■媽祖



予告編の写真でも使った、天井から無数の灯篭がぶら下がってる天井。
後に別の道教廟でも同じような光景を見る事になるので、
これが台湾の道教廟の特徴なのかもしれません。
ちなみにLEDではなく、電球のようだったので、電気代もスゴイだろうな、これ。



境内にはこういった番号札があり、どうも参拝の順番を示してるようです。

でもって、今気が付きましたが、これ、下の盆に、お賽銭入れてますかね?



本堂の正面にはロウソクがずらりと。
願い事のある人が買ってお供えするみたいで、よく見ると下に名札が貼ってあります。
さらに全て長さ一緒、まったく減ってない、という変なロウソクで、どうも下の筒は飾りで、
アルコールランプのような仕組みでしょうか。



こちらが本堂で、まあ、派手派手です。
手前の線香立てには媽祖の正式名、天上聖母の名があります。
とりあえず宗教施設なので、部外者としてはここら辺りまでで遠慮しましょう。

奥の本殿には、大小複数の像が飾られていたので、
おそらく媽祖様本人と、必ず一緒にいるとされる御付きの者、
千里眼(遠くを見る)、そして順風耳(遠くの音を聞く。中国では物知りの意味でこの名を使うことがある)
が祀られてるのだと思われます。

ここで台湾でもっとも人気がある、そして台湾の守護神とされる事が多い媽祖について、
ちょっとだけ紹介しておきましょう。
その由来については諸説あるものの、実在の女性だったのは間違いないようで、
現在の福建省あたりで10世紀ごろに生きていた林さん家の黙さん、
すなわち林黙さんが神格化されたもの。
生前は霊験あらたかな巫女だったとされます。
(林家(名家らしい)の娘、というのは後付けの伝説という話もあり)

これが死後、媽祖と呼ばれる神様にされたのです。
その命名の由来は不明。生前からこの名を使ってた、という話もあります。
ちなみに媽祖廟を天后宮と呼ぶのは清朝が彼女に正式な封号、天后を下賜したため。

媽祖は生前、林黙の時に幽体分離をして
海で遭難に会った父親を救った、という伝説があり、
ここから福建省周辺で船乗りの神様となります。
でもって17世紀以降、台湾に移り住んできた中国人はほとんどが海賊ですから
(この時代は貿易商人と海賊の違いはあいまいだから台湾は海賊の島と思っていい)
その信仰が台湾にもちこまれ、根付いたようです。
なので台湾中で、媽祖の廟は見られることになるのです。
(ちなみに幽体分離中、驚いた母親が黙を揺り起こしてしまったため、
父と一緒に難破してた兄を助けられなかった、という話もある)



でもって、その横に祀られてるのが弘法大師。
あくまで媽祖廟ですから、オマケ感はありにけり。

ちなみに横のパネルには英語、日本語の解説があるんですが、
門の横にあった中国語による由来と、微妙に違う部分があり、
今回の記事では、多くの人が見るであろう中国語の碑文の方が、
おそらく内容的に正しかろう、としてそちらの説明を採用してます。


NEXT