■ロケットとミサイルと
これまた、なんじゃこりゃ、というシロモノですが、
追尾式上層構造(Homing
Overlay)実験機という
名前を聞いても、さらになんじゃそりゃなものとなってます(笑)。
この宇宙から来た地獄のタンポポみたいな機体は
対弾道ミサイル(ABM/Anti-Ballistic
missile)兵器の一つで、
ロケットで大気圏外に打ち上げられ、ちょうど飛んできた敵の弾道ミサイルの弾頭部を
赤外線探知で探し出し、直接ぶつかって叩き壊す、という男気溢れる宇宙兵器なんだとか。
ちなみに上部構造(Overlay)は大気圏外を意味する陸軍用語だそうな。
ただし、具体的にどうやって叩き潰すのかの説明は無く、
あの4mあるという地獄の換気扇みたいな部分で何かをするんだと思いますが…。
あれを高速回転でもさせるのか、あるいは受け止めるネット代わりにして、
包みこんで反対方向に飛んでいってしまうのか。
とりあえず、空気の薄い大気圏外なので、
火薬など化学反応による爆発物は使えませんから、
後は男らしい物理攻撃しかありえないわけですが…。
(酸素ごとパックすれば爆発はするが大気の衝撃波がないので威力は薄い)
なんだか悪い冗談にしか見えませんが、
1984年に高度160qでのダミー弾頭の阻止実験に成功しており、
これが史上初の弾道ミサイル迎撃成功だったそうな。
お次はこれ。
宇宙の脅威は弾道ミサイルだけじゃないぜ、人工衛星もだぜってことで、
アメリカ空軍が開発していた対人工衛星ミサイル。
余談ながら対人工衛星(Antisatellite)は長すぎるので(笑)、
ASATミサイルと略される事が多いです。
ちなみにこのミサイルの名前もASM-135
ASATとなっています。
当初は、ソ連が対人工衛星攻撃ができるらいしいぜ、ええマジで?
という情報から、それに対抗するため1979年に開発が始まったものだとか。
5回の発射テストを行い、1985年9月には
不要となった人工衛星へ試験発射を行い、命中にも成功してるそうな。
ちなみに発射は空中からで、F-15戦闘機に積まれ、超音速飛行から、
一気に急上昇に入った状態で行ないます。
その時、発射方向がFCS(火器管制装置)から示されるそうなので、
ある程度、パイロットが狙いをつける必要があるみたいです。
ミサイル自体も2段式ロケットになっており、高度500q以上まで到達可能で、
静止衛星は無理ですが、通常の周回軌道にある衛星なら十分撃墜可能だったようです。
ちなみに、実験による破壊後の破片は1990年代まで周回軌道上に残る、
とNASAのシミュレーションで出たため、当時計画中だった
国際宇宙ステーションは衝突破片対策を強化する事になったとか。
(こういった破片をデブリと書くのを見るが普通に破片と日本語で書けば済む話だろうに…)
ただし、最終的に開発予算が膨大なものになってしまい、
空軍は急速に興味を失って、1988年に計画は中止となったのでした。
ちなみに現在のアメリカではイージス艦などに積まれた
対弾道ミサイル(ABM)システムが
人工衛星攻撃能力を持っており、それもまた後で登場します。
お次はファルコン ミサイル。
変態飛行家社長のヒューズが率いていた
ヒューズ エアクラフト社による世界初の
自律誘導型(リモコン操縦ではない)誘導ミサイルです。
表面についてる細かいヒモは、風洞実験用で、
ヒモの揺れる方向で、ミサイル上の気流の
流れの向きや乱れを見るわけですね。
…で、納得してはいけない(笑)。
この展示は、これまた、なんじゃこりゃ要素に満ちています。
それを理解するには、ちょっと長い説明が要るので、ちょっと脱線しますよ。
戦前、ヒューズは例の速度記録用機、H-1レーサーの調査を陸軍から依頼され、
一度は快諾しながら特に理由も無く、これを一方的にキャンセルしてしまいます(笑)。
この結果、第二次大戦中に完全に軍の仕事から干されてしまうのですが、
危機感をもった一部の社員が航空用電子機器の開発に活路を求めました。
この結果、大戦中は忙しくて技術研究ができなかった他社を差し置いて、
レーダー、FCS(火器管制装置)、誘導ミサイルといったジャンルで、
ヒューズ社による独占的な受注が戦後に始まるのです。
まあ、世の中何が幸いするかわからん、といういい例でしょう(笑)。
ちなみに、未だに無名ながら、戦略爆撃理論の革命家であり、
アメリカの戦略爆撃を成功に導いたハロルド・ジョージは戦後に退役した後、
