■マッキ MC.202(C202) フォルゴーレ
Macchi MC.202(C.202)
Folgore
イタリアを代表する戦闘機のひとつで、フォルゴーレというのはイタリア語で稲妻のことらしい。
雷さまと流れ星は、どこの国でも航空機の名前としては人気が高いのね。
ちなみにこの機体、正確な機名がイマイチはっきりしないところがあり、
MC.202とする場合と、Macchi
C.202が正しく、機名はC.202だけ、とする場合がありにけり。
さらにイタリア空軍内では単に202と呼んでた、と言う話まであり、正直よくわからん(笑)。
日本では一般にMC.202で通ってるようなので本原稿のタイトルもそれにあわせましたが、
海外などでは両者のケースが半々くらいの割合で見つけられます。
言うまでもなくイタリア語なんてチャオとマンマミーアぐらいしか知らない私には、
どちらが正しいかなんざちっともわかりませんが、
心情的には
MacchiのC.202だから、機体名はC.202だけなんじゃないの?という気がしますねえ。
■2005年7月 アメリカ ワシントン スミソニアン航空宇宙博物館にて撮影

正直言って、全体的にスマートとか洗練されたとかいう印象はない機体(涙)。
ゼロ戦同様、機体の最後部がとんがって尾翼からはみ出してるのも特徴の一つ。
で、MC.202の主戦場は、当時、イタリアが自分で発端となっておきながら、
逃げ場がどんどんなくなってた北アフリカ戦線。
この機体も砂漠迷彩で、エンジンの吸気部には筒状の砂塵防止用フィルターがついてます。
北アフリカでは最終的に6の撃墜に対して1の損失という撃墜:損失比だったともいわれ、
もし本当ならたいしたものですが、全体的に機数もそろってなく、さほど目立つ活躍はしてないみたいです。
「その筋」においては、イマイチ人気のないイタリア機、連合軍もさして興味がなかったのか、
鹵各機体をあまりちゃんと保管していなかったようで、アメリカ、イギリスの
二大航空博物館帝国においてすら、現存機は極めて貴重です。
プレーンズ
オブ
フェイム、スミソニアン、イギリスの二つの帝国戦争博物館、RAFのロンドン館、
これら全てを見て来た中で、まともなイタリアの第二次大戦時の戦闘機の展示は、このMC.202ぐらい。
で、これの現存機も、イタリア本国にある1機と本機の2機のみのようです。
でもって、このスミソニアンの機体、その素性はおろかサブタイプすら「不明」。
スミソニアン自ら、後期生産型のVI(6)からIX(9)の間のどれかじゃないかにゃー、
よくわかんないけど、と投げやりな解説をしております。
1975年と、ここの機体でもかなり早くにレストアされてるので、けっこう適当なのか…。
さらに言わなきゃいいのに
「ほとんど知られてないが、イタリアのベストな戦闘機。
とりあえず、他の国と同じレベルの機体をあの国でも作れることを示したのだから」
てなことまで書いてます。
ほめんてんのか、ケンカ売ってるのか…。
イタリア機でこのレベルですから、連中が日本機をどう見てるか、考えたくないですな(笑)。
で、本機の総生産数は、、せいぜい1200機前後(1500説もあり)といわれており、
さらにマッキは自社工場でその1/3程度しか造ってないとか。
日本同様、大量生産のシステムがイマイチ完成してなかってんでしょうか、イタリア。

機体を下面から見る。
なんかもうまるで工夫も無く、そのまんま機体中央下面に取り付けられた箱状のラジエター部とか、いい感じです(笑)。
世界一頭の悪いラジエターを搭載してるのはわが国が誇る三式戦 飛燕さんだと長年思ってましたが、
こいつもかなりいい線行ってるなあ(涙)。
なんか日本機に感じるのと同じ「田舎臭さ」がイタリア機にもあるような気がしますね。他人とは思えん(笑)。
胴体は円筒形となってるの、わかります?
第二次大戦期のレシプロエンジンは大きくわけて空冷型と水冷(液冷)型があります。
丸くてデカイ空冷型と、今の自動車エンジンのような箱型に収まった水冷型、
その構造の由来はエンジン冷却の方式によるのですが、それぞれ一長一短でした。
そして各機体の胴体形状は、その搭載エンジンに大きく左右されたのです。
一斉に風をあてることで直接冷却する空冷エンジンは、シリンダーをむき出しのまま
平面上に配置する必要があり、その結果、円周上にずらりとシリンダーを並べる円形エンジンとなります。
このため空冷エンジン搭載機は、機体の形状もエンジンにあわせた円筒状になりやすく、ゼロ戦などがまさにそれです。
一方、エンジンの冷却にラジエターを使う水冷型は、シリンダーを直接むき出しにして空気にさらす必要がないので、
コンパクトな箱型にまとめることができ、その搭載機はP51ムスタングのような箱型形状の胴体になる傾向があります。
ただし水冷型、エンジンだけ見るとコンパクトですが、ラジエターを始めとする補器類が必要な事もあり、
そんなに大幅な軽量小型化が出来る、というわけでもないようですね。

空冷エンジンの代表格、アメリカ製R2800。
真ん中の棒がプロペラに繋がる部分で、この後ろにクランクシャフトがあり、
それを中心にシリンダーがずらっと円周上にならんですのがわかります?
わからなくても一方的に話は進みますが。
この状態でエンジンに直接風をあてて冷やします。
ただ、エンジンのパワーアップのためシリンダー(気筒)数を増やそう!
と思っても一回り分シリンダーをつけてしまったらもう場所がありません。
そこで、後ろにもシリンダーをつけて、二重構造になってゆきます。
見えにくいですが、このR2800も2段の輪っか状になったシリンダーが搭載されてます。
当然、後部にあるシリンダーには風も当たりにくく、冷却の問題が出てきますので、
ここら辺が技術的なポイントの一つとなるようです。

