■パンダにはあらず
さて、お次は結構珍しい機体、グラマンF8Fベアキャット。
現地の解説ではF8F-1/1Bと、どっちやねん的な名称が書かれてましたが、
20mm機関砲が主翼から飛び出してるので、1B型の方でしょう。
(F8F-1は12.7mm機関砲×4門で主翼から銃身が出っ張っていない)
ちなみにフランスとタイに引き渡された輸出型はDの字がついて
F8F-1DBと呼ばれる事が多いのですが、これは公式型番ではありませぬ。
よってこの記事ではF8F-1Bとしておきます。
タイ空軍ではF-86Fが導入されるまで、1951〜60年の間、現役でした。
当初120機以上をアメリカから供与され、
さらにフランスがインドシナから撤退する際、
残りの機体を引き取って、最終的に200機以上保有していたようです。
これは歴代タイ空軍機の中で最大の数となっています。
が、例によってタイ空軍ですから稼働率は極めて低くかったようで、
どれだけの戦力になっていたかは怪しいところがあります…。
ベアキャットはグラマンが生産した海軍用艦載戦闘機で、
レシプロエンジンキャットの最後の機体ですが、
ギリギリ、第二次大戦には間に合わず(配備は終わってた)、
朝鮮戦争時には時代遅れになっていた、という微妙な戦闘機。
小型軽量だったため、素晴らしい加速と上昇力を持っていたのですが、
小型ゆえに武装がやや貧弱で、
さらに艦載機もジェット化が始まってしまった結果、
短命に終わる事となったようです。
ここでもUSSRを使ってみる。
このF8Fは極めて野心的な設計で、
歴代グラマンの伝統を全て捨てた、という機体でもあります。
まずコクピットがF4FやF6Fとは異なり、
P-51Dのような全周視界の水滴風防になっており、
さらに従来グルッと90度回転で後ろに折り畳んでいた主翼を、
F-4Uなどと同じ単純な上への撥ね上げ式にしてます。
さらに太平洋戦争開戦後、実戦を経験した海軍パイロットから
多くの聞き取り調査をした結果、グラマン社の設計陣は、
戦闘機の加速力の大切さに気が付きます。
具体的には上昇力の重視なんですが、
このために機体の軽量化が計られるのでした。
すなわち頑丈さが命だったグラマン社の機体として
恐らく初めて、大幅な軽量化が設計段階から意識されていたのです。
(この方針をF-14の時まで守っていればなあ…)
さらにF6Fは太平洋戦争で大量生産された小型の護衛空母では運用できず、
旧型のF4F(&FM FMが正式名でFM2はサブタイプまでの名前)が
引き続き任務についてました。
このためF8Fはその後継機の計画にもなって行きます。
(ただし海軍側は護衛空母での運用にはさほどこだわってなく、
後に性能要求から小型空母での運用の項目は外してしまったらしい)
このため同じR2800エンジンながら、標準装備重量で
F6Fが約5.7tだったのにF8Fは4.6tと1t以上軽くなっており、
この結果、上昇力と加速力で大幅な性能向上が実現したのです。
さらに小型化も著しく、全長で1.8m、全幅で2m近く小さくなってます。
1t近く軽量化された上に、機体のサイズが小さくなれば有害抵抗、
いわゆる空気抵抗も低下し、加速性能&上昇性能は大幅に強化され、
極めて軽快な運動性を手に入れる事になります。
その性能が確認される前に戦争が終わってしまったのが
この機体の残念なところでしょう。
ちなみにこの辺りの軽量化をゼロ戦の影響だとする
日本側の出版物が多いですが、
海軍パイロットの話から間接的に影響を受けたとはいえ、
F8Fの設計陣が直接ゼロ戦を研究した形跡はあまり無いようです。
ついでにBearcat(熊猫)というのはパンダ(大熊猫)の事ではなく、
南部アジアに生息するビントロング(binturong)と呼ばれる
雑食性の大型哺乳類のこと。
南アジア(インド〜インドネシア)では
比較的よく見られる動物のようですが
日本ではほとんど知られてない哺乳類のような気がします。
ちなみにF8Fは小型化しすぎたため、全長の短さから直進安定性が悪くなります。
(先に見た数式により機体の直進安定性確保では尾翼は重心点から遠くにある方が有利。
また胴体後部が縦に長くなるファストバック形状のほうが水滴風防型より安定しやすい)
このため背びれ、ドーサルフィン(dorsal
fin)と呼ばれる
垂直尾翼の延長パーツがF8Fには付けられてます。
上の写真で、垂直尾翼を包み込むような形で前に伸びてる部分がそれで、
P-51Dなどにも見られるパーツですね。
機体横のハヌマーン印はこの博物館でよく見るものですが、
ホントに現役時代から描かれていたのかはわかりませぬ…
そもそも、何度か書いてますが仏教国タイとはいえ、
南部にはイスラム教徒が居るわけで、絵による偶像すら否定する彼らに、
この機体に乗れ、と言ったら一騒ぎあるでしょう。
左上、主翼の付け根に開いてる穴はオイルクーラーのもので、
恐らく機体の直径を細くするため、
F6Fの機首部設置式からここに移したのでしょう。
この辺り、F4Uの設計の影響もあったかもしれません。
主翼を途中から上に撥ね上げて畳む、という形式にしたため、
グラマンの単発戦闘機としては初めて、
普通の機体と同じように主脚を主翼の内側に向けて
折り畳めるようになりました。
(F4Fではそのまま上に持ち上げ胴体収容、F6Fでは90度捻って後ろ向き収容)
が、それでも機関砲の搭載スペースなどの関係から、
十分な空間は確保できず、意外に複雑な構造になってるのがF8Fの主脚です。
畳み込まれる穴の中央から脚が出てる、という変な構造なのは
一目でわかると思いますが、カバー上部横に見えてる
ヒンジ部で折れ曲がって上部は穴の外側に収容される構造になってます。
あの単純明快が命のグラマン社が(笑)、よくぞこんな複雑な構造を、
と思ってしまいますが、それでもトラブルはあまり聞きませんから、
似たような事をやって散々な目にあった日本の紫電とは大違いです。
ここら辺りは基礎工業力の差ですかね。
その右横にあるのは爆弾搭載用の取り付け具ですが、
空中戦に特化して軽量小型化されたF8Fにその任務は、
本来、かなりムリがあったでしょう。
が、この機体をアメリカから供与されたインドシナのフランス軍は
主に地上攻撃機として運用していたのでした…。
F8Fの最大武装搭載量は450kg爆弾2発とそこそこではありますが、
それは増加燃料タンク、増槽を外した場合のみらしく、
これだと航続距離はかなり短くなってしまいます。
実際、当時のフランス軍のF8Fの写真を見ると、
500ポンド(225kg)爆弾2発とロケット弾2〜4発、といった武装が多いようです。
それなりの攻撃力ではありますが、積極的に採用するほどの
性能ではないよなあ、という感じでしょうか。
実際、アメリカ海軍はU4Uを選択してしまったわけですし。
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