■ベトナムの悪夢
お次は航空機ではありませんが、ある意味で北ベトナムの“主力機”ともいえる、
S-75(ロシア文字だと
С-75)地対空誘導ミサイル、
西側で言うところのS-2 ガイドライン 地対空ミサイルです。
1957年から導入されたソ連製の誘導ミサイルですが、
これが北ベトナムによって大量導入され、
アメリカの航空部隊を恐怖のどん底に叩き込みます。
このミサイルは、それまで航空機にとって安全圏と思われていた
1万mを超える高高度まであっさり到達でき、
しかも誘導ミサイルなので(地上レーダーからの誘導)、
狙われたら、ほぼ確実に当たる、という恐るべき新兵器でした。
この結果、第二次大戦のドイツ戦略爆撃の悪夢再び、という感じに、
膨大な損失を海軍、空軍ともに強いられる事になります。
ベトナムの空で最も恐ろしかったのは、
Migよりもこのミサイルだったと言っていいでしょう。
特にジェット戦闘機に比べればはるかに安価で、
さらに何百時間もかかるパイロット育成も必要ない誘導ミサイルは、
費用対効果、すなわち戦闘コストも極めて優秀でしたから、
多少の損失を受けてもバンバン、新手を投入することが可能だったのです。
基本的には複数のミサイルに対して一つのレーダーサイトがあり、
これが全てのミサイルを誘導する形で部隊が運用されていました。
そしてアメリカ軍の空の通り道には
このミサイル部隊が集中的に配備されて行きます。
S-75は写真のように移動式の台で運用されるのが普通で、
通常は60〜90度の角度に持ち上げ、上向きに発射されます。
その後、一気に高度を稼ぐようになっており、
一定高度に達すると、一段目ロケットが分離、破棄され、
二段目のロケットに着火する設計となっています。
そんなこのミサイルの破壊力はあまりに衝撃的で、
アメリカ空軍に与えた影響は、ベトナム戦争だけで終わりませんでした。
例えば、現在のアメリカの最先端、F-22戦闘機が持つ
ステルス(レーダーに掴まらない)、
超音速巡航(ミサイルから逃げ切る)といった性能も、
元をたどると、ベトナム時代に苦しめられた、
この手のソ連製、レーダー誘導の地対空ミサイルへの対策です。
これをいかに回避するか、という問題へ回答が、上記の性能なわけです。
ちなみにベトナム時代のアメリカ軍にとどまらず、
第四次中東戦争の時のイスラエル空軍なども
このミサイルによって散々な目に合わされていますね。
さて、お次はアメリカ海軍&海兵隊のベトナム戦争時代を見て行きます。
まずは海軍と海兵隊で使われた戦闘機、ヴォートF-8 クルセイダー。
1955年に初飛行した機体で、Crusader
/十字軍という、宗教問題に敏感な現代では
ちょっと考えにくいネーイングが時代を感じさせます。
ただし展示の機体は後に偵察型に改造されたもので、RF-8Gでした。
海兵隊で運用されていた機体ですが、偵察機に改造された段階で
武装が外されており、機首部にあるはずの機銃が見当たらないのはこのためです。
同時代のアメリカ空軍がSACの支配から核爆弾至上主義となり、この結果として
センチュリーシリーズというスカポンタン戦闘機軍団を次々と産み出していたため、
ベトナム戦争当時の最強アメリカ戦闘機は、間違いなく海軍のこの機体でした。
当時の航空自衛隊もF-104という、使い道の限られたヘンチクリンな機体ではなく、
こっちを採用しときゃよかったのに、と個人的には思ったりしてます。
例によって“公式記録”なので(笑)多少、数は差っぴいて考える必要がありますが、
海軍&海兵隊のF-8は1970年にベトナムの空から引き上げてるまで、
実質的には空中戦が制限される1968年までに総撃墜数18機を記録しています。
クルセイダーにスパロー運用能力は無いので、全てが敵の後ろを取ってから、
赤外線誘導のサイドワインダー(17機)と機関砲(1機)による撃墜です。
