■本当の戦闘能力

さて、戦艦の攻撃力というと、主砲の性能ばかりに目が行きますが、
同じくらい重要なのが射撃管制能力、
つまり主砲の砲弾を正確に目標に命中させる能力です。
どんなにスゴイ武器を持っていても、
当てる事ができないなら、意味がないわけで。

一定の距離を隔てて2人のガンマンが撃ち合った場合、
両者がキチンとした精度の銃を使ってる限り、
その勝負を決するのは銃の腕前、つまり命中させる能力です。
銃の破壊力ではありません。
例え45口径のマグナムでも、当てることが出来ないなら、
未来永劫、勝つことはできませんし、
逆に22口径でも先に2発以上当てられるなら、確実に勝てるでしょう。

同じく、戦艦の主砲がどれほど強力でも、
当たらないなら怖くもなんともないわけです。
そして戦艦のような長距離砲撃戦における射撃の腕前は、
最初にどれだけ正確に照準がつけられるか、という点にかかってきます。
そこで差が付いてしまうと、後の作業でこれを持ち直すことはできません。
それは目標までの正確な距離と、正確な方位の情報を素早く得る事ができるか、
という勝負になって来るのです。

日本人としては遺憾ながら、アイオワ級4姉妹は
最初から射撃照準レーダー(Gunnery radar)搭載世代の戦艦であり、
この点で、強力な優位を日本側の戦艦に対して持っていました。
日本側は事実上、最後の最後まで目視による砲撃から先に進めまていません。
メガヘルツ級の警戒レーダーでそれに近いことをやろうとしたケースはありますが、
正直、アメリカ海軍が使っていたギガヘルツ級の射撃管制レーダーに対して、
その精度、実用性、ともに問題にならないと見て問題ありません。

アメリカの新世代戦艦10隻は、視界の効かない夜間、悪天候時なら、
日本側の戦艦に対し、はるかに正確な照準をつける事が可能でしたから、
目隠しした相手を襲うようなもので、これを一方的にタコ殴りに出来ました。
(実際にソロモンの夜戦でノースカロライナ級USSワシントンが霧島に対してそうした)
晴天時でも20q以上離れているなら、照準精度は勝負にならないくらいの差が付きます。

さらに言うなら、真珠湾から引き上げられた旧式戦艦たちも、
大戦後半には射撃管制レーダー搭載で太平洋に帰って来ましたから、
もうなんともはや…という世界が展開してゆきます。

ここら辺りの射撃管制レーダーの優位性については、以前、イヤンてな位に
説明したので、リンク先の記事とか、測距儀の話とかを見てくださいませ。

ではUSSニュージャージーの砲撃の照準システム、
射撃管制装置の辺りを確認して行きませう。



■7 Mk.38主砲射撃管制装置&MK13射撃管制レーダー

アンテナ塔の頂上と艦後部の2箇所に、それぞれ同じ装置が設置されてます。
さらに艦内にMk.1アナログコンピュータ(今回見学できず)が搭載されていて、
これらがセットになって、目標の照準(距離と方位の測定)を行ないます。

これらも基本的に大戦中の装備ですが、
MK.13レーダーだけは1945年後半の登場のため、
ギリギリ大戦には間に合ってない装備です。
大戦中のアイオワ級は、やや能力が劣るMk.8レーダーを搭載していたはず。

とはいえ、どちらもギガヘルツ級周波数のレーダーで、
射撃管制レーダーとしては十分な能力を持っています。
ただし、史上初のフェイズドアレイレーダーともいえるMk.8は、
故障が多い事でも有名でしたが…。

ちなみにレーダー本体は箱の中で見えないため、
ホントにMk.13かは確認できませぬ。
普通に考えると、新型に変えられてる可能性もあると思うのですが、
この装置と連携する事になる射撃用コンピュータは1943年当時の
アナログコンピュータのままだとの事なので、
もしかしたら、レーダーもそのまんまの可能性があります。
それはそれで貴重ですが…

