■マッキ MC.200 サエッタ

MACCHI MC.200 SAETTA

2008年オハイオ州 アメリカ空軍博物館にて撮影


イタリア空軍の主力戦闘機の一つ…なんですが、
例によってヘンリー フォードのお世話 になれなかったイタリア、
量産には事実上失敗してまして(つーか成功した機体は一つも無い)
総生産数で1150機前後、開戦時には150機前後しか揃ってなかったと言う話。
…うーん、ローマ帝国滅亡以降、イタリア人は根本的に戦争に向いてないような。

ついでに、この機体も本来の名称は「C.」200だけで、
マッキのC200という意味でMC.200と表記されてる、という話があるんですが、
まあ、一般的には「MC.」200で通用してるので、ここもその名称で統一します。
愛称のサエッタは、イタリア語でLightning、稲妻の意味。



14気筒の空冷870馬力(離昇時?)というフィアット A.74 R.C38エンジンを搭載。
508km/h(高度5000m)出た、ということなので
このスタイルとエンジン馬力を考えればがんばってますが、
この数字、あちこちで見る割には出処がはっきりしないので、
ホントにそれだけ出たのか?は謎、としておきます。
そもそも、軍からの要求が500km/h出せる機体、だったらしいので、
この、あまりにちょうどイイカンジの数字は、どうも怪しいような…。
でもって武装は胴体上に12.7mm×2門のみ、正直言って貧弱です。

設計したのはシュナイダートロフィーでイタリア代表機を設計しまくりながら、
最後の大会で、よりによって機体の完成が間に合わないと言う、
悪い意味で世界をあっと言わせるカタチで宿敵イギリスに惨敗する
あのマリオ・カストルディ(締め切りやぶりは彼のせいだけとも言えないけども…)。

もっともこの時の機体、マッキMC.72は1933年、
本来の締め切りから2年後(笑)に世界記録を打ち立ててますから、
まあ、機体そのものの設計は悪くなかったのでしょう。
(ただし5機製造された内、4機は事故で損失…。
生き残った最後の1機は現在イタリアの軍事航空博物館で現存)

ちなみに最後のレースで優勝(というか他に参加機がなく事実上の不戦勝)した
イギリスのスーパーマリンS6Bを設計していたのが、
後にスピットファイアを世に送り出すミッチェル だったりします。
さらについでに、このMC.200の初飛行は1937年の12月のクリスマス イブ。
でもって1938年にあったイタリア空軍戦闘機コンペに優勝、採用となります。
よって、スピットファイアより1年9ヶ月ほど新しい機体、となるんですが、
うーん…。

この写真だと、前面風防から望遠鏡型の照準器が延びてるように見えますが、
あれは後ろに居るB24に搭載された12.7mm機銃なので、ご注意あれ。



反対側から。
ご覧のように風防なし屋根なし未来なし、のオープンコクピットですが、
当初はゼロ戦みたいに後方にスライドしてひらく風防がありました。
が、実戦部隊配備後、「視界がせまい」という苦情が殺到、
なんと生産途中から風防外してこのような状態に「進化」したのでした(笑)。
初期型の240機前後のみが風防アリで完成したそうな。

この機体は1942年11月、あのエル アラメインの戦いの直後に
ベンガジで放棄されていたのを英軍が鹵獲したもの。
でもって、イギリスお得意の
「麿の植民地だったイナカモンどもに敵の飛行機を見せてやって、
引き換えにイギリス戦時国債を買わせるでおじゃる大作戦」
に投入され、アメリカ国内中をドサ周り営業よろしく引きずり回されます(泣)。
アメリカで国債を売れば、その収入(少なくともイギリス人は借りたなんて思ってない…)
はドルですから、アメリカから色々買い付ける上では非常にメリットが多かったんですね。
よって、あの手この手を講じてます、イギリス人。

で、その後ずっと、アメリカ東部のニューイングランド航空博物館に放り込まれていたのを、
1989年に個人が購入、イタリアからマッキの技術者を呼んでレストアした上で、
この博物館に寄贈したとの事。
あまりに物好きな人だなあ、という気もしますが、これ以上詳しい情報はないので
詳細は不明、としておきます。
で、この機体もイタリア本国に1機、そしてここに1機、計2機の現存機のみの貴重な機体。

余談ながら、イタリア機は意外に当時のカラー写真が現存しており、
それを見る限り、迷彩塗装、もう少しドギツイ緑のような気も…。



ほぼ真横から。別の機体の解説板がジャマですが…。

この機体、なんというか、マリオが世界中に
「さあツッコめ!」と宣言してるようなデザインでして、正直よくわかりません(笑)。
胴体上面が上に向かって盛り上がっているデザインは、
空力的な要素を犠牲にしてでもコクピットからの視界を確保したかったんだろうなあ、
となんとなく理解できますが(ハリケーンなどと同じ)、
その後部は一直線に尾部につながらず、段差を造って胴体につながります。
…これだったら、ほとんど直進安定性に影響ないでしょうから、
素直にゼロ戦式の全周式風防にしとけば、
パイロットからも文句が出ず、風防取り外したりするハメにならなかったのでは…?

ちなみにこの「後部視界の無さ問題」はMC.202 になっても尾を引き、
わざわざ風防と胴体の間に隙間ができる設計にして、
後部視界を確保する、というあまり他に例を見ないステキデザインになってます。

全体的に、なんというか、1930年代前半の機体のニオイがしますね。


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