いわき駅到着、すなわち福島県に入りました。ちなみに通過しただけですが、途中の水戸、日立、いわきは全て初訪問の土地でした。 ここから北上するにつれて、津波の被害が大きかった地域に入ってゆきます。震災時に最も大きな津波を受け、かつ甚大な被害を出したのは仙台の東、石巻一帯から岩手県にかけての北部海岸線なのですが、福島には原子力発電所があり、これが壊滅的な被害を出した結果、その影響をもっとも長く受ける結果となってしまったのがこの先、仙台までの海岸線となっています。 東日本大震災において、二階建て家屋を完全に飲み込んでしまう6mを超える高さの津波が到達した海岸は南は千葉県の九十九里から北は青森の八戸まで続いており、その海岸線の総延長は650qを超え、これは東京〜和歌山、大阪〜福岡の海岸線の距離にほぼ匹敵します。津波は波ですからエネルギーの伝播と考えてよく、日本に到達しなかった方向に向かった波もあった事も考えると、これだけの津波を引き起こした地震の持つエネルギーは凄まじいと言う他ありませぬ。 これが宮城県北部から岩手県沿岸部ではリアス式海岸の構造により波が強まり、高さ20mを超える、そんなのどうしようもなかろう、という巨大津波を引き起こしたわけです。 ただし、海岸線の形状(海底の形状を含む)によって波の高さはかなり変っているようで日本地理学会がまとめた被害地図を調べると、数kmの海岸線の中でも高さが10mを超える場所と半分以下の5m程度の場所が混在してたりします。 被害地図で見る限り、この一帯では常磐線の線路まで浸水した地区は無いので、それほど大きな被害は無かったようですが、左に見えてる家の蔵などは基礎部に結構衝撃を受けてるように見えます。 今回の津波の教訓として、河があると津波が流れ込み、予想以上の距離を遡上してしまう、というのがありました。海岸線から数km以上奥の平地まで津波が侵入した土地もありますから、おそらくその対策として、写真に見えるような河口部の護岸が新たに築かれたのでしょう。 竜田駅に到着。 この駅のすぐ北西に福島第二原子力発電所があります。震災後、原子炉の完全停止に成功し、事故を起こさなかった方の原子力発電所です。念のために確認して置くと原子炉事故を起こしたのが北の第一原子力発電所、無事に乗り切ったのが南の第二原子力発電所です。ただし両者は直線距離で約12qほとしか離れていないため、この一帯も、一時期、一般の立ち入りを完全に禁止する警戒区域(第一原子力発電所から半径20q圏内)に入っていました。 2011年3月の震災後、常磐線の東京側はいわき市北部から先は運行停止となっていたのですが、2014年6月にここまで再開されています。ちなみに竜田駅周囲一帯の全ての避難指示が完全解除されたのは2015年9月ですから、その一年以上前に駅の運用が再開されていた事になります。当時は既に避難指示解除準備地区でしたから、それほど問題視されなかったのでしょうが、まだ人は住んでませんでしたから、誰の利用を前提とした再開なのだろう、という気もします。 駅の工事が続ていましたが、これは震災関係ではなく、新たに橋上駅舎を建築してるもの。 |