より近くから。確かに近くで見ると、全く別の構造の建物で、同時に建てられたわけではなさそうだ、という印象です。そして両社殿の間にある階段の奥に、今回は撮影できなかった巨岩、金大巌があります。ちなみに左の三宮の祭神は樹下宮と同じ神様、牛尾宮は東本宮と同じ神様が祭神となっています。

ただしこの一帯は明治の廃仏毀釈で神仏が明確に分離される馬鹿宗教革命が起きるまでは、古代からの山岳信仰、神道、さらには仏教(天台宗)が混然として同居した混沌の信仰の地でした。なんで同じ祭神で東本宮地区の宮と名前が違うのか、といえばそういった面があるからです。おそらく江戸期までは複数の神が混然と祭られていたと思われます。

そもそも右手の牛尾宮はその名から判るように、本来は牛頭天王信仰の宮で、さらにその子供達、八人の王子を祭る八王子信仰の発祥地でした。明治の神仏分離で、仏教と神道が混然とした八王子信仰は廃絶されてしまったので、現在のような形になったのだと思われます(牛頭天王は日本で生まれた仏教の“守護神”というややこしい存在で、インドっぽいけど日本オリジナル)。



階段を登ってみる。こちらは牛尾宮。間違いなく東を向いてますから、やはり日吉大社は本来太陽信仰だった、という気がしますね。出雲大社のように南を向く神社では無かったでしょう。となると思った以上に古い信仰の地、下手すると古墳時代からスタートかもしれませぬ。確証は無いですけどね。



そこからの眺め。いや気分がいいです。

ちなみに登ってみてびっくり三人組の若い女性が階段の上で座り込んで休憩中でした。彼女たちが動かなったので、金大巌は撮影できなかったわけです。ちなみに話を聞くと意地になって登ったけど体力切れで充電中、とのお話。でもパワースポットですよね、癒されます、との事でした。

ここ八王子山は信長さんが殺して殺して殺しまくった山なので、暗くなる前に下山した方がいいですよ、という言葉を飲み込んで、あくまで爽やかなオジサン(自称)として笑顔で立ち去る。あとパワースポットなる馬鹿英語は何とかならんのかと思う。



なかなかいい運動だったぜ、という捨て台詞を残して、では帰りましょうか。



そして絵になる眺めでした。 


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