴しているらしいので、引き揚げ後復帰した艦でも一度沈没したことになっているようですね。
とするとカリフォルニアも沈没戦艦の仲間入り、ということになります。

戦艦絡みのありがたくない称号といえば米空母ガンビアベイの「戦艦の砲撃によって沈められた唯一の空母」なんてのもありましたっけ。


[2161] 戦艦 投稿者:アナーキャ 投稿日:2014/05/07(Wed) 23:14  

ヒラオさん、婆裟羅大将さんが指摘してるHMSプリンス・オブ・ウェールズを別にして、
アメリカの戦艦に限ってしまえば終戦以前に除籍扱いになった戦艦は
ご指摘のとおり、パールハーバーのUSSユタ、オクラホマ、アリゾナの3隻だけで、
戦闘行動中に失われたものはゼロですね。

除籍扱い、という変な表現なのは真珠湾で着底した戦艦でも、
多くが引き上げて補修され戦線に復帰しているからで、引き上げできなかったのは
おそらくUSSアリゾナだけでした。
戦中に除籍になったUSSユタとオクラホマは
修理にかかる手間を考えると割りにあわないと、引き上げ後に破棄が決定されたものです。

婆裟羅大将さん、ご指摘のとおりですね。
ただ、HMSレパルスはBattlecruiser、戦闘巡洋艦ですから、
普通はイギリス人はこれを戦艦とは区別します。
なので、世界公認記録としては(笑)戦時捕虜じゃない方のPOWのみとなりますね。
ちなみにイギリスを含むなら撃沈した空母は6隻になります(笑)



[2160] ゼロ? 投稿者:婆裟羅大将 投稿日:2014/05/07(Wed) 21:23  

ヒラオさま

HMSプリンス・オブ・ウェールズ 、HMSレパルス
を忘れたら帝国海軍航空隊は浮かばれませんぜ。


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