■エンジンの園
さて、このウドヴァー・ハジーセンターは
航空機エンジンのコレクションでも世界最高峰のものを持ってます。
少なくともアメリカ国内で他にこれほどのものはないはずで、
(空軍博物館がかろうじて近い程度)
海外でも、イギリスのロンドン科学博物館、
そしてコスフォードのRAF博物館に匹敵するレベルのものとなってます。
数だけなら、おそらくロンドンの科学博物館の方が上なんですが、
ここは珍しいエンジンが多く、そういった意味で興味深い展示です。
ただし、これを全部紹介してたら、例によって終わりませんので、
有名どころ、あるいは貴重なものに限って紹介しておきます。
それでも全体の7割近くを掲載する事になるんですが…。
まずはレシプロエンジン、究極進化系から見て行きましょう。
気化したガソリンを筒(シリンダー)内で爆発させ、
その膨張力を使ってピストンの上下運動を引き起こし、
その上下運動をクランクで回転運動に変換するエンジンですね。
自動車やバイクのガソリンエンジンと、原理的には同じものです。
まずはライカミングの化け物エンジン XR-7755-3。
液冷なのに星型という妙な構造なんですが、
出力(正しくは仕事率)で5000馬力(アメリカ馬力:HP=3729kW)という
世界の競馬王みたいなシロモノで、
4列、36気筒で排気量12万7000cc(笑)、自重2.8tという化け物エンジンです。
ちなみに自重で2.8tだとゼロ戦の標準装備の重量とほぼ同じとなります…。
とりあえず、ちゃんとした運転まで行なわれた物の中では、
現在まで最大、最高出力のレシプロエンジンとされます。
ちなみに大戦期のアメリカの主力2000馬力エンジン、R-2800が
2列18気筒、4万6000cc、自重約1.07tですから、まさにケタ違いです。
ただしXの名前からわかるように試作で終わってしまい、
1946年に2基が造られて稼動試験まで行ったものの、量産はされませんでした。
すでに大出力ガスタービン(ジェットエンジン)の
量産のメドが立っていたから、とされますが、
当時のジェットエンジンの燃費の悪さを考えると、
長距離飛行が必須の戦略爆撃機、輸送機での需要はあったはずで、
おそらく技術的な問題も抱えていたんじゃないでしょうか。
設計開始は1944年だったらしいので、
4列36気筒の巨大エンジンを、2年で稼動試験まで持って行ったのは
スゴイと言うほかないのですが、
さすがにまだまだ問題は多かったのでしょう。
ついでながら4列というのは、シリンダー(気筒)の列の数を指します。
本来はシリンダーを(気筒)を風に当てて冷やす空冷エンジンの
構造なんですが、なぜかこのエンジンは液例で星型4列なのです。
とりあえず空冷エンジンの場合、
シリンダー(気筒)を風に当てて冷やすため、
正面から見ると、ヒマワリの花のような形状になります。
その花びらが4段重ねに分かれて奥まで続いてる形状、
それが4列空冷エンジンです。
ただし、このXR-7755-.3はラジエーター必須の液冷ですが…。
で、ヒマワリの花だと種が出来る中心部に当たるのが、
ピストンの上下運動を円運動に変換する
マスターロッド&コンロッド収容部となり、
その周囲に花びらのように刺さっているのが、シリンダー(気筒)です。
上の写真では、これを横から見てるのでちょっと判りにくいですが、
後で正面から見た空冷エンジンが出てくるので、そこで確認してください。
が、当然花びらなどとは違って、
太いシリンダー(気筒)は刺せる数が限られますし、
さらに機械的な構造の関係で、通常は奇数で最大9本までの装備となります。
が、これだとそれ以上の高出力化ができませんから、
その後ろにもう一列、9本追加すれば、2列18気筒になるわけです。
普通はそこまでなんですが(笑)、さらにそれを倍にしてしまったのが、
この4列36気筒のライカミングXR-7755でした。
軽く狂ってますね(笑)。
お次はこれも4列ながら、普通に空冷、さらに規模を少し控えめにして(笑)
7気筒×4列=28気筒だったプラット&ホイットニーR-4360 ワスプメジャー。
こちらは実用化までされてるのですが、ごらんのような長さで、
こういったカットモデルを遠くから見ると、空冷ラジアルエンジンというよりは、
ガスタービン(ジェット)エンジンに見えてしまいます。
これは中が見えるようにしたカットモデルなのですが、
普通の状態だと渦巻きのように見えるエンジンで、
Corncob、トウモロコシの穂というニックネームを持ちます。
液冷だったライカミングと違い、こちらは気筒(シリンダー)を
風にあてて冷やす必要があるため、空気の流れを考慮した結果、
こんな全体がねじれたような構造になったんでしょうかね。
排気量7万1500cc で3000馬力(HP=2237kW)、自重が1.59tですから、
上のXR-7755-3からするとやや控えめですが、
それでも化け物エンジンと言っていいでしょう。
