■さらなる独立地帯
中は予想以上にこじんまりしてました。
2階もあるはずなんですが、そちらは見学できないみたい。
で、大陸会議の展示よりも、当時の大工さんの工具とかの展示がメインでした。
そこを出て、緑地をさらに西に向います。
うーむ、しかし気持ちいい天気になりました。
18〜19世紀にはやったローマ風建築はロンドンやワシントンD.C.で
掃いて捨てるほど見ることができますが、フィラデルフィアにもありにけり。
ただし現地の解説ではギリシャ風建築とされてましたが、どうかねえ、それは(笑)。
まあ本人がギリシャ風です、と言ってるなら
そうなんでしょうかね、としか言えませんが。
とりあえずこの建物は合衆国第二銀行(Second
Bank of the
US)のものだとか。
アメリカは独立後、バラバラだった全13州の
通貨や金利をまとめてその財政を統一するため、
議会が公認する私設銀行が国家の財政面を担う、という政策をとりました。
この業務を行なう銀行は議会の公認制で、当初はこのために設立された
合衆国第一銀行がその仕事についてました。
今回、見学してませんが、こちらの建物もすぐ近所に残ってるようです。
が、やがてこの業務が膨大な利権を産む事に気づいた政治家たちにとって、
これは政争の具にされてしまい、
議会は合衆国第一銀行の認可を取り消してしまいます。
ところが、その後に再び同じ目的でこの合衆国第二銀行が設立され、
同じような業務に就き、そしてまた同じように(笑)
議会によって権利を取り上げられてしまうのでした。
ここら辺りはなんとも政治と金が複雑怪奇に絡み合った部分があり、
ちょっと旅行記で簡単に説明するのは無理ですね。
少なくとも私は何度説明を読んでも、何をやってるんだかよくわかりませぬ。
とりあえず現在はアメリカの国家財政と通貨は連邦準備銀行の担当ですから、
この時代とは違った制度になっているのは確かです。
その前の石畳の道は当時のものなのでしょうか。
翌日、アレクサンドリアの古い通りでも似たような石畳を見るのですが、
こういった不ぞろいの石を敷き詰めるのが普通だったようです。
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