■南海の使者 羅飛兎号
というわけで不必要なまでに長期化してしまった今回の旅行記、
最後のオマケは、これだ。
南海電鉄の誇る青い衝撃、特急ラピート号である。
なんば駅に入線してきたラピート号。
漢字で書くと羅飛兎号である(私が決めた)。
その「疾走する悪い冗談」とでも形容すべき特異な形状に、
さっきのジャンジャン横丁の飲み屋で、酒にメチルアルコールを混ぜられたか!
と思わず我が目と世間を疑いかけてしまうが、
冷静に検討してみると、実に理に適った形状となっているのである。
初めてその姿を見た人間は、この列車の奇怪な形状に衝撃を受けるだろう。
かく言う私も、つい去年までその存在すら知らなかったのだが、
最初にその写真を見たときは、アゴも外れんばかりの衝撃を受けた。
が、今回の旅行を通じ、その通過エリアを自らの足で歩き、そして考えた結果、
南海電鉄の正しさを確信するに至ったのである。
ここでは私のわかる範囲内で、その恐るべき設計思想を見てゆこう。
横から見ると、車両先端部が流線型の華麗な形状となっているのがよくわかる。
高速化を狙ってのものだろう。
難波から関空までせいぜい40km、高速化のメリットは薄い、と考えるのは早計だ。
この列車は、やや治安に難あり、というエリアを通過する。
ほぼ全線高架となっていても、安全を最優先とするなら速度は重要なポイントとなる。
当たり前だが、高速であればあるほど、危険なエリアの通過は短い時間ですむ。
さらに、運動エネルギーは、速度と質量の積であるから、
おなじ列車なら、高速の方が接触、衝突妨害に対してより大きな破壊力を持つ。
この列車の場合、車両の前半部に一見、不必要と思われる段差が多く見えるが、
これは居住空間の減少を最小限にしながら、先端から車両中央にかけ、
全体的になだらかに断面積が増加するように配慮した結果だろう。
つまり、一種のエリアルールに基づく設計と考えるのが自然である。
この車両が地表で時速1100〜1250km/h前後の遷音速走行を
ねらって設計されているのが、よく理解できるポイントだ。
例えば列車強盗が、列車の速度低下、あわよくば停車を狙って、
アメリカバイソンやドードー鳥などを線路に放った場合、
従来の列車なら、停車に至らないまでも、減速は避けられないだろう。
が、遷遅音速で走行していれば、簡単にこれを跳ね飛ばして排除できるし、
(銃弾を人間が手で投げても怖くないが、ピストルから高速で撃ちだせば殺傷力を持つ)
正面方向以外からの接近の場合、一部の気流が音速を超えているはずだから、
衝撃波の壁で接近すらままならず、下手すれば弾き飛ばされることになる。
が、理屈ではわかっていても、なかなか実行できるものではない。
南海電鉄の恐るべき未来科学鉄道力によるものだろう。
人類は、喝目してこの車両の存在を熟慮する必要があるはずだ。
やや正面から。
コクピットが特異な球形となっているが、エリアルールの適用のほか、
あるいは緊急用脱出ポッドになっている可能性がある。
高速移動体からの脱出方法については、アメリカ空軍が1950年代から60年代にかけ悩み続け、
最終的に、B-50ハスラーや、F-111で脱出カプセル方式を採用している。
だが、結局やたら重量増加を招いた上、最初の実戦出撃、さらに2回目の実戦出撃で
連続して出撃後に行方不明になる、という間違った方向に衝撃的なデビューをF-111が飾ってしまい、
何の役にも立たん、という事が証明されてしまった(最後までパイロットの安否は不明)。
このため、以後の採用は無い。
が、地上走行である列車の場合、航空機ほど重量問題がシビアではなく、
さらに轟音と共に飛び去る脱出ポッドに列車強盗がチビってる間に、
列車は危険エリアを走りぬけてしまえる可能性が出てくる。
当然、以後は列車の運転手不在となるのだが、乗客の大半は関西人と思われるので、
そこはノリとガッツでカバーが可能だろう。
非常に合理的で、そして勇気ある設計と見ていい。
ついでに、先端部はインコのクチバシのようなフィンとなっているが、
遷音速級の速度を出す以上、空力的な安定性の確保は必須であり、
ここら辺も理に適っている。
また、確認はできなかったが、一部が可動になってるようにも見え、
航空機の水平尾翼のラダー(舵)のような働きも担ってる可能性がある。
これだけの質量が遷音速でカーブを曲がろうとした場合、
レールに車体を押し付ける力が不足するだろうから、
空理気的な補助は必須で、ある意味、当然の装置かもしれない。
遷音速走行時の衝撃波の流れによっては、車内と車外に大きな気圧差が生じる可能性がある。
窓には気圧差による強力な“吸い出す力”が架かるわけで、このため、
単位面積でもっとも負担に耐えられる円形の窓が採用されている。
ここら辺は、空気の薄い高高度を飛行するジェット旅客機の窓と同じ設計思想だ。
乗客の安全を何より優先する、南海電鉄の思想がよく理解できる部分だろう。
外なんか、よく見えなくても仕方ないのだ。
(この点を考慮しなかった初期のジェット旅客機、デハビラントのコメットは、
四角い窓周辺の金属疲労から、墜落にいたるという悲劇を招いた)
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