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![]() 丸根砦の解説。ちなみにここと鷲津砦の間は直線でも約500mほどあり、それぞれ独立した砦のはずですが、三河物語では両者を一つの砦として記述しています。なのでどうも大高城を封鎖するための柵で砦間が連結されていたのでは、と思っております。柵で敵を閉じ込めるは信長の大好き&得意技ですから。 ![]() とりあえず反対側に降りれるようなので、そっちにも行って見ますか。こうして見ると、やはり結構な高さがある事が判ります。あとこの辺りは少なくとも江戸期の道じゃないの?といった部分が残っていました。 ![]() さっきとは別の道に出る。かなり急斜面な丘陵地区ですが一帯は名古屋郊外の住宅街に飲み込まれていました。左手に見える壁は東海道新幹線のもの。日本の歴史を変えた決戦の地は今や完全に住宅街に飲まれてしまっています。 ![]() そこからチラッと見えた丘陵部が大高城のあった辺り。あれ思ったより距離があるな、という印象。この下の低地辺りまで満潮時には水没する遠浅の海だったはずで、その入り江を挟んでのにらみ合いの包囲戦だったように思われます。 ![]() そこから旧街道の匂いがする道が東に向かって続いてました。とりあえずそっちも行って見ますか。せっかく来たんだし。 |