岐阜城の復元天守閣からロープウェイ駅の周辺では二本の道が並行する形で走っています。先ほどはその北側の道で天守閣に向かったので、帰りは南側の道を通ってみましょう。この狭い道とかは信長時代の面影を残している気がしますが、確証は無し。



その先に小さな神社があり、その横から直滑降のように下って行く道が出てました。ロープウェイ駅方面から来るのが表門の道で、それに対してこちらは裏門の道となる、水手(みずのて)道だそうな。その名の通り、長良川に抜けていたようですが、現在は例の岐阜公園横に出る経路になってしまっています。ついでに、例の関ケ原前哨戦の時、池田輝政の軍勢はこちらから攻め込んだ、という伝承があるのだとか。



そこから見合上げる復元天守閣。絵になりますな。手前は石垣ではなく岩盤のようで、そもそも天然の要害ではあったんでしょうね、この山。



そこからもう少し下って行くと…



岐阜城資料館なる建物が。入ってみましょう。


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