■宇宙軌道船の名は発見号
でもってここの主、と言っていいのがスペースシャトルの軌道船(Orbiter)、
ディスカバリー号です。
厳密にはスペースシャトルとは、拡張燃料タンク(ET)と補助ロケット(SRBs)までを
セットにした状態、システム全体を指し、固有の名前の付いた機体部分は、
その軌道船(Orbitter/オービター)部、という事になります。
そのオービター、軌道船の3号機が、このディスカバリーです。
引退後の2012年4月ににここに持ち込まれたのですが、
専用に改造されたボーイング747に搭載されてダレス空港に空輸されるさい、
わざわざ迂回してワシントンD.C.の上空を低空飛行で周回してます。
(直接上空に侵入はしてない。周囲を回ってる)
当時のニュースで報道された映像はその時のものです。
ちなみに1号機コロンビア、さらに2号機チャレンジャーが
事故で失われた事もあり、このディスカバリーが
軌道船の中では最も長く運用された機体となってます。
全39回の飛行の結果、宇宙滞在時間はちょうど365日分、
宇宙に連れて行った乗員は251名にもなるそうで、
当然、これは宇宙船としての世界記録です。
この場所には元々、大気圏内試験飛行用の1号機、
エンジンの無い試作機エンタープライズ号が
展示されていたのですが、このディスカバリーの到着によって展示が交代となりました。
ちなみにエンタープライズは現在はニューヨークにある
空母イントレピッド博物館に展示中となってます。
実は最初のスペースシャトル事故、チャレンジャー事故の後、
当時はNASAが保管していたエンタープライスにエンジンつけて5号機にしよう、
という計画があったのですが、あまりに変更部が多く、
修理用として確保してあったパーツで新規に組んだほうが
安くて速い、という事で5号機はエンンデヴァーになったという経緯があります。
ちなみに元々エンタープライズは大気圏内飛行実験終了後、
宇宙用に改修されて運用予定となってました。
が、機体完成後に大幅な設計変更が発生、以後のスペースシャトルとは
かなり異なった機体となってしまいました。
このため、その宇宙対応計画は破棄されたようです。
余談ながら、その試験機エンタープライズ号は、あのスタートレックの
USSエンタープライズから名前が取られており、
その勢いでか(笑)、スペースシャトルの軌道船の名前は
“宇宙、それは最後の開拓地”という雰囲気のものばかりです。
実質1号のコロンビア(アメリカの女性擬人化名。aで終わるのはラテン語女性名)
を別にすると、チャレンジャー(挑戦者)、ディスカバリー(発見)、
アトランティス(未知の大陸)、エンデヴァー(Endeavour/全力を尽くす)と、
やる気に溢れる名前の全5機ですね。
(ただし正式には、それぞれ過去に実在した艦船名からとられた事になってる)
正面から。
スペースシャトルの軌道船は、
高度120q前後で大気圏内突後5分以内の速度はマッハ25を軽く超え、
その後も突入後10分以上、マッハ20近い超音速飛行しながら徐々に減速します。
高度40q(4万メートル)まで下降した段階で、まだマッハ8前後出てるのが普通ですが、
それを着陸時には200q/h以下まで減速する、というとんでもない飛行をするのです。
冷静に考えると人類が飛ばした主翼つきの物体としては
もっともシビアな飛行条件でしょう。
このため、超音速飛行に適した幅の狭いデルタ翼を備え、
さらに、わざと盛大な衝撃波を発生させて主翼をその背後に納められるよう、
まるで大戦時代の機体のような丸っこい機首となっています。
これによって大きな壁と抵抗を生む、離脱衝撃波を発生させます。
ただし、マッハ20とかの世界では主翼は衝撃波による壁の外に出てしまい、
超音速流の直撃を食らってしまいます。
なのでそこでも衝撃波が発生するため、その背後に高熱部が発生する事に。
で、その衝撃波背後になる部位、特に高熱にさらされる(1500度近い)
機首先端と主翼前縁には、後で見るように、特殊な耐熱部品が使われています。
