■戦う鳥たち

さて、ここからはこの部屋に展示されてる
第二次大戦時の航空機紹介になります。
ここにある機体はスピットファイア(イギリス)、ゼロ戦(日本)、
Me-109(ドイツ)、P-51(アメリカ)、MC.202(イタリア)と
ソ連以外の主要参戦国の主力戦闘機が5機となっています。

MC.202を別にすると、他の場所でも見れる機体じゃないか、
と思ってしまいますが、これが罠でして(笑)、
どれもこれも、一癖も二癖もある特殊な機体ばかりです。

スミソニアンは、1974年頃から大戦機の本格的なレストアを開始するのですが、
ここにある機体はその第一世代、
1974〜76年にごろにレストアされた機体が並びます。

そんな各機体の解説ですが、その来歴の紹介を主として、
機体そのものの解説は、基本的に省略させてくださいませ。
全てキチンと説明したらエライ事になるの、目に見えてますので…

いずれ、どの機体も航空機愛好機関でキチンと説明しますから、
この点はご容赦のほどを。



まずは美しきイギリスの主力戦闘機、スーパーマリン スピットファイア。

アメリカにもスピットは結構残ってるのですが、この機体はスミソニアンらしい、
極めて特殊な機体で、140機前後しか造られなかった高高度型のMk.VII(7)です。

スピットファイアと名の付くものは、それこそ近所の野良猫まで大切にする
イギリス人ですがVII(7)型は本国でも残っておらず、
よってこれが世界で唯一の現存機となります。

展示の機体は大戦中の1943年、アメリカ軍が高高度型のスピットに興味を持ち、
ちょっと試験させてとイギリス空軍(RAF)にお願いして受領したものです。
当時RAFとしては、何から何までアメリカ頼みでしたから、
ここでアメリカさんの機嫌を損ねてはならじと、
工場から出てきたばかりのを、そのまま梱包して送りつけて来たのでした。

そんな機体をアメリカ側は多少試験しただけでお蔵入りにしてしまい、
戦後の1949年、これをスミソニアンに寄贈したわけです。
よって、コンディションも理想的(塗装はオリジナルではないが)
という機体になってます。
アメリカの場合シカゴ産業博物館のMk.Iなど
コンディションのいいスピットが結構残ってます。
この点、後で見るようにP-51などより、はるかに恵まれている気が…。

ちなみに高高度型なので、よく見ると翼端部が少し長かったり、
コクピットのキャノピー(天蓋)周辺がちょっと変わってたりするのですが、
旅行記ではあまり深入りしないようにしておきます。



そのスピットファイアのエンジンとして、あまりに有名な
ロールス ロイス社のマーリンエンジン。
展示されていたのはMk.VII(7)に搭載されていたと思われるマーリンの64型です。

64型は流体力学の魔術師、フーカーが開発した2段2速過給器を搭載、
世界最強クラスの高高度性能と、大幅な出力アップに成功したマーリン61の
過給器改造型で、より高高度向けの設定になってるエンジンです。
エンジン後部に黒いダクト部分が見えてますが、あれが2段2速過給器ですね。

このマーリンエンジンはスピットファイアだけではなく、
ハリケーンやモスキートにも搭載されていました。
なので、まさにイギリスを救ったエンジンであり、
さらに魔法使いのごとく後で出てくるアメリカのP-51まで
最強戦闘機に産まれ変わらせてしまったエンジンでもあります。
第二次大戦期を代表する傑作エンジンと言っていいでしょう。

そして、このエンジンはイギリスだけでなく、
アメリカでも生産してしまったため、先に書いたように、
総生産数149,500台という凄まじい事になっているのです。
このため、戦後軍から払い降ろされた膨大なマーリンエンジンを使って、
アメリカではパワーボートレース、航空機のエアレースが
一時期、かなり盛んに行なわれる事になったりしてます。



お次は日本を代表する機体、三菱 零式艦上戦闘機、
いわゆるゼロ戦の52型。
この機体は天井からのぶら下げ展示となっており、脚が畳まれ、飛行状態になっています。

ゼロ戦も比較的、あちこちで見れる機体で、日本国内でも複数の機体が現存します。
ところがゼロ戦の場合、オリジナルの状態を維持している資料性の高い機体は
ほとんど存在せず、一から作り直されたり、
ほとんどが戦後造られた部品に置き換えられている機体、
あるいは残骸から適当な復元をやってしまった機体ばかりです。