とりあえずこの部分と艦内のアナログコンピュータ室が、
この艦の戦闘能力の中心部であり、
ここが全ての主砲に対し、射撃照準を一元管理しています。

10q〜40qと極めて長距離を砲弾が放物線を描いて飛んでゆく
戦艦主砲の砲撃はピストルのように水平射撃によって
一発で的を撃ち抜く事はできません。
なので数多くの砲弾を同時に一定面積に落下させて着弾させ、
その中の何発かが命中するのを期待する、という形になります。

よって同時に撃ち込める砲弾の数は多ければ多いほど、
命中の確率は高まり(アイオワ級が最初12門を積もうとしたのはこのため)
通常は常に全砲門で、同一の目標に対して一斉射撃をします。
その照準に必要な距離と方位測定(=照準)をレーダーで
行なうのがこの射撃管制装置とアナログコンピュータの仕事でした。

ただし1943年の装置ですから、どちらも完全に手動で、
射撃管制装置の中には操作員が居てレーダーを操作、
そのデータを受け取った艦内のアナログコンピュータも
係員が手動でデータを入力して、必要な弾道計算を行なっていました。

その砲撃に必要なデータを各主砲砲塔に伝えるのは
一種の自動化が行なわれていたようですが、詳細は不明。
イギリスと同じやり方なら、砲塔内の指示板に
自動的に計算結果が表示される、という感じだったはずですが。

その後、各主砲は指示通りの設定を行い、準備が完了したら
後でみる艦橋上の戦闘指揮所に居る
砲術長が引き金を引いて発射となります。

で、先に書いたように、この艦のMk.1アナログコンピュータは
1943年からの現役だそうで、
まあ主砲射撃は完全に進化を放棄してますね(笑)。

ちなみにアナログコンピュータというのは、
機械の中で円盤を回転させ、その円盤の上を
レコード針のような速度計(回転数付き車輪)を走らせて、
その速度から微分と積分の計算を自動で行なう…という弾道計算に特化した機械で、
文字通り単なる“計算機(Computer)”に過ぎません。
21世紀の私たちがコンピュータと聞いて連想する
論理回路を搭載したデジタルコンピュータとは
全く別物ですから、注意してください。
(要するに微分解析機(Differential Analyser)の一種に過ぎない)

射撃管制装置が前後に二つ搭載されてるのは
相互の視界&レーダー波の死角を補うためと、
どちらかが故障した場合の予備機としてのものらしいです。
ちなみにアナログコンピュータMk.1はさすがに極めて高価な装置なので、
艦底付近に1基設置されてるだけで、予備は無いようです。
(ただしここら辺りは直接見てないので断言はできない)

参考までに前部の射撃管制装置が喫水線上46.2m、
後部のものが31.5mの高さがある、
との事ですからそれぞれから見える水平線は
最大で約24qと約19qになり、そこまではレーダー波が届く、
つまり照準が可能だ、となります。

ただしこれは水面までの距離ですから、
水面上に10m以上の高さを持つ軍艦相手なら、
当然、もっと遠くまで捕らえる事ができ、
おそらく艦船同士の戦闘なら35〜40q前後まで補則できたはず。
逆に言えば、それ以上の距離の敵は照準する事すらできないので、
主砲の射程距離で40q以上は単なるムダ、過剰能力となります(笑)。



この装置は船体後部の方が見やすかったのでそちらの写真で。

手前のお椀型パラボラ(放物線状)アンテナが乗ってるのは、
下で説明する5インチ砲用のMk.37射撃管制装置で、
その奥、より高い位置に置かれてるのが主砲用のMk.38射撃管制装置です。

一番上に両側から支えられた変な箱が付いてますが、
ここにMk.13レーダーのアンテナが入っています。
左右の支えでアンテナの上下角度を調整、
左右の方角は射撃管制装置ごと動いて調整します。
警戒レーダーではないので、正面の目標さえ捕らえられればよく、
このため360度回転機能は付いてません。

その下で左右に伸びた棒状の箱型部分が、目視で距離を測る測距儀で、
左右両脇の小さなシャッターの中にレンズが入ってます。
(観測時にはこのシャッターを開ける)

