■アメリカと金



お次はある意味、アメリカらしいテーマ、
お金についての物語(Stories on money)の展示。
狭い部屋の展示なんですが、見学者多し(笑)。



まずは南北戦争以前のアメリカのお札についての展示。
アメリカで国家紙幣が発行されるようになったのは南北戦争前後からで、
それ以前は金貨、銀貨を中心とした硬貨だけでした。
(南北戦争は1861-1865年。ちなみに日本の明治元年が1868年)

なので初期の紙幣は各地の銀行が勝手に発行したものばかりだったそうで、
これはそういった私設紙幣の展示です。
こういった私設紙幣には、発行した銀行に持って行けば
額面の貨幣(金貨)と引き換えるよ、という保障が与えられており、
一種の手形、あるいは小切手のような存在として発行されていました。

もらった人は、発行した銀行に行って換金しても良いし、
その条件なら通貨として受け取りますよ、
という商売相手に渡してもいいわけです。
(通常は一定額を割り引かれたと思うが)
ちなみに左上、孤児協会銀行なるものの発行なんですが、
一体全体、どんな組織なんだか、妙に怪しいなあ…。

でもって、やはりいろいろ問題があったようで、南北戦争の終了後、
アメリカ議会は政府以外の組織が紙幣を発行するの禁じています。

ちなみに金属のコインより紙と印刷で済む紙幣のほうが製造コストは当然安く、
その意味で紙幣は非常に優れた経済的な発明でした。

同じ1万円の価値を持たせるのに、1万円分の純金がいる金貨と、
印刷費と紙代と国家の信用(笑)だけで済んでしまう紙幣とでは、
後者の方が、発行側にとってはコスト的に大幅に安くあがり、
発行する側にとって、とてもありがたい通貨となります。

ただし政府に信頼が無いと、だれもそんな紙切れ信用しませんから、
ある意味、極めて高価な人的(時間的)コストを払って手に入れた
“政府の信用”を担保にしてる、という見方も出来ます。

もちろん、純金を使わない通常の硬貨もそれなりに安くできますが、
その場合は当然、国家の信用が要求されるので、紙幣と同じ事になります。
だったら、わざわざコストの高い硬貨を造る必要性はどこにもありません。

実際、世界中を見回しても、500円などという高価な硬貨を
発行してる珍妙な国家は日本ぐらいなもので、
たいていの国では日本の感覚だと100円単位から紙幣となります。

あれは何の意味があって500円札を廃止にしたのか、
未だによく理解できませぬ。
その分の財政負担をするのは国民の税金なんですが…。

ついでに国家レベルで本格的な紙幣発行は、
おそらく1710年代後半のフランスが最初です。

この時、ジョン・ロー(実はスコットランド人)が
金貨との交換を保証した紙幣を発行しており、
おそらくこれが国レベルで行なわれた最初の紙幣だと思います。
それ以前にも、一種の手形としての国立銀行券はありましたが、
これは紙幣と呼べるようなものではありません。
(ただし外国人だったローは国立銀行の設立に失敗しており、
厳密には私設銀行券だったが実質的に政府がその価値を保証した)

で、知ってる人は知ってるでしょうが、
この後、ローは世界で二番目の経済バブル事件、
ミシシッピ開発計画株バブルの犯人として失脚します、
(ちなみに一番目の経済バブル事件は1637年 オランダのチューリップバブル)

このため、あまりいい評判はない人ですが、経済的な視点では
かなり先駆的なものを持っていた人物で、
信用とそこから産まれる貨幣価値を、完全に理解していたように見えます。

実際、これはスゴイ話で、21世紀の経済専門家でも、
イマイチ理解してない人が多い部分ですから、
相当な知性の持ち主だったと思います。
少なくとも、経済的な発想では50年先を走っていた人物でしょう。
ただし、後のバブル事件の犯人なのも間違いないんですけど(笑)。

以上、脱線終了。



でもって、こちらがアメリカ政府発行の紙幣です。

ちなみにアメリカは日本やイギリスと違って
明確な中央銀行が存在しないため、
全部で12ある連邦準備金銀行(Federal Reserve Banks)が
発行する紙幣(Note)となっており、中央銀行券の表記がありません。
(ただし実際の発行はニューヨーク連邦準備金銀行がほぼ独占)

で、まず注目したいのは、左上、
おそらくアメリカ政府が発行した最初の紙幣の一つ、
最古の10ドル札で、1861年発行のもの。
上が表で下が裏となってます。
裏面のXはローマ数字の10ですね。

