■人は自分が見たい現実しか見ないから


とりあえず、珊瑚会海戦第一回戦におけるMO機動部隊の戦いを

1.索敵の失敗

2.攻撃部隊の行動


の二段階に分けて、少し詳しく見てゆきましょう。
ついでに、再度書いておきますが、記事中の時間は全て現地時間(UTC+11)です。
まずは、索敵の失敗から。

ついでに、ここからは従来の資料に加えて、
瑞鶴と翔鶴の飛行機隊戦闘行動調書も資料として使います。

これは一種の活動報告書、業務報告書で、決まった書式の報告用紙に、
参加機体、被害、戦果などを書き込んで行くものです。
文章のない戦闘報告書みたいな書類ですが、
これだけは珊瑚海海戦時の翔鶴の資料も残っています。
ちなみに、これもネット上のアジア歴史資料センターで見る事ができ、
ほんとにすごい時代になりました。

さて、7日朝の索敵開始時の全体の位置関係をもう一度、確認するため、
前回も使用した索敵地図を再掲載。

既に説明したようにMO機動部隊の索敵機は
アメリカの空母機動部隊、TF17が居た北西ではなく、
南西に向けて放たれていました。

そして以下の地図を見ればわかるように、
その索敵範囲に引っかかるのは、USSネオショーと
護衛の駆逐艦USSシムスからなる給油艦艦隊のみだったわけです。
(前回も書いたが実際のUSSネオショーの位置はもう少し南)



とりあえずMO機動部隊の索敵については前回の記事を見ていただくとして、
ここでは少し詳しく誤報の内容、
翔鶴索敵小隊からの報告を見て置きましょう。

翔鶴の飛行機隊戦闘行動調書によると、
6機送り出した索敵機は2機ずつコンビを組んで
180度(真南)、200度(南から少し西)、220度(さらに西)の3本の索敵線を飛んだとされます。

この内、180度線(真南)方向に飛んだ2機、柴田正信飛曹長が隊長を務めた小隊が、
この空母発見の誤報と、USSネオショー艦隊の再発見を行っています。

すなわちUSSネオショーに接触したのは単機ではなく、2機で、
しかも3人乗りの艦攻ですから、6人の人間がこれを観測してたのです。
それで3時間近く接触を続けながら、勘違いに全く気が使ったとなると、
6人全員が夢でもみてたのか、という感じですが…

とりあえず他の2編隊4機は何も見つけられないまま、
12時半までに翔鶴に帰還してます。

ちなみに、問題の2機の偵察員は友軍の攻撃部隊が現場に到着後、
母艦に引き返したのですが航法に失敗、帰還できずに母艦より100q以上北東の
インディスペンサブル環礁に不時着、後に駆逐艦に救助されました。
このあたり、本当に航法の失敗なのか、自分のやった失敗が恐ろしくなって
帰れなくなったのかはどうも微妙な気がしますが…。
(天候は悪くなかったし昼間だ。実際、この2機以外は全て普通に帰還してる)

とりあえず、MO機動部隊司令部の戦闘詳報に書かれている、
柴田小隊からの報告を時間軸に沿って並べると以下のようになります。

-----------------------------------------

●7:22(機動部隊司令部の手元に届いたのは7:30) 

敵航空部隊見ゆ 
地点ノウ四ツツ(地点を示す符号 発艦地点より182度 163海里)
針路25度 20ノット

●7:45(司令部の手元に届いたのは7:55)

敵航空部隊は空母 巡洋艦 各1を基幹とし
駆逐艦3隻を伴う 針路0度 速力16ノット

●8:30

空母の150度25海里付近に更に敵輸送船一を発見

●9:00

翔鶴から問い合わせ 付近に戦艦は居るか?に対し、
9:35に敵戦艦を認めず と報告

●10時35分(司令部の手元に届いたのは10:46)

我の接触せしは輸送船の誤り
我今より反途に就く

(ちなみに翔鶴の飛行機隊戦闘行動調書では10時の段階で
誤認に気づいていた、と書かれてる。
よって記録に残ってない報告が10時ごろにあった可能性がある)

-----------------------------------------

まず一読して気が付くのは、7:45の報告が妙に具体的で、空母、巡洋艦、
それどろか駆逐艦3隻まで居る、としています。
最初から最後まで2隻しか居なかったはずの給油艦艦隊なのに…。

さらに、よくわからない事に、
USSネオショー発見報告もその直後にちゃんと入ってるのです。
わずか25海里、46qなんて、飛行機では5分とかからず視界に入る距離で、です。
しかもこっちは1隻しか居ない、と報告してます。
なんで…?



