お隣は宇佐宮でした。宇佐宮という事は九州発祥の八幡宮の流れのはずで、織田家の宇佐山城の名はこれに由来するのかな。



でもってその横に順路の案内を発見。あれま、先に西本宮を参拝した後、宇佐宮経由の裏道で先ほどの白山宮に抜け、最終的に東本宮に向かうのが正しいのか。というか、そういうのは最初の白山宮の横に書いておいてよ、と思う。
 


では西本宮に先に向かいますか、と思って周囲を見ると、ここにある九個の石は全て霊石よ、という案内が。



その先には枠で囲まれた大威徳岩と呼ばれる霊石が。やはり古い神社なので、本来はこれらの石がそのまま御本尊であり、そこから東向きに参道が造られたんじゃないかなあ、と思う。ちなみに湖畔の一等地である周辺は古墳群の集まる地区であり、これらの石が天然石なのか、その古墳に関するものなのかはよく判らず。



その先で参道から90度直角に曲がる形で存在するのが、この西本宮の楼門。西本宮一帯は最初に再建されており、秀吉がバリバリに存命中の1586(天正14)年にこの楼門、拝殿、本殿が建てられました。楼門と拝殿は重要文化財、本殿は国宝に指定されています。
 
ちなみにこの楼門、屋根の下の四隅に猿の像が隠れてます。一応、写真を撮ったんですがブレてしまい失敗しました…


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