■アメリカン レールウェイ



で、そこから先はアメリカの交通、陸上編のスタートです。
ただしこれ、海ルートからだと、
途中から陸の見学ルートに入ってくるため、注意が要ります。

この点に気がつかなかったため、
先に見た入り口横の蒸気機関車を見損ねてしまったわけで。
(前回は見ているので、油断したとも言えるが…)

もし訪問する機会があるようでしたら、右側の展示にも注意してください。




まずは鉄道の展示から行きましょう。

これは1927年にノースカロライナ州のソールズベリーに建てられた鉄道駅の展示。
例によって説明が適当で、はっきりわからなかったのですが、
どうもその建物の一部を移築したものみたいです。
ちなみにサザン レイルウェイ(Southern rail way/南部鉄道)社の鉄道駅だそうな。

奥に見えてる妙に白いオッちゃんは展示の一部の石膏像。
このコーナーはこういった妙な像がやたら置かれているのでした。



そのサザン レイルウェイ社の看板蒸気機関車だった“南部(The southern)号”の模型。
客車の内部はかなり豪華で、アメリカにもこういった鉄道の旅があったのかとちょっと驚く。

サザン レイルウェイ社はその名の通り、南部諸州を結ぶ鉄道で、
フロリダ州からヴァージニア州、さらにアラバマ州からケンタッキー州あたりと
極めて広大な地域の鉄道を運営していた会社でした。

その後、会社名がノーフォーク サザン レイルウェイ社に変わったりしたものの、
2014年現在も存続しており、ワシントンD.C.周辺にも一部乗り入れてるみたいです。



で、その先には蒸気機関車の実物が。

1926年製のPs-4級蒸気機関車の1401号だそうな。 
最大時速80マイル(128q/h)で客車を牽引できたこの蒸気機関車は
サザン レイルウェイ社の看板機関車であり、
全部で64台が製造されたとのこと。

ちなみに終戦直前、1945年4月にルーズベルト大統領が
ジョージア州で休養中に急死した際、
その遺体をワシントンD.C.まで搬送したのは、この機関車なのだとか。

その後、最終的に1952年まで使用され、
1962年にスミソニアンに寄贈されたようです。



こちらは1926年製の農場で使用されたワゴン馬車。
これも車体下のサスペンションの高度さに注意しといてください。

ちなみに今では自動車のジャンルになってるワゴンですが、
本来は前部に人が乗るイスが付いた荷馬車の事でした。
ただ荷台にイスを追加すると、人を運ぶ事もできるのが普通で、
荷馬車というより、運搬車、という方が近いかもしれません。
ちなみに他にも、カブリオレ(折りたたみ幌付き馬車)、
クーペ(二人乗り馬車)など、馬車に由来する自動車の種別は結構あります。

で、展示の説明によると、1908年にT型フォードが発売されて18年、
1926年にはすでに自動車がかなり普及していたものの、
まだ年間20万台の荷馬車が作られ、
国内では100万台が現役だったと見られているとか。
ただし、敵はあの大量生産バカ一大、ヘンリー・フォードですから(笑)、
こちらはさらに凄く、1925年だと彼の会社だけで
年間200万台のT型フォードを生産してました。
アメリカ全体の自動車生産数だと倍以上だったはずで、
馬車の時代は徐々に終焉を迎えるわけです。

それでもアメリカといえど、自動車が馬車を完全に駆逐するのは、
少なくとも1930年代に入ってからみたいで、
いわゆる自動車社会のスタートはこの時期みたいですね。


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