側距儀は長ければ長いほど精度があがるので、日本だと戦艦大和クラスで15.7m、
それ以外でも10m級のを積んでいたのですが、
アイオワ級のMk.38射撃管制装置の場合、こんな短いものになってます。

上のレーダーアンテナの箱は、図面によれば8.6フィート、約2.6mなので、
それとの比較から計算すると約8m、大和級の約半分でしかありません。
これは長門・陸奥の10m級のものよりさらに短く、
普通に考えるなら完全な能力不足です。

が、もはやレーダー測距に切り替えていたアメリカ海軍にとって、
これはあくまで非常時の保険であり、
レーダーではやや苦手な方位の測定を補助できりゃいいや、
という割り切りからの設計でしょうね。
これで砲撃戦をやる気はさらさら無かった、というサイズになっています。

でもって、その側距儀の下の筒状の部分に人が乗っており、
(側距儀の部分にも上半身くらいは入ってるが)
そこでこれらの機器の操作を行なっていたわけです。



前ページの写真でも、再度見ておきましょうか。
このレーダー塔頂上部にあるのが、前部のMk.38射撃管制装置です。

後部の黒いレーダーマストは1982年改修で追加されたものなので、
本来は後部にも障害物が無く、360度の射撃管制が可能でした。
つーか、このアンテナマストを追加した段階で、遠まわしもはや主砲は飾りです、
とアメリカ海軍は宣言していたのと同じですね(笑)。



■6  5インチ砲用 MK 37 射撃管制装置。

こちらは同じ射撃管制装置でも、副砲、
つまり対空、対駆逐艦用の5インチ砲の照準を行なう装置。
こちらも中に操作員が乗り込んでます。

これは艦橋上、第一煙突横の左右、そして艦後方の4箇所にあり、
これも大戦時からの装備のままです。
ただし、前回も書いたようにレーダーアンテナは見た事もない新型で、
その辺りは新型に置き換えられてます。

で、前回4つも要るのかと書いたのですが、後から調べてみたら、
なんと艦内の射撃座標追尾室(Battery Plotting room)と
この4つの射撃管制装置が連結運用されていたのだと知る。

つまり4つの射撃管制装置のレーダーデータを、
艦内にある射撃座標追尾室に送り、
そこで艦の周囲360度の対空監視と射撃目標の選択、
さらに照準データの計算を行なっていたようです。
なので一種のレーダーネットワークが艦内に造られてた事になります。
1943年のアメリカ海軍、恐るべしですね…。

射撃座標追尾室は艦底付近にある部屋で(今回見学できず)、
射撃管制用のアナログコンピュータもそこにあり
対空砲の砲撃指示はここで一元管理していたようです。

ただし当時のアナログコンピュターは
先に説明したように、射撃に必要な数値を出すだけですから、
とりあえず最も危険性の高い目標を選択するのは
人間の指揮官が行い、後の弾道計算を
アナログコンピュータでやったのだと思われます。

計算終了後は各5インチ砲に対し、選択された目標を砲撃するための
方位、上下角、さらには信管の設定(時限式の場合の設定時間?)
の指示が伝えられ、各5インチ砲塔ではその通りに射撃するだけなのだとか。
当然、左舷と右舷では別の目標を狙うことになったはずです。




先と同じ写真ですが、手前がMk.37射撃管制装置。
相手が高い位置を飛んでる上に、せいぜい10q以内しか目標にしない5インチ砲の
射撃管制装置が下側に置かれてるのは、理にかなってます。

これも基本的には1943年のままなのですが、レーダーが新型になってるほか、
左右の側距儀が取りはずされて、三角形の耳みたいなパーツが取り付けられていたり、
前面にあった外を見るための窓が全てふさがれていたりと、
意外にいろいろ改造がなされてます。




参考までに、こちらがボストンで見たUSSカッシン ヤングのMk.37射撃管制装置。
前部の観察窓がまだ残されてますね。

…ってあれ、よく見るとアンテナの反射板(皿)が違うだけで、
USSニュージャージーのもMk.25レーダーっぽいな。
だとすると、朝鮮戦争の時に改修されたまま、という事になりますが…。


NEXT