■墓地での迷子
墓地の中にはこういった感じのいわくありげな建物がいくつかあるのですが、
今回は時間がないので、あまり人が居ない、有名どころでは無さそうなのは
全部素通りして行きます。
さて、先を急ぎましょう。
園内にはメインストリートというか、主要幹線道路というか、
そんな感じの二車線道路がいくつかあるのですが、
例の巡回バスはここを走ってるようです。
ちなみに、自家用車で乗り入れてる家族も見かけたのですが、
原則として車は入れないらしいので、遺族の方とかですかね。
実はここに来るまでに何箇所かで墓碑の年号を見ていて、
どうもここはアーリントンハウス周辺から開発が始まって、
次に北側が広げられたようだ、というのには気が付いてました。
となると、南北戦争の次は対スペイン戦争やら第一次大戦であり、
どう考えても20世紀の末に亡くなったボイドが埋葬されてるとは思いがたい。
が、この段階では16番地だと思い込んでましたから、
とりあえずそこまで来てしいました。
その16番地は、なんだか中心に銅像のようなものまで建っており、
平時に天寿を全うした一軍人の眠る場所としては、明らかに変だなあ、と思ったものの、
この段階ではまだミスに気が付いてませんから、行ってみる事に。
彫像に掘り込まれてる兵隊さんの衣装、どう見ても南北戦争時代のもので、
手前の説明板にもヴァージニア州軍事委員会が設立、
みたいな事が書かれていて、どう考えてもあやしい(笑)…。
ちなみに後で調べて見たら、南軍(confederate)記念碑だったそうな。
ただし、この手の彫像と周囲のお墓の年代は必ずしも一致しない、
とすでに学習してるので、念のため、周囲のお墓を調べてみます。
一通り、墓碑を見てみると、1920〜30年代のものばかり。
この段階で、己が何か致命的なミスをやった事を確信、即時撤収に入ります。
なんてこったい。
とりあえず、時間を見つけて再戦だな、と思ったのですが、
結局最終日にようやく再訪を果たす事になります。
さて、現在6時半。
ここまで入り口から40分近くかかってる事を考えると、閉園ギリギリです。
もっとも、来るときはあちこちを見学してますから、帰りは半分以下の時間で行けるはずですが。
少なくともここに閉じ込められて、一晩過ごすのは絶対にゴメンだ、
と思いながら足早に撤収に入ったのですが、ここ、気になるものが実に多いので、
そう簡単には外に出れません(笑)。
右のはcanadian
cross、直訳するとカナダの十字架ですが、
一体全体、何の記念なんだか説明無し…。
左の監視塔みたいのはメイン州のマスト(Mast of
the
maine)と呼ばれるもので、
これまた、何のためのものかよくわかりませぬ…。
**追記**
これはメイン州のMaineではなく、戦艦USS
Maine のことで、そのマストではないか、
という指摘を掲示板にていただきました。
確認したところまさにその通りだったので追記しておきます。
1898年に始まるアメリカ-スペイン戦争のきっかけとなった、
キューバのハバナ湾に停泊中に、謎の爆発とともに沈没した戦艦、
USS メインのメインマストであり、これはその犠牲者への慰霊碑でした。
ちなみに、この事件をアメリカのマスコミはスペインの攻撃であると主張、
以後、対スペイン戦争キャンペーンを展開して行きます。
この結果、アメリカはスペインと開戦してキューバ、フィリピンを手に入れ、
遅ればせながらの帝国主義に乗り出すのでした。
…ここら辺り、後に第二次大戦を始めた時の日本にそっくりですね。
ちなみに、現在ではUSSメインの沈没は事故だった、
というのが一般的な見解となってます。
ちなみに、地図によるとこの辺りに、スペースシャトルコロンビアとチャレンジャーの
両事故の慰霊碑、さらにはカーター大統領の軍事的大失敗、
イラン大使館人質救出作戦の犠牲者の慰霊碑がある、
との事だったのですが、残念ながら発見できず。
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