連載の最初に見た写真で再確認。
高度4000m前後から見ると、47q先の艦隊なんて簡単に見えてしまうはずなのだ。
ちなみに現地の天候は晴れ、視界は20海里(約37q)とされてるので、
両者の中間地点にいれば、同時に両艦隊(それぞれ23q前後の距離)が見えなければならない。
見えないなら、何かがおかしいのだ。こんな簡単な確認もしなかったのだろうか…。
だとしたら、絶望的に観測、索敵という仕事を理解してなかったとしか言いようがない。

ただし、これはそういった訓練を一切してなかった海軍上層部にも責任があるだろう。
現場の人間だけを責めるのは、少々、気の毒な気がする。




さらに問題なのは、アメリカ空母機動部隊の針路を最初の報告では北北東の25度、
次の報告では0度、すなわち真北としているところ。
どちらも南下中の日本のMO機動部隊と正面からぶつかる航路です。
既に空母必殺の間合いに入ってる上に、さらに接近中とあっては、
MO機動部隊はすぐさま攻撃隊を発進させるしかありませぬ。

が、USSネオショー側の記録を見る限り、TF17から分離された後、
彼らは常に南を目指しており、一度も北に向かった事はないのです。

ここまで来ると、さすがに何か別のもの、波立ってる岩礁、
あるいはクジラ(上空からみて潜水艦と間違えられることがあった)などを
空母機動部隊と見間違えたのではないか、実はUSSネオショーの給油艦艦隊は、
本当に8:30に初めて見つけたのではないか、と思ってしまうところ。

が、USSネオショー側の記録を見ても、
確かに朝7:40頃に初めて偵察機を発見した、と報告しており、
連中が見つけたのはUSSネオショーの給油艦隊で間違いないようです。
(ちなみに当初、アメリカ側は友軍機だと思ってた)

となると、前日のツラギの大艇といい、日本海軍の
偵察員の技量は、恐ろしく低かった、という事なのでしょうね…。
航空部隊の全員が底抜けの無能、というのは確率的にあり得ませんから、
これはそういった訓練を普段からやってなかった、と考えるべきでしょう。

とはいえ、その後も2時間近く接触していたのに、
全く自分の過ちに気が付かなった、というのはどうも
21世紀の平和社会に生きる私なんかには理解に苦しむ部分があります。
6人もの人間がそこに居て、ホントに誰も気が付かなかったんでしょうか?

あるいは小隊長が自分の勘違いを押し通して、
周囲の意見を無視したのかとも思いますが…。
我々は空母を見つけて大金星を挙げるのだ、よってあれは空母だ、
という信じられないような思考をする人間は少なく無いですからね。

ちょっと脱線するとドイツのプリンツ・オイゲンが
ビスマルクと一緒に出撃した時に似たような話があります。
アイスランド沖でいきなり出現したイギリスの戦艦HMSプリンス オブ ウェールズと
戦闘巡洋艦(戦艦と巡洋艦の中間の艦。純粋な戦艦ではない。日本の金剛型も改修前はこれに近い)
であるHMSフッドを見たプリンツ・オイゲンの観測員は、
HMSキングジョージ5世(HMSプリンス オブ ウェールズの同型艦)
そしてHMSフッドと、ほぼ正しく敵を観測して報告してました。

が、これを聞いた砲術長は、敵が戦艦と戦闘巡洋艦なんてありえない、
と頭から決めてかかって、あれは巡洋艦に過ぎぬ、と榴弾での砲撃を準備させてます。
(戦艦が相手なら分厚い装甲を撃ち抜く徹甲弾でなければいけない)
この時、ドイツ側にしてみれば、そんな強力な艦隊に出てこられてはたまらん、
という願望があり、その願望を通して事実を見ると、
この砲術長のような過ちを犯すことになります。
(ちなみにHMSフッドを轟沈させたのはビスマルクの砲撃による)

人は、自分の見たくない現実は見ない、すなわち古代ローマの超人カエサルの言う
“人は自分の見たい現実しか見ない”傾向が常にあるわけです。
都合の悪い数字は無かったことにする、くらいなら会社が倒産するだけですが、
戦争でこれをやると多くの味方の兵が、無駄に死に追いやられることになるのです。

この索敵機小隊の彼らが不時着した環礁から救助された後、
その件をどこまで検証したのかよくわかりませぬ。
少なくとも、現存する資料にその点を触れたものは見たことがないですし、
次のミッドウェイ海戦における空母機動部隊の
お粗末な(というか何もやってない)空母機動部隊の索敵を見ると、
この失敗から、何も学んでないのでは、という気がします。

日本軍の場合、軍の最高意思決定機関である大本営からして
“自分たちの見たい現実しか見ない”傾向が強すぎるので、
現場の皆さんばかり攻める気にはなりませぬが…。

それでも失敗から何も学ぶ気がないのなら、
その錯誤から連鎖的に生じた数々の失策ために死んでいった人たちは
あまりに報われない気がします。




ちなみに、高速で移動する艦艇の場合、その大きなエネルギーが
大きな波、航跡を後方に残すため、その移動方向の判定は難しくない。
前日のツラギの飛行艇といい、なんでこうも方向判定を90度以上も
(この日の翔鶴機に至っては180度近い)
読み間違えるのか、どうもよくわからない部分があるのだが…。

USSネオショーは給油艦なので速度が遅く、航跡が見えにくかったのか、
とも思うが、前日のツラギ基地の大艇の方位判定大失敗からしても、
純粋に当時の偵察員の技量が低かっただけ、と考えるのが正しい気がする。

ただし、これは観測者個人の責任ではなく、偵察を軽視して、
キチンと訓練を行っていなかった海軍上層部が責めを負うべき問題だろう。



NEXT