そこから西本宮に向かう参道の途中に別の宮があり。白山宮と書いてあるので、おそらく山岳信仰でおなじみ菊理姫(くくりひめ)神の神社であり、読みは「しろやま」でしょう。
参道を外れて近づいて見ると、なんだか変わった構造になってます。
何かの舞台かと思ったら、これが拝殿でした。当然、奥に見えてるのが本殿。
こんな簡素で開けっ広げな拝殿があるのね。ちなみに拝殿、本殿共に豊臣秀吉の死んだ年、1598(慶長3)年の建築で、重要文化財。この年の建立と言うのは何か意味がありそうですが、史料が無くよく判らず。ついでにこれも檜皮葺きの屋根であり、やはり瓦屋根が一般化するのは江戸期だと思われまする。
その横に小川が流れてました。ここも水が豊かな一帯で、高野山を思い出す。
あれも古くから神社があった土地を平安の魔法使い空海が乗っ取っちゃった土地ですな。生きてる間はライバル(ただし片思い)最澄を常に意識していた空海が、本拠地を構えた理由の一つはやはり水だったんだろうなあ、と思う。まあ最大の理由は以前も述べたように密教の天文力を誇示するため北緯34度14分にある事、すなわち長安と同じ北緯の土地、という点なんですけども。
その北側にも別の宮があり。ただしこちらはどうも裏道っぽいので、一度参道に戻る事にします。
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