対して同時期の海軍のF-4ファントムIIは、レーダー誘導のスパローを使いながら、
撃墜数は14機で、これに劣ります。
しかも運用機数では、ほとんどの期間でF-4ファントムIIが
F-8クルセイダーを上回っていました。
こうした点から見て、空中戦に関して言えば、
ファントムIIより旧式のF-8の方が明らかに優れていたと言えるでしょう。
そして海軍に比べてはるかに敵との接触機会が多かった空軍ですが、
センチュリーシリーズのF-100、F-101、F-102、F-104は
ミグの撃墜記録は全く無し、最後まで撃墜ゼロでした。
(F-106だけは最高機密ってこともありベトナム未投入)
他には先に見たF-105が唯一、30機近い撃墜を記録してますが、
同じ空軍のF-4ファントムIIはその数倍の数を撃墜しており、
F-8がおなじ海軍&海兵隊のF-4ファントムIIの撃墜記録を上回っていたのとは
対照的な数字となっているのに注意が要るでしょう。
空軍にF-8があれば、ミグに対し、あれだけ苦戦する事はなかったかもしれません。
(ちなみに撃墜記録数は英語版Wikipedia のF-8の解説では数字が異なるが、
アメリカ海軍歴史資料センターが公開してる公式記録の数字は上記の通り。
英語版Wikipedia
の数字はPeter
Merskyなる人物の著作からの引用らしいが、
海軍の公式データが公表されてるのに、なんでわざわざ第三者の著作を引用するのか理由は不明)
F-8のちょっと面白い部分がキチンと展示されてたので、
せっかくだから紹介しておきませう。
まずは主翼部。
赤い部分が見えてますが、あれ、主翼の左右接合部の断面で、
よく見ると油圧ジャッキで主翼全体が上に持ち上げられてるのがわかるでしょう。
なんだこのビックリドッキリメカニズム、という感じですが、
これは主翼全体を斜めに持ち上げる事で、機体は正面を向いたままでも、
大きな揚力を発生させよう、という構造です。
空母の場合、機体前部をカタパルトに固定してから強制射出するため、
陸上機のように滑走中に機首を持ち上げる、という事ができません。
その結果、空中に浮く瞬間に揚力を大きく稼げないのです。
だったら機体の方向はそのままで、主翼を持ち上げてしまえば、
迎角を大きくした事と同じになるよね、というアイデアの結果がこの構造です。
ちなみに着艦時にはエアブレーキにもなるわけですが、
発艦時の抵抗を考えると、その点の評価は微妙…。
また着艦時に、機体はあまり大きな迎角を取らないで済むので、
視界が確保できて安全、との事ですが、以後の機体で採用例がないので、
どうも全体的に微妙だったんじゃないかなあ、という気がします…。
実際、A-4スカイホークなどは前脚を伸ばして、
犬がお座りしたようなポーズ、すなわち最初から大きな迎角の状態で
カタパルトに載ることであっさり、ここら辺りの問題を解決しちゃってますしね。
でもって、もう一つのF-8のステキ装置が、手前の黒い筒。
これは機体の電源システムに異常が発生し、
電力が維持出来なくなった場合の非常用発電機。
むう電源が落ちたぜ、となったとき、こんな事もあろうかと
という感じでボタンを押すと飛び出してきます。
中には風車が入っていて、風によって発電を行い、
機体に必要な電力を維持するようになっているのです。
これ、プロペラ時代の機体にも、似たような装置があったようですが、
さすがに超音速飛行可能な戦闘機では珍しい装置だと思います。
おそらく使える速度制限があったはずですが、詳細は不明。
さて、お次は海軍機といっても、海兵隊どころか空軍にまで採用された大ヒット作、
マグダネル・ダグラスF-4ファントムII。
ファントムIIという名は、航空宇宙本館で見たFHファントムという先代がいるからです。
ファントムIIは1958年に初飛行しており、後に満を持してベトナムデビューして、
いきなり行方不明になって、そのまま本国へ帰っちゃう(笑)F-111を別にすれば、
