■日本の夜明けのような気がするぜよ

今回は戦後の自動車大国日本の夜明けっぽい車を紹介してゆきます。当然、それはトヨタの歴史でもあり、トヨタ博物館に相応しい展示品の連続となって行きまする。

でもっていきなり余談。2012年にトヨタは75周年記念としてサイト上に「トヨタの車両系統図」と言うサイトを立ち上げております。資料性が高くて助かるんですが、これの入力、出力操作に関しては馬鹿が馬鹿に依頼して馬鹿みたいなものが出来て来た、というシロモノで、そろそろ造り直してもらえんでしょうか。調べる度にトヨタが死ぬほど嫌いになります、これ。中身は素晴らしいのに。



トヨペット SA型 1951年型。

戦後、国内で設計され、一定数が造られた最初の自動車だと思います。といっても1947年の生産開始から200台前後しか生産されておらず、このトヨタ博物館ですら1947年の最初期型を持っていないという車です(ちなみにトヨタ本社は保有しておらず福島トヨタが寄贈したらしい)。正直に言えば筆者もこの博物館でこの展示を見るまで存在すら知りませんでした。

トヨペットは後にトヨタの販売ブランド、販売系列店名となりますが、この車に関しては車名もトヨペットのようです。ちなみに公募で決定されたとされますが、昭和の時代の「商業的な公募」の多くは出来レースで、既に名前等は決まっているのに話題作りのために掛けるものが多かったという点は参考までに書いておきます。その後、いかにも応募作から選ばれたように見せかけ、注目を集めさせて終わる、というやつですね。ただしなぜ「SA」なのかは不明。その前、戦前に造っていたのが「AA」でしたから、なんで突然Sまで飛んでしまったのやら。

ちなみに変な位置にバックミラーがあるな、と思っちゃいますが、鏡ではないの恐らく棒型の方向指示器でしょう。この時代に発光式のウィンカーは無いですから。



まあ正直な所を言ってしまえば、あのドイツの国民車の影響が無いと言ったらフライングクロスチョップ、というスタイルですが、水冷4気筒の995ccエンジンを前方に搭載した後輪駆動車だったりします。

でもって資料が正しければ四輪独立懸架であり、しかも前輪はダブルウィッシュボーンサスペンションだとか。えええええ、ホントに?欧米車では1930年代から採用例あいますが、基本的にパッカードのような高級車、あるいは一般には市販されないレーシングカーで使用されたもので、こういった一般的な乗用車に使ったとした例、少なくとも筆者は知らんのですが…。ただし後輪は独立懸架といっても簡易なスイングアクセル式だったようですが、それでも良く造ったなと思います。同時に恐らく故障の原因にもなったろうなあ、と思いますが。

ちなみに取手の位置を見れば判るようにドアは後ろに向けて開きます。



後ろから見るとまんまフォルクスワーゲン Typ1なんですが、フロントエンジンなので冷却のスリット等はありませぬ。となるとこれがトランクなのか。でもスペアのタイヤを入れたらもう一杯になっちゃいそうですが…。ただし開いてるの見たの事ないので、詳細は不明として置きます。

正直、これを日本の自動車産業の夜明け、というには若干無理がある、ほぼ試作車はないか、という気はするのですが、戦後のトヨタの歴史がここから始まったのも事実なのです。


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