裏面が緑で刷られ、いわゆる緑の裏(Green back)と呼ばれる
アメリカのドル紙幣の特徴は、
既にこの時代からの伝統だったのがわかります。
ちなみに当時の10ドルは現在の100ドル札なんか足元にも及ばない
高額紙幣だったはずで、この時代はまだ手形感覚なのかもしれません。

その下の2ドル札は1869年でこれもかなり初期のもの。
日本じゃようやく明治になった時期です。
ちなみに、2ドル札というと変な感じがしますが、
デザインは変わってるものの、実は今でも現役です。
ただし、私は一度も現物を見た事がありませんが…。

ついでに、20ドル札というのもありまして、
こちらは結構、見た事があります。

注目はその下、第一次大戦終結の1918年に発行された5000ドル紙幣。
こんな高額紙幣もかつてはあったんですね。
大雑把な消費者物価指数(CPI)比較だと当時の貨幣価値は約1/15ですから、
ざっと75000ドル、75万円札、というところになります。
何に使うんだ、これ…。
ちなみに、現在アメリカが発行している最高額面は100ドル札までです。

後は右側の5ドル札のデザインの変更も見て置いてください。
アメリカの場合、同じ人物、同じようなデザインでも、
少しずつ変化しながら、発行が続いてるのが判ると思います。



こちらはコインのコレクション。
左上にあるのは金貨で、2.5ドルというちょっと珍しい額面のもの。
とはいえ、1840年から1929年(大恐慌の年なのに注意)まで
発行されていたらしいので、当時は普通に見かけるものだったんでしょうね。

これはアメリカ政府の信用が低かった時代、
まだ金貨じゃないと誰も信用してくれなかった頃のなごりでしょう。
でもって、ほとんど解説では無視されていましたが(笑)、
この金貨を通じて世界の金価格の歴史と通貨としての金貨の意味が
よく見えてくるので、ちょっと深く説明しておきます。

金貨はその貨幣価値より、持ってる貴金属価値が高くなってしまうと、
これを溶かして転売されてしまう危険があります。
1ドルの金貨に2ドルの貴金属価値があるなら、
誰も通貨として使用せず、貴金属として売買するからです。

ところが、金貨は意外にもこの点では極めて安全でした。
金の価格がある程度上下するようになったのは、
1929年の大恐慌以降であり、特に大きな上昇が始まるのは
実に1971年のニクソンショック(金本位制終結)からなのです。
さらに今のように1オンス(troy ounce)で
1000ドル、10万円を超えてしまう、という異常な世界になるのは、
実はつい最近、21世紀に入ってからの話に過ぎません。

それ以前は、ほぼ事実上固定相場の世界でしたから、
この金貨の発行が始まった1840年から発行が終わる1929年まで、
金価格は1オンスが19ドル〜20ドル前後で完全に安定していました。

逆にその間、物価は動いてますから、
金の価値は下がり続けていた、という事もできます。
現在の金相場からすると信じられない世界ですが、
だからこそ、通貨として使用できたわけです。
(ちなみに戦後も1971年まではブレトンウッズ体制により
1オンス=35ドルで固定されてしまうが実際は多少の値動きがあった)

で、この2.5ドル硬貨は柔らくて傷が付きやすい24金ではなく、
もう少し硬くてその分純度の低い22金製で(銅が10%)造られており、
4.18gの重量があったとされます。
となると、金の含有量はざっと3.75g=約0.12オンスですから、
その貴金属としての価値は20ドル×0.12=2.4ドル。

ほぼ額面の2.5ドルと等価な金貨だったのがわかりますね。

が、先に書いたように大恐慌前後から、金の価値が上がり始めます。
1929年の段階で20.5〜21ドル前後となり、
その後、1933年には25ドル前後まで急上昇しています。

こうなると、金貨を溶かして貴金属として売ってしまえ、
という連中が必ず出てくるので(笑)、この金貨は1929年で発行を終了、
おそらく政府はこれを必死で回収したはずです。
こういった細かい部分から、経済のいろんな部分が見えてくるのが、
興味深いところではあります。

ちなみに写真だとよく見えないですが
左のが1840年から1907年まで発行されていた自由の女神柄、
右のが1908年から1929年まで発行されていたインディアン柄だそうな。
どちらも重さは同じみたいで、デザインだけが変わったようですね。

ついでにその下、1ドルコインもあまり見かけませんが、
今でも現役で、自動販売機などのお釣りでたまに出てきます。


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