こちらは水冷エンジンの代表格、マーリンの23型。
乱暴に言ってしまえば、現在の自動車エンジンと同じような構造。
シリンダーはエンジン上部箱状のとこに並んで入ってる
V型エンジンです。
で、機体進化の過程でよりハイパワーなエンジンに交換する、というのは当時の航空機、特に戦闘機においては、
ごく普通に行われ、なかには空冷から液冷へと、まるで異なるエンジンに積み替えてしまった機体も多いです。
あまり大型化せずに高馬力化を狙いやすいため、空冷から水冷エンジンへの転換が一般的でしたが、
一部には五式戦、テンペストII型など、水冷から空冷へ移行した機体もあります。
で、どちらのケースにしてもエンジンにあわせて形状が決定していた胴体に、
まるで断面形の異なるエンジンをくっつけるので、その接合部の整形には苦心してるようです。
で、このマッキMC.202も空冷エンジンから水冷エンジンに交換した機体だったりします。
フィアット製のA.74空冷エンジンを積んでいたMC.200という機体がパワー不足だったので
ドイツ製液冷エンジン、ダイムラーベンツのDB
601系に置き換え再設計、
名前もあらたにMC.202としたものです。
もっともMC.200はガマガエルの鼻面にイボツキカウリングの空冷エンジンをつけてるような、
ほめるとしたらユニークの一手で押すしかない、というような機体。
MC.202と見比べて、同じ胴体です、といわれても、尾翼周辺部ぐらいしか面影はありません。
ただ、この機体宮崎メカスピリット満載で、斜め前から見るとほとんどガンシップですな。
風防ないし。
で、DB
601は途中からイタリアでライセンス生産されたものに置き換えられて行きますが、
このライセンス生産をやってたのがアルファロメオ。
ベンツのエンジンをアルファロメオが生産する、というなんだかチョーセレブなエンジンとなっております。
エンジンに関してはイギリスのロールスロイスといい、なんか贅沢な戦争やってますな、ヨーロッパ。
ちなみにマーリンのライセンス生産をしてたアメリカのパッカードも高級車メーカー。
我が日本じゃ三菱とスバルなんだぞ(笑)。
さらに日本でDB601(海軍用)のライセンス生産やってた愛知なんて、元々は時計メーカだぞ(涙)。
ヨーロッパ、アメリカと比べると、国策会社以外の民間自動車メーカーが、
事実上ゼロだったのは、日本にとって大きなハンディキャップだったと思います。
この点で日本とソ連は世界に対して完全に周回遅れ。
さらにちなみに、アルファロメオで生産したエンジンの名前、R.A.1000
R.C.41モンスーンという名だったとか。
微妙に長いな。
で、DB
601はおなじみMe109シリーズに搭載されていたのを始め、
日本でもライセンスを買って三式戦 飛燕や彗星に積んでましたから、枢軸国における
マーリンエンジンみたいな存在。
ただ、日本では「ちょっと高級なおもちゃ」すぎて完全にモノにできずライセンス生産は不調、
イタリアのこれも1200機程度の生産で終わってしまってますんで、
海外での活躍には恵まれないエンジンだったかも。

枢軸国の人気者、DB601エンジン。
プラグの配線などがエンジン下部に集中してるのは、
シリンダーヘッドが下にある倒立型エンジンだから。
レーシングカーやスポーツカーなどでドエリャーハイパワー!な水冷エンジンに慣れてたイタリアは、
最初こそ生産に手こずったものの、それなりに量産化に成功したようです。
ここらへんの技術事情はスペインとか、フランスも一緒。
本田総一郎が川原で走って大怪我したりしてた程度の日本とは、ちょっとわけが違いますね。

斜め後方より。とがった尾部がよくわかります。ついでに後輪、けっこうこった構造です。
この機体、さすがイタリア機って感じで、いくつかのユニークな特徴があります。
まず、左右の主翼の長さが異なってます(笑)。
設計主任のマリオ・カストルディ(Mario
Castoldi)は、従来より強力なトルクのエンジンを搭載する、
ってことでプロペラの回転につられ、機体が横をむいてしまう現象(トルクモーメント)を、かなり気にしたらしく、
左翼だけを20cm(21cm説もある)引き延ばし、そのカウンター要素とする、というあまり聞いた事のない設計を行います。
パワフルといっても、DB
601は1175馬力程度ですから、そこまでするか、という気もしますが、
本機の設計は1939年、おそらくMe109でおきていたトルクモーメントの問題を聞いて
あらかじめ手を打ったんでしょうね。普通は垂直尾翼を少し斜めにするとかで手を打つと思うんですが…。
もう一つの本機の特徴がコクピットの後部横にある隙間。
最初見たときは設計ミスか工作不良で、キャノピーのフードがぴったりあっていないのか、と思いましたが、
これ、ハイバックで後部視界が限られるコクピットのため、視界確保用に造ったものらしいです。
写真でも、完全な隙間になって向こうが見えてますが、
役に立ったのかなあ、あれ(笑)。
本機の前身となったMC.200はゼロ戦みたいな全周視界のコクピットでしたので、
視界の低下を嫌うパイロットに対する設計者の「妥協」のような感じがします。
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