ただし飛行と言うよりは落下だよな、という間はそれでも問題なく滑空は可能で、
翼面上衝撃波の問題が出てくるのは十分高度が下がってから、
大気による揚力とエルロン(補助翼)によるコントロールが必要になってからですね。
その頃にはマッハ3以下まで減速され、十分主翼をカバー出来るだけの
衝撃波壁が機首前面に広がってますから、これで十分なのでしょう。
ちなみに、このわざと強い抵抗力を持つ離脱衝撃波を発生させるデザインは、
大気圏内における減速も目的で、
位置エネルギーを速度ではなく、衝撃波による熱に変換し、減速してます。
地球に再突入する他の宇宙線のカプセルの底が丸っこいのも同じ理由です。
この点は、何度も書いてますが、大気圏突入の高熱は摩擦熱ではなく、
超音速飛行で生じる衝撃波後部の高熱によります。
摩擦熱なら、耐熱タイルの張られてない
機体上面も溶けてしまいますからね。
ここら辺りは超音速ジェット機も同じで、基本的に高速飛行で
高温になるのは衝撃波の背後になりやすい機首部や主翼前縁部のみです。
ちなみに、これを空気の断熱圧縮(adiabatic
process)による熱だ、
とする説明は間違いではないですが、
普通に衝撃波の背後熱、と書いたほうがわかりやすいでしょうに(笑)…。
自衛隊のパイロットの皆さんも、超音速の飛行時の熱を
断熱圧縮で説明してることが多いですが、
それだと正しい理解とはちょっと違う方向に行ってしまいます。
あれは、航空自衛隊の技術部門の教育担当者の責任でしょうが…
ついでに軌道船がフロリダに着陸する場合、アメリカ大陸を通過する形になるため、
その衝撃波は地上に到達、けっこうな被害が出てたりします(笑)。
窓ガラスが割れる、とかは無かったようですが、
凄まじいドーンという爆発音が2回続き、
木の葉や駐車してる車が揺れるのが確認できるほどのものでした。
ちなみにカリフォルニアで日本の地震研究チームが観測をしていた時、
地震計がこの衝撃波を拾ってしまい、最初は正体がわからず
ちょっとしたミステリーだったそうな。
斜め後ろから。
さて、この空気抵抗の大きそうな機体によって、
陸直前には200q/h以下まで減速して着陸するわけですが、
そうなるとこの小さなデルタ翼に
この巨大な機体ですから、普通だと失速してしまいます。
そこで登場するのが機首部にまでのびる、
胴体横の細長い主翼の付け根延長部です。
これは先の斜翼機でも登場した衝撃波の魔術師、
NACAのジョーンズによるデルタ翼研究に基づく設計です。
着陸姿勢のような高い迎角をとると、ここで渦が発生して翼面上の気圧が下がり、
主翼の揚力を維持する形になるのです。
実はこれはF-16やF/A-18で採用されたLERX機構と同じ原理で、
実際、湿度の高いフロリダでの着陸では、この部分からLERXのように
水蒸気の帯が出てるのが見える事があります。
おそらくそれぞれが独自に同じ結論にたどり着いてると思われるのですが、
1970年代の不思議な最先端技術の一致ですね。
ついでに胴体と主翼の接合部に注目。
一直線にはなっておらず、主翼の翼断面型が高速向けの単純な薄翼ではなく、
意外に複雑なのが分かります。
マッハ25以上から時速200q以下までを無動力で飛行するわけですから、
航空機としても極めて興味深い機体で、
細かく見て行くと、いろんな発見があります。
さらに主翼後縁に稼動部が見えますが
外側は大気圏内での操縦用のエルロン(補助翼)のようです。
となると残りの内側のはフラップかと思ってしまいますが、
着陸時に動かしてるのを見たこと無いので、詳細は不明。
もう一つ、垂直尾翼の稼動部は方向舵(ラダー)と同時に、
着陸時に左右に開いてエアブレーキとなります。
ちなみに後部のノズル周辺は大きく気流を乱すようで、
専用の747改造輸送機で空輸する場合、
胴体後部にはかなり大型のカバーをつけます。
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