■石炭で動く船だから
で、その小型蒸気機関が何に使われていたか、というと、
こんな感じに横軸が伸びた先にワイアの巻取り機が見えてますから、
何かをここで巻き上げていたわけです。
では、何をどこから?
正解はもうちょっと見やすい、別の場所の同じ装置で見てみましょう。
このようにワイアの巻取り機が上の横軸の先にあり、
そこから巻き取られるワイアが右に伸びてます。
その先、右側にある黒い柱のようなものは柱ではなく、
これは機関室にまで繋がる昇降管です。
で、そこの右側にあるドアが開けられて、
フックとそこに繋がるワイアが見えてますね。
そちらを見ると、こんな感じになってます。
下の方に見えてるバケツに、白いものが満載されてますが、
これは機関室で出た石炭の灰なのです。
それを運び出すための装置が先の蒸気機関と巻取り機なのでした。
よって下の機関室で出た石炭の灰を、
運び上げるための装置、が正解となります。
とにかく蒸気機関のボイラーが動いてる間は、
常にこの灰出しが行なわれていたはずで、
蒸気船には必須の装備でした。
石炭燃料による蒸気船というのは燃料不要の帆船はもちろん、
後の重油を使った艦とも大きく異なる特徴がありました。
それが、この灰の始末と、そして燃料の石炭の搬入です。
重油と違って個体の石炭は燃えると灰が残り、これの始末のために
水兵居住区のあちこちにこういった装置が取り付けられていたのです。
当然のごとく、士官居住区には見当たりませんでした(笑)。
さらに厄介なのが機関室への石炭の搬入で、
液体で流し込めばいい重油と違い、
人間がこれを運ぶ必要がありました。
このため燃料の補給、
つまり石炭の積み込みは当時の軍艦で最悪の重労働で、
全員が真っ黒になりながら、この作業に当たる事になります。
帆船乗りだったベテラン水兵が蒸気船を嫌ったのは、
軍人特有の保守的な傾向のためだけでなく、
この石炭に関する重労働があったから、という面も大きかったのです。
特に燃費も悪かった当時の船における給炭の量は
最低でも数百トン単位のものになりましたから、楽な仕事ではありません。
さらに長期航海となると、海上で何度も補給船から
石炭の運びいれをやる事になり、
石炭蒸気船の水兵は、戦闘よりよっぽどつらいと言われた
この作業にしょっちゅう借り出される事になるのです。
この辺りは、後の日露戦争でヨーロッパからアフリカを回り込み、
インド洋を越えてようやく日本にやって来たバルチック艦隊が
もっとも苦労した部分でもありました。
そんな石炭船の苦労の象徴ともいえる装備が、
先ほど壁ぎわにいくつも見られたこれらです。
両者とも何かのフタだ、というのはわかるでしょう。
まず左側のが灰排出口(Ash
chute)で、
これはこのまま船外に繋がってます。
先に見た昇降装置で機関室からこの階層まで上げた灰を、
ここから船外に捨ててたんですね。
この排出口、灰の巻き上げ機がない士官居住区にもあるので、
おそらくゴミ箱(?)としての機能もあったんじゃないでしょうか。
要するに、何でもかんでも艦外に捨てていたわけで、
敵にも環境にも厳しい船です(笑)。
その右側、斜めに取り付けられているのが
石炭の投入口(Coal
chute)で、
こちらは艦底付近の石炭庫まで繋がってます。
ちなみに全ての石炭投入口の上に
ご覧のようなハンドルが付いてるんですが、この用途は不明です。
これでフタの開け閉めを行なってたのかなあ。
当時の石炭搬入はまずクレーンで上の甲板に持ち込んでドカンとバラマキ、
それを袋やバケツに詰めて、この第一階層まで運び込み、
ここからこの投入口に放り込む、という段取りになっていました。
ちなみにクレーン装備がない場合、全部人力で100トン単位の石炭を
甲板上に運び込む事になり、地獄のような作業が待っています…。
その後、ここまでバケツリレーのような形で持ち込んでいたらしいです。
士官以外の水兵約400人全員が作業にあたった、としても1人あたり
1トン前後の石炭を甲板からここまで運ぶ計算になり、
1回50kgを運べたとしても、それを最低で20回。
…死にますね、私なら。
しかも石炭の粉塵で真っ黒になる上に、呼吸器官もやられるでしょうから、
まあ石炭は当時の船乗りにとって見たく無いものナンバー1だったはず。
ちなみに、わざわざ船内に運び込まなくても、
甲板上に石炭投入口を作ればいいじゃん、と思っちゃうところですが、
荒天時など、そこから水が浸入してしまうとエライコトなるため
(石炭がぬれる&艦内最深部に浸水する)こういった構造になったようです。
参考までに一世代後の戦艦ですが、イギリスのドレッドノート級、
いわゆるド級戦艦の場合、平均で1時間に17.8トン(メートル法換算)
の石炭を消費した、といいますから、凄まじいというほかありませぬ。
ドレッドノート級の基準排水量のデータがわからないのですが、
それでも通常時と最大積載時で2000tの差があり、
この重量差のほとんどは石炭でしょう。
ちなみに外から見ると船体横に謎のフタが多数見えるのですが、
これが上で見た灰の排出口になります。
無数といっていいほどあり、航行中は相当な灰が出たんでしょうね。
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