世界のトヨタの礎になったランドクルーザー、そのFJ25L型。クラウンと並んでトヨタが最初に量産した自家用車であり、その基盤を造った車と言えるでしょう。

展示の車両はいわゆる二代目、20系のランドクルーザーであり、BJ型とFJ型がありました。両者の主な違いはエンジンで、FJ型が3900cc、BJ型が3400ccとなります。ちなみに全長(ホイルベースが異なった)も大小の二種類あり(この車両のLは長い方の意味だと思うが確認できず)、エンジンはどちらとも組み合わせ可能だったとされます。ちなみに名称のJは多分、ジープのJですが、FとBがどこから出て来たのかはこれまたよく判らず。

展示の車両は1955年11月から発売になった二代目という事になりますが、一代目は事実上、米軍のジープのコピーでした(まあ二代目もほぼそうなんだけど)。初代は1950年8月、朝鮮戦争が勃発してエライことになっていた米軍と警察予備隊(自衛隊の前身組織だがPolice reserveの妙な翻訳で、本来は治安維持隊といった意味)による競争試作で三菱に負けた車両でした(ただしそもそも三菱はウィリスと技術提携しており、ジープのノックダウン生産を既に予定していた。出来レースと言っていい。ただし競争試作では無く純粋に技術的な試作だったと言う説もあり)。その後、トヨタは転んでも只では起きぬ精神を発揮、1953年からを民生用にこの試作車を売り出したのです(警察も採用したらしい)。ただしあまり売れなかったようで、現存する車両も無いと思われます(後にレプリカを一台造ったはずだが、この博物館には無いらしい)。よってこの1955年からの二代目が事実上の最初のランクルと思っていいかと。

でもって初代は当初、トヨタ ジープを名乗っていたんですが、ウィリス社の商標侵害の問題から1954年にランドクルーザーに名前を変えたのでした。ちなみに「トヨタ ジープ」の外見はほぼウィリス社の試作型に先祖帰りしてたんですが、その理由は不明。ついでに余談ですが、いわゆる朝鮮戦争の特需の恩恵はトヨタも受けており、BQ型3/4トン四輪駆動トラック(ただし日産との共同生産)を生産し、警察予備隊&保安隊に納入しています(トヨタのサイトではFQS型2.5トン六輪駆動トラックという製品もあったとされるが筆者はこれを知らない)。

ただし既に見たように、ランドクルーザーという名の車を最初に造ったのはスチュードベーカー社でした。戦前の1933年から自社のコマンダーのロングボディ型に採用したのが最初。この車は1955年まで発売されており、一年だけとはいえトヨタと発売時期が重複します。ランクルはかなり早くから対米輸出もされており、この点、商標とかどうなってたんだろうとUSPTOで調べて見ました(ヒマじゃないのに何やってるんだろう)。結論から言うと、USPTOの記録に残る限り、自動車でランド クルーザー(Land Cruiser)を商標登録したのはトヨタだけ、期限切れの記録を遡っても、スチュードベーカーは申請した形跡が見つかりませんでした。ウッカリさんなのか、そこまでカッコよくて世界を制する名だとは思っていなかったのか。ただ謎なのはトヨタもアメリカで商標登録したのは2002年、なんと21世紀になってからなのです(申請は2000年12月)。それまでどうしてたの、というのはよく判らず。1958年から既に輸出は開始してるんですけどね。ちなみに日本では1955年に既に商標登録を済ませ、1984年と2012年にロゴの変更を行っていますが、商品名はずっと維持したままです。この辺り、とりあえずよく判らん、として置きます。

ちなみにスチュードベーカーは「陸の高速外洋船」と言った意味でこの名を使ったらしいのですが、トヨタの場合、公式に「陸の巡洋艦」を名乗ってますから、より強気です。



ランクルもまた1958年夏からアメリカへ輸出を開始していました(この段階でアメリカのトヨタ販売会社が成立した)。ただし当初はあまり売れなかったようです(非公式な記録だが初年度1958年は全米で一台しか売れなかったらしい。ただしトヨタ側の記録では1957年の段階で47カ国相手に2502台輸出したとされる)。アメリカで一定の数が出るようになったのは三代目、1960年に登場した40系のランクルからだったと思われます(40系ランクルは60年代を通じアメリカで一番売れたトヨタ車だった)。

ただしクラウンよりエンジンが大きく、しかもシボレー6気筒の事実上のコピーに近かったので、現地での整備が容易という思わぬ利点が生じてました。さらに本家ジープの主力、CJ-3Bは4気筒の2200cc、55年に追加されたCJ-5で6気筒3700ccだったので、日本車のランクルFJ(3900cc)の方がより大きなエンジンを搭載している、という珍しい逆転が起きており、その後、徐々にアメリカでも売れ始めたとされます。特にクラウンが非力で壊れやすいとされ全く売れなくなった後、1960年前後はアメリカで売られている唯一のトヨタ車として奮闘したようです。

