だたし本堂も金堂も江戸期初期の建物としてはよく維持されており、徳川キンキラ金ばかりが当時の建物じゃないんだ、と安心させられました。




その先に鐘衝き堂があり。そうだ、ここの鐘は日本最古という説があり、国宝だって話じゃん、と思って見たんですが、どう見ても鐘が無い。一定以上の知能が無いと見えない等の特殊な鐘かと思ったら、入り口に「現在は九州国立博物館にて展示中」の文字が。…ええええ、あったかな、全く記憶に無いぞ。



まあ無いものは仕方ない。先に進みましょう。

でもって宝蔵の案内がありにけり。宝蔵をMUSEUMと訳したのは初めて見たので、これも福岡英語かと一瞬思ったんですが、文化財を持つ寺社によくある宝物殿の事なんでしょう。お寺で宝蔵だと、本来はお経を収めた建物を意味するのが一般的だとは思うんですけども。



やはり宝物殿でした。見学していこうかと思ったんですが、館内は一切撮影禁止とされていて興味が無くなったので、撤退とします。



ちなみに境内には「元々ここにはこんな建物があったのよ」という看板と礎石らしきものが無数にありました。往時は相当な規模の寺院だったのだろうな、という印象です。

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