ベトナム世代の中では最新鋭の機体でした。
とはいえ、今回紹介した機体たちの初飛行は、
F-100が1952年、F-105とF-8が1955年ですから、
どれも現代の目から見れば、完全に同世代機です。
平時なのに、第二次大戦時とほとんど変わらないペースで
戦闘機が次々に開発されてたい当時の異常ぶりがよくわかりますね(笑)。
これにさらに他のセンチュリーシリーズの機体があるわけですから…。
そんな中、ケネディ大統領が引っ張ってきた商人系国防長官、
マクナマラ閣下の方針で、比較的まともといえるレベルだった
海軍のF-4ファントムIIが、全軍の航空部隊(空軍、海軍、海兵隊)
における主力戦闘機に指名されました。
これで調達コストを削減しよう、というわけです。
この結果、ベトナム戦争における
アメリカを代表する戦闘機がこの機体となっちゃいます。
が、本来は艦隊防衛用のミサイル戦闘機、つまり現代のイージス艦みたいな
任務を目的に考えられていた機体であり、
遠距離からレーダーで敵を発見したら遠距離誘導ミサイルで
これを安全に撃墜、という運用方針の戦闘機です。
そもそもは空母機動部隊を核爆弾でふっとばしちゃえ、
と接近してくるソ連の各爆撃機、あるいはそこから打ち出されるミサイルが敵であり、
当然、空中戦なんて前提に考えてません。
で、その肝心の遠距離ミサイルのスパローはベトナムでは当初、
同士討ちを恐れて相手を目視で確認するまで使用禁止とされた上、
実際に使ってみても、その命中精度は予想以下でした。
こうなると、ミグ17&21に近接戦のドッグファイトに持ち込まれる可能性が高くなり、
この時、重くてデカイF-4ファントムIIは基本的に不利となります。
ただしエンジン出力はF-4ファントムIIの方がより強力だったので、
十分な揚力が稼げる空気が濃い低空、そして高速での戦いなら
それなりに対抗できた可能性は高いですが。
とはいえ高価な機体を高度な訓練を受けたパイロットが操縦して、
安価な機体で、そこそこの訓練を受けたMig-21に
条件によってはやや有利ながら、場合によっては圧倒されるという、
あまり望ましいとは言いかねる事態になるわけです。
とはいえ、ベトナムで最もミグを撃墜したのは、
間違いなくこのF-4ファントムIIなのも、また事実で、
結局、F-8を別にしたら、他のスカタン戦闘機よりはマシという感じであり、
とりあえず偉大なる凡庸、というのが正味のところでしょう。
ただし、その大きな機体から来る搭載能力の高さ、
2人乗りで複雑な爆撃過程を後席の火器管制士にまかせきれる点など、
戦闘爆撃機としては、一流の能力を持っていたと思います。
展示の機体はその海軍&海兵隊用最終進化型といえるS型で、
これは従来のJ型から近代改装されたタイプになります。
ちなみに海兵隊の塗装になってますが、本当は海軍の機体らしいです。
海軍&海兵隊型なので、最終進化型でも機首部に
機関砲が搭載されてませんから、機首周りはすっきりした印象となってますね。
ここら辺り、空軍型は途中から機関砲が追加されるのですが、
あれも別に空中戦で使うものではなく、基本的に対地攻撃用です。
当初は機関砲を撃ちまくりながら、爆撃のために敵地上空に侵入する方が
安全性は高くなる、と判断され、搭載されたものでした。
ちなみに主翼の途中から上反角がついてますが、
海軍型のファントムIIでは、この部分から外側が折りたためます。
でもって、このF-4ファントムIIの主翼と、それに関連した水平尾翼は、
明らかに設計失敗してるだろう、という変な部分があり、
これを見た空軍関係者はツギハギだらけの機体、
バンドエイドプレーンと揶揄したりしてます。
まあ、その機体を自分たちも使うハメになるんですが(笑)。
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