ちなみにこの二代目、どう見てもジープで全身全霊で四輪駆動の雰囲気を出してますが、実は後輪だけの二輪駆動という車種も警察向けに販売されていたようです。…何の意味があるんでしょうね、それ。



戦後日本の自動車産業の先頭を走っていたのはトヨタですが、普通の会社員が買える車(ただし顧客一号は雷門とナショナルでおなじみ松下幸之助なんだが)、という点で先行したのが富士重工業の自動車ブランド、スバルでした。1958年、このスバル360を発売し大ヒットとなったのです。いわゆる「てんとうむし」で、戦後日本の自動車産業を語る上で避けては通れぬ存在でしょう。展示の車両は1959年製のK-111型。開発中の社内名称がK-10だったので、形式番号K-111は恐らくその流れを汲んだものだと思います。ついでにフロントバンパーが左右二分割なのはごく初期型の特徴です。個人的に実車では始めて見ました。

ちなみに富士重工業は、戦争でケチョンケチョンにされるまで日本を代表する航空会社だった中島飛行機の後継と言うべき会社で、恐らくこの点が後で述べるモノコック構造の採用に繋がったのだと思います(厳密には後に日産に事実上吸収合併されるプリンス自動車も中島飛行機の流れを汲む。特にベテランの航空エンジン関係人材はプリンスに流れた)。

これ以前にも360t、2サイクル空冷エンジンの小型車はスズキなどから出てはいたのですが、価格、性能で見るべきものは無く、最初の大衆車といえるのは、やはりこのスバル360だと思われまする。

ただし庶民的と言っても1958年の発売時価格で42.5万円。労働統計年報 の昭和33年版によると当時の平均月給は2.5万円前後なので、年収1.7年分という辺りであり、クラウンなどに比べればかなり衝撃的な価格設定でしたが決して安くは無いのです。ただし絶対に手が出ないという程でもない、という感じでしょうか。でもなんで松下幸之助が最初に買うの、という気はしますが。ついでに未確認情報ながら、ゼロ戦に乗った最低野郎、源田実も買ったらしいんですよね、これ(恐らく国会議員になる前だが)。どうも客層悪いな、という気がしちゃうのは余計な世話でしょうが。



この車もドアは後ろ側に開きます。時代ですかね。

空冷で後部エンジン、後輪駆動なんですが、展示の車はさすがに前輪が跳ね上がり過ぎのような気が。当時のカタログなどでも人が乗って居ないと結構、前輪が浮いてるんですがここまででは無い感じ。何か理由があるのか、初期型はこんな感じだったのか、詳細は不明です。ちなみにサスペンションは戦車式のトーションバーサスペンションですが、それで車輪が浮くとも思えないんですよね。この点、舗装道路が少なかったので、悪路対策として高めの車高だったという話も聞いたことがあるんですが、確証は無し。ちなみに後輪のサスペンションは安価なアレことスイングアクセル式で、なんと四輪独立懸架です。

エンジンは空冷2サイクルの360cc、初期型は16hpでかなり非力でした。このためスバル360も軽量化のため天井は鋼板を取り除き、FRP(繊維強化プラスチック)製になっています。黒っぽく見えるのでフィアット500やシトロエン2CVのような幌にも見えますが開ける事が出来ませぬ(ただし簡単に改造できるから後に開放可能なコンバーチブルも発売はされた)。

ちなみにスバルの公式ホームページによると、最初に粘土模型とそれを拡大した実寸の石膏模型が造られ、そこから車体の図面を取って行ったとされます。全体的に曲線の多い外観なので、その方が効率良かったのかもしれません。ちなみに計画開始から試作車完成まで1年3カ月だそうで、それも凄いな、という話です。

ただし最大の驚異は1958年発売の大衆車でモノコック構造を採用していた事でしょう。恥ずかしながら最近までその事実を知らず、中島飛行機の生き残りすげえな、と驚いたのでした。英語圏ではユニボディ(unibody)とも言われるモノコック構造はカニなどのように車体の外枠が全体の強度を支える外骨格的な設計です。今では当たり前の造り方ですが、この時代の日本車としては画期的でした。よくぞこの価格帯の車でやったなあ、と思います。戦前からアウディの大衆車、オリンピア(1935)が既に採用はしていますが、それでもこの価格帯の、この大きさの車でのモノコック構造は驚きです(高級車などでは既に見た、1937年製シトロエン トラクシオン・アヴァンなどもあったが)。時代の先端を時速348qで突っ走るF-1ですら未だパイプフレームの時代ですよ(モノコック構造の採用は1962年のロータス25からだろう)。この辺りは航空機の設計が活かされている部分なのだと思います。フレームシャシ―とは強度計算も基本設計も完全に別物となりますからね。

ついでにいい機会なので次のページではユニボディ&モノコック構造とフレーム構造について、ちょっと解説して置きましょう。


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