一時期、ヒューズ社の役員をやっていました。
そのヒューズ社が戦後に開発した、世界初の空対空レーダー誘導ミサイルが
ファルコンミサイルとなります。
…が、夕撃旅団読者の皆さんなら、気が付きましたね(笑)。
ミサイルの横に書かれたAGM-76ってナンやねん。
ファルコンミサイルはAIM-4やろが。
はい、その通り。
しかも、こんな長細いファルコンミサイルなんて、見たこともない。
全長4.5mって、普通のファルコンの2倍じゃん。
実はこれは超音速“戦闘機”から発射される“空対地”誘導核ミサイルという
理解に苦しむシロモノで、名前はファルコンになってますが、ほぼ別物です。
ここら辺りはF-22への道で解説した“狂った1950年代”の理解が必要ですが、
出世と核兵器と戦略爆撃が大好きだった、純粋系キチ●イ将軍カーチス・ルメイ率いる
戦略航空司令部(SAC)の支配下にあった当時の空軍では、
たとえ戦闘機であれ、核爆撃能力を求められていました。
その極北といえるのが、1950年代後半に開発が始まった
ノースアメリカンのXF-108だったのです。
この機体、そもそもはソ連の超音速核爆撃機を迎撃するための
マッハ3クラスの迎撃機だったのですが、マッハ3で飛行した上に、
敵までもマッハで飛んでる、という世界では従来の兵器システムは使えず、
レーダーとコンピュータを新規に開発した専用FCS(火器管制装置)、
AN/ASG-18の開発が、ヒューズ社で始まります。
このFCS(火器管制装置)で誘導されるミサイルも新規に開発され、
それが従来のAIM-4ファルコンの発展型、AIM-47でした。
これはかなり大型化され、射程距離も従来の約10qから
30q近くまで大幅に伸びたミサイルとなっていたようです。
まあ、ここまでは理屈が通ってます(笑)。
が、これを見た空軍は、これを空対地核ミサイルにも使おう、と考えたのです。
いや、なんで(笑)?
その結果、開発されたのが展示のAGM-76Aとなります。
XF-108は迎撃機ですから、その使用は国内、あるいは同盟国領空内です。
どこで使うんだ、というのはいくら考えてもわかりません…。
当時のSACの狂気による、としか言いようが無いですね。
もっとも、アメリカの全天候型迎撃機はF-106のころから
2000qを超える航続距離が要求されてるので、
やろうと思えば西ドイツからソ連心臓部に突っ込ませることは可能なんですが、
それって迎撃機の仕事じゃないでしょう。
ちなみに、よく知られるようにAIM-4の段階からファルコンミサイルは
核弾頭が搭載可能でした。
なにせソ連の戦略核爆撃機を一機でも撃ちもらしたら、
アメリカの都市が一つ、どこかで確実に蒸発するわけです。
よって完全に撃墜するため、多少外れても、熱と衝撃波で確実に
爆撃機を空から叩き落せる対空核ミサイルは必須の条件だったのです。
まあ、そこまでは分かるのですが、なぜそれを対地攻撃に、
しかも精密な誘導ミサイルにしようとしたのか、全くわかりませぬ…。
ちなみに、この目的のためAGM-76Aはさらに射程距離が伸びており、
160q近く先まで狙えたとされます。
結局、XF-108は1959年にキャンセルされるのですが、
なぜかヒューズのFCS(火器管制装置)AN/ASG-18の開発は続行され、
ロッキード社がA-12偵察機(SR-71ブラックバードの前身となった機体)
を改造して空軍に売り込んだ戦闘機、YF-12に搭載される事が決定します。
ちなみにXF-108のキャンセルは予算の高騰と同時に
1957年のスプートニクショックで、
もはやミサイルの時代となって、ソ連から戦略爆撃機なんて飛んでこない、
とわかった結果でした。
ところが、このYF-12も超音速迎撃機であり、その開発開始は
XF-108のキャンセルが決まった後なのです(1960年に3機の試作を発注)。
まあ、理解に苦しむと言うか、狂ってると言うか、要するに金、
予算の確保が目的なんだろうなあ、というとこなんでしょうね。
この結果、このAGM-76Aの開発も続いてしまいます。
最終的に発射試験まで成功した、とされるのですが、
さすがにもう超音速迎撃機はいらんだろう、とYF-12はキャンセルとなり、
このAGM-76A空対地誘導核ミサイルも、
多くの謎と共にキャンセルとなったのでした。
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