でもってこちらはフォードが1954年10月に発売した最初のサンダーバード(Thunderbird)、1955年型。

ちなみに解説は誤字ではなく、フォードは1954年10月から1955年型としてこの車を売り出しているのです。後にマスタングでも同じ事やるのでフォードのお家芸ともいえますね、この年式詐欺。展示の車は屋根付きですが、これは取り外し可能で、オープンカーにもなる二人乗り車でした。ちなみに折り畳みの幌とこの取り外し式の屋根の選択式販売で、購入時に選ぶ形だったそうな。

当然、1953年にシボレーが投入したコルベットのライバルとして開発された車です。ただし既に見たようにコルベットは全く売れていない車でした。だったらなんでまたフォードが似たような車を投入してきたのと思う所ですが、どうもコルベットは発売前、その斬新なスタイルから、かなり話題にはなったらしいのです。これを見たフォード社が俺だってやれば出来るぜ、とばかりに急ぎ開発を開始したと言われています。よって開発が進んでしまって引くに引けなくなった結果、発売されてしまった説アリ。

ところがこちらは、この馬鹿みたいにダサいデザインが、馬鹿みたいにダサいデザイン大好きなアメリカ人にバカ受け、なんと発売初年度に1万6150台を売り上げる大ヒットとなってしまいました。ちなみに既に見たようにコルベットの初年度(1953)年の発売台数は僅かに300台前後、サンダーバードが発売になった1955年でも700台でした。はい、実に23倍の売上の差です。この馬鹿みたいなスタイルの車、当時としては大ヒットとなってしまったのです(ただしコルベットの名誉(?)のために述べて置くと1954年には3640台を売り上げたのだが、その結果、欠陥車ぶりがより広く判明してしまい、翌1955年の惨敗につながったらしい)。



どう見ても成仏できなかったデメキンが、霞ヶ浦でアメリカザリガニと幽体合体したようなスタイルとしか言いようがありませぬ。ちなみにボンネット上に空気取り入れ口が飛び出してますが、自然吸気エンジンですから何の意味も無い、ただの飾りです。エンジンの部品が収まりきらずに造られたモノでも無く、あの下にはただのエアフィルターがあるだけです。まあ、あらゆる意味でアメ車ですね。

ちなみにアメリカ原住民の皆さんの神話から取ってサンダーバードとフォードは主張してますが、アメリカ空軍の飛行展示チーム、サンダーバーズが1953年から活動を開始(ちなみにF-84G。よくあれでアクロバットをやったなと思う)、当時かなりの人気となっていましたから、無関係とは思えないんですよね。とにかく飛行機に影響を受けてましたから、この時代のカッコいい系デザインの工業製品。

参考まで名前の候補としては他にアパッチ(どうもアメリカ原住民の名ではなく、ノースアメリカンA-36の名前から取ろうとしたらしい。個人的には信じがたいがフォードは後にP-51からムスタングの名を取ってるのも事実)、サンダーボルト(これもP-47かららしい)などが在ったとされるので、やはりサンダーバーズの影響あると思うんですよ。ちなみにハワイアン、トロピカルという候補もあったそうな。マジで?

当然、これもスポーツカーでもGT車でも無く「個人向け高級車」に分類されるべきものです。なのでシャシーや足回りは当時のフォード車と共通となっています。エンジンはやや高級なマーキュリーから取られた4800cc V8エンジン、193馬力でしたが戦前の伝説的フォードV8エンジン、221型の排気量を上げただけの旧式エンジン(225型)で高性能とは言えない物でした。よってそこら辺りを云々する車では無いですね。



後部のデザインは1950年代のアメリカ車らしい尾翼突き、よく判らないクロームメッキの飾りだらけのもの。

ちなみに後部バンパーの上に在るジェットエンジン排気口みたいな丸いメッキバーツの中には排気管が入ってます。明らかにジェット機を意識したデザインですが、当然、トランクの中を排気管がぶち抜いており、その空間はメッチャ狭くなっています。さすがのアメリカ人もこれは頭が悪いと気が付いたようで、1956年型からは下のバンパー内に埋め込まれる形になります。それでも1956年型までは装飾品としてこのパーツは残されていました(ある意味、極初期型を見分けられる主要なポイントとなっている馬鹿装置ではある)。

ついでに1954年10月発売だとマッカーシーの赤狩りの末期であり、赤い車って何かのメッセージだったのか、とも思いましたがよく判らず。まあシボレーのコルベットにも赤はあるんで(1954年以降)、単にヨーロッパ車への憧れかなあ。


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