とりあえず、私が自分で見たことのある機体の中で、
オリジナルに近いと考えていい機体、当時の資料として調べる価値がある機体は、
イギリスのいわゆる分解ゼロ戦と、このスミソニアンの機体のみです。
そういった意味で貴重な展示と言ってよいと思います。

展示機は1944年、サイパン上陸戦の後に鹵獲された中島製の機体で、
飛行可能なことで有名なプレーンズ オブ フェイムのゼロ戦と
同じ時にアメリカ軍が手に入れたものです。

海軍、陸軍航空軍、両者が飛行試験を行なっており、
戦後にスミソニアンに寄贈されたようです。



お次はドイツの主力戦闘機、メッサーシュミットMe-109のG-6型。

Me109のGも、それなりにあちこちで見る機体ですが、
この機体も、ほぼオリジナルな状態を維持している、という点では貴重なものです。
ただし、G-6はなぜか(笑)オーストラリアに、ほぼ大戦時のまま、
というトンでもない機体が残っているので、それに比べるとやや落ちますが…。

この機体は1944年6月、イタリアのカゼルタ(Caserta)基地に
飛来して着陸、そのままパイロットは投降してしまったとされます。
資料によると、パイロットは大戦中、ドイツに占領されていた
フランスのロレーヌ地方の出身で
強制的にドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)に召集された人物だったそうな。
で、ドイツのために戦うなんてまっぴらごめん、と
なんと初出撃の時、そのまま連合軍基地まで飛んできて着陸、
捕虜となるべく投降してしまったんだとか。

無傷で手に入ったこの機体はアメリカ本国に送られ、
これもデイトンのライト・パターソン基地に引き渡されたようですが、
飛行試験が行なわれたのかはよくわかりません。

1948年、独立したばかりのアメリカ空軍は、
第二次大戦時に手に入れた機体の多くを、
まとめてスミソニアンに寄付しており、
その時、この機体も引き渡されたようです。



おそらくこのME109G-6に搭載されていたと思われる
ダイムラーベンツ社のDB-605エンジン。
多分A型だと思うのですが、断言はできませぬ。
なんだかエンジンにはBとか書いてありますし(笑)。

ちなみにイギリスのマーリン エンジンはロールス ロイス社製でしたから、
ヨーロッパの航空戦は贅沢な戦いですよね(笑)。

ドイツを代表する液冷式エンジンの一つで、DB601からの発展型となります。
ちなみこのエンジンを含めて、ドイツの液冷航空エンジンは
連合国側のものとは異なる、いくつかの点で変わった特徴があります。

まずこれらは倒立型という逆さま構造を持ちます。
プラグの配線や排気口(黒いフタで塞がれている)が、
全てエンジンの下側に集中してるの、わかりでしょうか。

これはピストンとシリンダーブロックがエンジンの下側にある、
つまり逆立ちした状態にあるためです。
普通の自動車エンジンなどと同じ構造となっている
マーリンエンジンなどと比べると、全く逆の構造であり、
下側が大きく膨らむ、変なスタイルなのが分かると思います。

さらにエンジン後部の横に巻貝のような部品が
貼りついてるの注意してください。
これがこのエンジンの過給器で、航空エンジンでは通常
エンジンの後ろにつけることが多い過給器を
エンジン横につけてしまっているのです。

この結果、左のME109の機首部に見えてるように、
ドイツの水冷エンジン搭載機では、
エンジンの横側にビヨヨ〜ンと煙突のように飛び出した
過給器空気取り入れ口が必ず見られる事になります。

これは恐らくドイツの水冷エンジンはモーターカノンに
対応してるためでしょう。
単発プロペラ機で機首部に機銃を積んだ場合、
プロペラに当てないように発射タイミングを調整する必要があったり、
エンジンが邪魔で大型の機関砲が積めない、という面があります。

が、水冷のV型エンジンならV型の谷間に銃身を置いて、
プロペラ軸の中心から機銃を撃てるのではないか、
これならやりたい放題ではないか、という発想の元で開発されたスタイルです。

この点、アメリカやイギリスの単発戦闘機は、
最初からそんな面倒な事を考えてませんでした(笑)。
プロペラ回転面の外に来る位置の主翼上のみに
機関銃を置くようにしてますから、
こういったデザインは採用されていないわけです。

この機銃の設置場所は、英米と日独で
キレイに分かれる部分だったりしますが、
今回はこれ以上深入りしないでおきます。


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