■それは国産で
その奥にはなかなか気持ちのいい芝生の広場があり。
以前はここにも機体展示があったんですが、今は職員の皆さん用の
バレーボールコートまで作られ、完全に憩いの広場になってました。
さて、ここからはまたちょっと面倒な説明が要ります。
1920年代のタイ国産機バリパトラはすでに紹介しましたが、
タイの空の野望はあれで終わったわけではなく、
第二次大戦後、再び国産化計画が動き始めます。
それらの計画で生産された機体には
RTAF(アート軍ではなく(笑)タイ空軍の意味)のナンバーが与えられ、
この博物館には、その内RTAF-2、RTAF-4、RTAF-5の3機が展示されてます。
ちなみにRTAF-1は例のバリパトラに与えられていた、という話もあり。
これはその中のRTAF-2で、1957年から採用された機体ですが、
何機造られたのかはよくわからず。
おそらく10機前後でしょうが…。
ちなみに解説ではビーチクラフト ボナンザ35のコピーです、
とやけに控えめなことが書かれてましたが、
その参考にしたらしいボナンザ35も屋外展示されいて、こんな感じ。
そもそもボナンザ35はこのV字尾翼が特徴で、客室も胴体と一体化しており、
上のRTA-2とはかなり形状が異なります。
相当参考にした形跡はありますが、一定レベルの国産機と言っていいんじゃないでしょうか。
でもってこっちがRTAF-4で、1974年から導入開始されたそうな。
これは12機製造され、チャンドラという愛称もあったとか。
ちなみにこっちの解説には何のネタばらしも書いてませんでしたが、
これ、カナダのデ・ハビランド社が生産していたDHC-1チップムンクのコピーじゃないかあ。
尾翼の形とか、微妙に異なりますが、全体的なスタイルが、あまりに似ています。
でもってこっちがオリジナルのDHC-1。
垂直尾翼が少し丸みを帯びていたり、機首先端が
丸みを帯びてなかったりしますが、両者はほぼそっくりです。
このチップムンクをタイ空軍は1949年から採用、
以後、何度か買い足して60機以上を運用していたと見られます。
RTAF-4は耐用年数を超えたチップムンクの補充用の機体のような気がします。
でもって最後はこれ。
何の解説も出てませんでしたが、
これがおそらくタイが国産機として造った最後の機体、RTF-5です。
見てわかるようにOV-10からの強い影響が感じられますが、
こちらは推進式の単発エンジンで、練習機として採用される予定だったみたいです。
ただしその開発は1980年代初頭であり、それすなわち先に見た
西ドイツ製ファントレーナーの採用とほぼ同時ですから、
結局、こちらの機体は正式採用されず、試験機の製作だけで終わったようです。
後ろから見るとこんな感じ。
機体サイズに対してプロペラはかなり小さく、推力は相当貧弱だったような気が。
試験機は2機造られらしいのですが、
どうも1機が試験中の墜落で失われてるみたいですね。
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