さて、今回はもうコレクションホールの展示の解説はあきらめて(手抜き)、もう少しだけ記事を読む上で必要な技術的解説を書いてしまいましょう。

レースに使われるエンジンは高回転多気筒のものが採用されている事が多く、V12で分間1万4千回転とか、頭おかしいんじゃないの、という世界が展開されます。これは低回転時の性能を犠牲にしても(21世紀以降のエンジンはそこまでひどくないが)高回転エンジンの方がより高速走行に向いており、より速い車がつくれるからです。さらにホンダはターボ時代を除けばV12エンジンのように多気筒化にこだわり続けました。これは多気筒の方が高回転化に有利だからです。
ここでは、それらの理由を順番に見て行きましょう。

■高回転化の理由その1 エンジンの最大トルクが大きくなるから。

すでに見たようにエンジンの発生させる力、加速や登坂の能力を決定するトルク(回転力)は以下の式で求められます。

エンジントルク(N)=(排気量)×(正味平均有効圧力)×(爆発回数)/2π

F-1の排気量は固定ですからここに工夫の余地はなく、よって正味平均有効圧力と爆発回数を上げて行くしかありません。が、気筒(シリンダー)内での爆発の圧力を上げる工夫にも限界はあり、同時代の技術力でいきなり三割増しにするとかは不可能です(対策としては吸排気バルブを増やして一気に多くの空気を取り込む(DOHC4バルブ化)、圧縮比を上げる、燃焼室の形状を工夫するなどがある。究極の対策は過給機の採用だがこれは後述)。

となると残る対策は気筒内の爆発回数の増加です。爆発燃焼でピストンを押し下げクランク軸を回してるわけですから、これはエンジン回転数を上げるのと同じ事になります。よってエンジンの回転数上げる=気筒内の爆発燃焼の回数を増やす=トルクが大きくなる、という事です。これが高回転エンジンが求められる理由の一つとなります。

ただし複雑な行程を踏んでの回転ですから限界はあり、レース用のエンジンでも分間1万〜1万5千回転を超えたあたりが一つの区切りとなります(近年のF-1だと1万8千回転を超えるものもあるが)。その先では摩擦抵抗の限界や圧縮燃焼行程が追い付かなくなるなどで発生するトルクはむしろ下がります。なのでエンジンごとに最大トルクを発生させる回転数の領域が決まっており、通常は最大回転数の少し手前あたりの回転数になります。

その一番トルクが出るエンジン回転数を維持して走るのが理想であり(レーシングカーで一番目立つメーターが回転計(タコメーター)なのはこれが理由)、常に最適な負荷をエンジンに掛けられるギア数に入れて走るわけです(ギアは歯車の大きさでトルクを調整しクランク軸に掛る負荷を上下させる装置)。
ただし車体が軽いバイクではそれが可能なんですが、ドライバーと燃料を入れると600sを超えて来るF-1では不可能で、カーブなどで減速すれば必ず重量による負荷に引きずられて回転数も落ちます。よってエンジン回転数が落ちても、そこから素早く回復、最大トルク回転数に戻す工夫が要るのですが、この点の対策が致命的に欠けていたのが第一期F-1時代のホンダのエンジンでした。バイクで長く戦い過ぎた、とも言えます。

もっとも、この点を素早く学習した久米さん&川本さんの最強エンジン屋チームは、不調にあえぐF-1チームをしり目に、1966年にF-2エンジンでヨーロッパのレース界を完全制覇してしまうのですが。この点はまた次回。

■多気筒化の理由

トルクの増大のために多気筒エンジンが採用される理由についても見て置きましょう。
これは多気筒化はエンジンの高回転に繋がり、その結果、トルクが上がるからです。まずは気筒内の爆発回数を求める式から見て置きましょう。これは以下のようになります。

分間爆発数=気筒数×分間クランク軸回転数(rpm)×0.5

分間クランク軸回転数が、いわゆるエンジン回転数を意味します。最後の0.5は4サイクル エンジンではクランク軸二回転で一爆発燃焼を行ってるので、回転数を半分にするための調整です。
この式を見て気が付くのは気筒数が多ければより多く爆発する、という単純な原理です。よって爆発回数の向上には多気筒エンジンの方が有利であり、そして最初に見た式により、爆発数が増えればトルクも増えるのです。ホンダが多気筒V12の高回転エンジンを選択した理由がこれです(ただし実際はトルクよりもトルクと回転数の積である馬力(仕事率)の方を重視しているが。馬力については後述)。

ただし同一排気量で気筒数を増やすという事は一本ごとの排気量を小さくする事になり、面倒な理屈を飛ばして結論を述べれば正味平均有効圧力の低下に繋がります。よって単純にひたすら多気筒にすればいい、というものではなく、設計がお粗末だとV12の方がV10よりトルクが出ない、という事態も発生します。この辺りのバランスはエンジン設計のノウハウの積み重ねで解決するしかない部分です。それと同時にエンジンの大きさの限界からV型12気筒あたりが現実的な最大値となって来ます。
でもって、すでにお気づきの人もいると思いますが、この点の最適解は当然、2サイクルエンジン化、倍の速度で爆発燃焼を行う、なんですがF-1の規定によってそれは禁じられてます。まあ、もし可能だったとしても燃費が悪すぎて実用性は無かったでしょうけども。



一方、過給器、写真のような銀色のカタツムリ、排気タービンやスーパーチャージャーを組み込む事で正味平均有効圧力を上げトルクを稼ぐ、という対策も存在します。過給により大量の混合気を気筒内に一気に押し込み強力な爆発燃焼を起こし出力を上げるわけです。

ただし、長年F-1では過給器付きエンジンは排気量が自然吸気エンジンの半分、1500tに規制されていて、その排気量差を埋めるのは困難でした。この不利を吹き飛ばす事ができるようになったのは1980年代に技術が進化してからで、それを最初にやったのはF-1に初めて排気タービン(ターボ)を持ち込んだルノーとなります。ホンダはその後に続いたわけです。ちなみに過給による吸気圧の上昇はエンジンのノッキング発生(プラグで発火する前に高熱で燃料が自然発火してしまいシリンダーとピストンを破損させる)のやっかいな問題を伴うのですが、この辺りも1980年代の燃料添加材の進化で克服されました。

ただし一度に取り込める混合気の量が増えると燃料をより食う事になり燃費は悪化します。それでも自然吸気エンジンの半分の排気量であり、比較的短距離のスプリントレースであるF-1では十分、実用性がありました。この結果、1980年代後半はターボ全盛期となって危険なまでにエンジンが強力になり、その使用禁止を招く事になります(ただし2014年以降はターボエンジンが再度解禁されている)。

この過給機による正味平均有効圧力の上昇と、既に見た高回転化を同時に行えば強力なトルクが生じるわけで、その強力なパワーは倍の排気量を持つ自然吸気、無過給エンジンを圧倒してしまったのです。ただし1980年代後半のターボ全盛期はさすがのホンダも1500tで6気筒と言う常識的な設計になってました。これはV8以上だと大きく重くなりすぎて不利な事、そこまでやらなくても過給によって十分な高回転化が出来た事などが理由だと思われます。


NEXT