最後のヨーロピアン

さて、今回はトヨタ博物館におけるヨーロッパ車在庫一掃記事としましょう。

トヨタ博物館の保有車両は大衆乗用車が中心で素晴らしいの一言なんですが、地域ごとの温度差が結構あります。日本車とアメ車に関してはオレはやるぜ絶対やるぜ勝負だオラオラ的な凄まじさがあり、そんな車まで持っているの、という世界。対して欧州車、特に戦後の欧州車に関しては理由不明ながらそこまでのものではありませぬ。まあ一通り重要な車種は抑えて置いたよ。まあオレももう大人だしねフフ、的な一歩引いた感があるのでした。なのでもう一気に片づけてしまいましょう。まあ実際、私もよう知らん世界だし。



1955年に発売開始となったシトロエンのDS19。この展示車は1958年式だそうな。ナンバープレートの取り付け方が独特な車でもあります。

宇宙から来たナメクジと地獄から来たダックスフントが千葉県の片田舎で悪魔合成されたようなスタイルの車。1975年まで生産が続いた事もあり、筆者が地獄の業火のように愛らしかった幼少時、走っているのを見た事があります(ただし廉価版のID19の方かもしれぬが外見は一緒)。そして大人になってもあんな車に乗るのだけは止めようと思いました。そういった車です。個人的にはウナギイヌと呼んでます。

世界で初めてハイドロ・ニューマティック・サスペンション(hydropneumaticはhydroとpneumatiを合体させた語。直訳するなら水流空気圧式。ただしシトロエンのサスペンションは水では無く専用液を使う)を採用した車でもあります。バネの代りに空気の圧縮を使うサスペンションで、その圧力の伝達に液体を使います。本気で説明すると面倒なのでここでは割愛。まあ乗り心地が良く、車体を安定して水平に保つのに優れたサスペンションだと思ってください。後にシトロエンの看板技術になります。余談ですがイギリスBBCの競馬中継では揺れの無いシトロエン車の天井にカメラ積んで並走して中継していたようです(ただしDSシリーズではな無く、もっと安いシトロエンを使ったらしいが)。

ちなみにこのサスペンションの安定性から大統領が立って市民共を謁見する車、フランス政府のパレード車にも選ばれていました。このため1962年8月に発生した大統領暗殺未遂、プティ・クラマー(Petit-Clamart)事件時、戦う戦車大統領、ド・ゴールはこのDS19に乗っていました(オープンカーではなく後部座席の天井だけが幌で開くようになっていた。ただし事件の時ド・ゴールが乗っていたのは天井が開かない別車両だったらしい)。フランス最大の暗部、アルジェリアの独立に反対する極右組織OASによる暗殺未遂事件であり、連中がもう面倒だから大統領を殺しちゃおう、とやったテロがこれです(OASのテロによる死者は今日までで2000人を超えるとされる)。ちなみに軍人を中心とするそれなりに精鋭の暗殺グループであり、自動小銃まで持ち込んでいたんですが日没時間を間違え、襲撃時に一帯が暗くなりすぎて失敗すると言う残念な暗殺事件で終わります(この辺りは「ジャッカルの日」の元ネタの一つだったっと思うが、現状、手元に本が無いので確認できず)。

この時、大統領の乗った車は修理不能な状態になるまで破壊されながら奇跡的に死者は出ておらず(巻き込まれた民間人が一人負傷しただけ)、首謀者は後に銃殺刑になっています(恐らく議会制民主主義体制国家で最後の刑法罰による銃殺刑)。ちなみに犯人グループは四台の車に分乗していたんですが、その内の一台はこれもDS19でした(ただし盗難車で偶然の一致らしい)。



横から見るとこんな感じ。ハイドロ・ニューマティックはエンジン切って液圧を失うとサスペンションが死んで車高が下がるはずなんですが、これが下がった状態ですかね。

ただしこの車の場合、そのハイドロ・ニューマティック系の液圧をサスペンションだけでは無く、パワステやフロントディスクブレーキの制御にまで使ったようですが、それによってどんな利点があったのかはよく判らず。より複雑になるし、重量的な利点があるとも思えんのですが。

まあ正直、好みの別れるスタイルだと思います。個人的には友達には成れないかなあ、という感じです。



ボルボ PV544。正直全く知らない車です。現地で見た時はこの車輪が左右に飛び出した外観から戦前の車かと思ったんですが1958年に発売された車でした。ちなみに展示の車両は1959年式。ちなみにこの車もモノコック構造だとか。

ただしPV444というほぼ同じような先行モデルがあり、これは1944年に発表ですからまあ時代ではあるのか。実際の量産開始は1947年からだったらしいので、ギリギリ戦後のヨーロッパ車と言えるかもしません。スウェーデン本国では大ヒットしたらしいですし。ただしPV444とPV544の違いはフロントガラスが二枚分割から一枚になった、エンジンと変速機がちょっと変わった、という程度であり、これって事実上、同じ車じゃないの…。



まあちょっと愛嬌のあるスタイルですが、他に特に見るべきものは無い感じ。…と思ったんですが、後にトヨタ博物館のサイトで世界で初めて三点式シートベルトを搭載した車と書かれていて驚く。いや、それはボルボのアマゾンでしょ、と思ってボルボのサイトで確認したら、どうも両車に同時に搭載開始したんだけど、PV544が1959年8月13日、先に出荷され実際に市場に出た最初の車になったようです。あれま、アマゾン以外にも搭載していたのか。知りませんでした(ただしあくまで三点式シートベルトの標準装備で世界初。シートベルトそのものを最初に標準装備としたのは同じスウェーデンのサーブによるグランツーリスモだと思う。1958年の春ごろから装備開始。ただしアメリカ人はシートベルトが死ぬほど嫌いだったのでアメリカ向けモデルでは1973年までオプションだったらしい)。

ボルボの技術者だったニルス・ボゥリン(Nils Bohlin)が発明したのが今に至る安全の三点の神器、三点式シートベルトでした。ボルボはこれの特許を取得しながら、オープン特許としたため世界標準の装備となります。なんでオープン特許としたのかはよく判らず。親切心だけだとは思えないんですが(汚れた大人の心)。ちなみにボゥリンは元はサーブの航空機部門に居た人でした。射出式脱出座席の開発に関わっており、そこでの経験から人間の体を最低限の要素で完全に押さえつけるシートベルトとして三点式を開発したとされます。 航空機の技術はいろいろ車に持ち込まれてるんですが、射出式脱出座席まで影響を及ぼしてるんですよね。


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