量産され、実際に航空機で運用されたレシプロエンジンとしては、
世界最大級のものの一つです。
実は大戦中の1944年からすでに量産が始まっていたものの、
実際にこれを装備した機体のデビューは戦後となり、
B-29がこれにエンジンを換装してB-50となり、
その後継機と言える巨大爆撃機B-36にも採用されました。
ついでながら、ここまで紹介した星型エンジンの馬力を
エンジン質量の数字で割ると、1.78〜1.88の間に収まります。
これはエンジン1kgの質量あたり、どれだけの仕事を行なえるか、
という数字ですから(次元はmm/sssという加速度の速度積分になる)
この辺りが大馬力レシプロエンジンの仕事効率の限界なのかもしれません。
もう少し出力控えめのマーリンやDB605だと、
この数字は2を超えてきますので、大出力となるほど、
質量辺りの仕事効率が落ちる、というのも何となく見えますね。
ちなみに馬力の比較ですから、力学的には“力”ではなく、仕事率です。
W(ワット)=Kg
mm/sss の次元の量となります。
よって“出力”といっても力の大きさではなく、
どれだけより素早く、あるいはより大きな質量に対して
一定量の仕事ができるか、という数字を見てるのに注意してください。
馬力(&ワット)の次元は力の大きさを意味しません。
仕事率(馬力&W)は力(F)×速度(V)で求められるため、
速度(レシプロエンジンでは回転数=回転(r)/分(m))が上がると、
同じ力しか出ないエンジンでも、馬力&Wはより大きくなります。
やや乱暴に言ってしまうと、同じ力でどれだけ素早く
仕事ができるか(=速度が出るか)の目安と考えてください。
ここら辺りは英語だとForceとPowerで厳密に定義できるんですが、
日本語だと専門家でも、結構いいかげんだったりするので要注意です。
アメリカ初のジェットエンジン、ゼネラル・エレクトロニクス(GE)のJ-31。
エジソン閣下設立によるゼネラル・エレクトロニクス社は、
以前にも書いたように、発電用などでタービンの修行を積み、
それを元に航空エンジンの排気タービンを開発していました。
その経験を活かし、本来電気屋なのにジェットエンジンの大御所となってしまい、
その地位は21世紀に至るまで揺らいでません。
そんなGEが最初に造ったジェットエンジンが、このJ-31です。
ただし、内容はイギリス最初の実用ジェットエンジン、
ホイットルW.1のコピーでした。
が、アメリカとGEにとって実に気の毒なことに(笑)、
そもそもW1は極めて変なジェットエンジンでして、
イギリス空軍は最初のジェット試作機グロスターのE.28/39に使っただけで、
こりゃダメだ、と採用を拒否してしまったシロモノなのです。
まず、このエンジンは一目でどっちが前かわからない(笑)。
そこで、空気の流れをざっと白い矢印にしてみました。
右の取り入れ口から入って来た空気は風車のような
圧縮インペラで外側の壁に押し付けられ、遠心圧縮されます。
(ここら辺りは掃除機の吸引装置と基本的に同じ構造。
もっとも掃除機はそこで生じる低圧で吸引するほうが目的で、
圧縮された高圧空気はそのまま外に逃がしてしまう。
ただし、あくまで遠心圧縮エンジンの話で、
現在主流の軸流圧縮エンジンでは原理が異なる)
で、その圧縮した空気を赤い燃焼室に送り込んで燃料と混ぜ着火、
爆発的な膨張を引き起こし、これを後ろ向きに高速で噴出、
それに対する反作用の力で前進するわけです。
が、とりあえず燃焼室まではいいとして、わからないのがその先(笑)、
なぜか燃焼室からノズルに至る管が180度逆方向に捻じ曲げられ、
エンジン内で噴流は反対方向に向きを変えて噴出します。
当然、この動きは無駄な運動エネルギーの消費を伴いますから、
普通こんな設計はやりません。
実際、以後の遠心圧縮エンジンでは空気取り入れ口から、
排気ノズルまで、普通に1本線で結ばれる流れになってます。
ロンドン旅行記のW1紹介記事に関して、掲示板でこの点を指摘され、
以後、しばらくなんでこんな形にしたのか考えていたのですが、
どう考えてもメリットが思いつきません。
あえて言うなら、この構造にするとエンジンの奥行きが小さくなり、
サイズ的にはコンパクトなエンジンになるんですが、
重量が変わらない以上、出力が落ちちゃ小型化の意味がないでしょうに。
とりあえず、未だによくわからない、というのが正直なところです(笑)。
そんなエンジンを量産しただけでなく、例のベル社の悲しい
ジェット戦闘機、P-59に搭載してしまったアメリカも気の毒ではありました。
というか、一番気の毒なのは、ベル社かもしれません(笑)。
技術的にそれほど優れたメーカーではないものの、
実際問題、とにかくエンジンに恵まれない、
という気の毒な会社ではあるんですよね…。
(P-39はエンジン本体は悪くないのだが、本来必要な過給器が無かった)
NEXT