■そしてフランス戦



さて、その先はフランス タイ戦争(Franco-Thai War)の展示です。

第二次大戦中にフランス本国がドイツに瞬殺された、と聞いて、
マジかよ、ザマーミロとタイの皆さんが
1940年10月に始めちゃった戦争がこれですね。

タイとしては、1893年のフランス サイアム戦争(Franco-Siamese War)
における恨みを晴らすチャンスとして、
カンボジア&ベトナム駐留の植民地フランス軍相手に攻め込んだわけです。
ところが植民地フランス軍が意外に強かったのか、
タイの皆さんが想像以上にアレだったのか(ほぼこっちだろう…)、
予想外の大苦戦となった戦いであります。

陸軍に関しては当初は押せ押せで
フランス領のカンボジア方面に攻め込んでるんですが、
侵攻後数週間たった辺りから戦線は完全に押し返され、
予想外の苦戦を強いられます。

さらに1941年1月17日に、ここで展示されている
コーチャン(Koh chang)沖海戦において、タイ海軍が決定的な
敗北を喫したため、戦争の行方はわからなくなってくる事に。

コーチャンというのはタイとカンボジアの国境付近にある島です。
ここの沖合いに居たタイ海軍の艦艇を
フランスの植民地艦隊が奇襲したのがこの海戦で、
タイ側が現場に居た艦隊の全戦力喪失に対し、
フランス側は一部損傷だけ、という一方的な結果に終わってます。

その後、この戦争は最終的に日本が仲介して休戦となります。
この時、タイに恩を売りたかった日本の思惑もあり、
それほど有利に戦争を進めていたわけでもないのに、
タイはフランス サイアム戦争で失った
カンボジアの一部を取り返すことに成功してます。
だから先に見た戦勝記念塔とかを建てちゃったんでしょうね…。

ただし、第二次大戦の日本の敗戦で
またもフランスに取り返されちゃうんですけど…



1941年1月に戦われたコーチャン沖海戦の戦況図。
といっても全てタイ語でよくわかりませんが…。
緑の島がコーチャン島で、ここから東がカンボジア、
西がタイと思って置けば、ほぼ間違いありません。

下の線で示された動きのほとんどがフランス海軍のもので、
皆カンボジア本土とは逆、西から侵入してるのに注意してください。
これは夜明け前の暗い時間帯に
周囲の小島の影に隠れて接近、日の出の後には
太陽を背にした東側のタイ艦隊がはっきり目視できるのに対し、
暗くてよく見えない西側に位置するよう、迂回した結果らしいです。

ちなみに植民地海軍とはいえ、フランスには軽巡洋艦(約7300t)で
155m砲8門を積んだラ・モ・ピケ(La Motte-Picquet)が一隻あり、
さらにAvisoと呼ばれるフランス式スループ艦
(2000t前後で138mm砲搭載の小型艦)
がこの戦いには4隻も参加しています。

対して向え撃つタイ海軍の艦隊は日本から買い込んだ砲艦、
すなわち駆逐艦サイズ(約2265t)の船体に
強引に203mm連装砲(×2で計4門)を積んだ例のHTMSトンブリと
魚雷艇が2隻居ただけでした。
(ただしここの展示では、さらに2隻のタイ海軍魚雷艇が
現場付近に居た、と読み取れる解説があったが詳細は不明)

ちなみに主砲の破壊力だけ見れば
タイ側も結構いい線行ってるようにも見えます。
が、しょせんは砲艦、HTMSトンブリは最大速度は15.5ノット
そして装甲も貧弱ですから、
33ノット出て、それなりの装甲も持ってる軽巡洋艦相手では
残念ながら勝負にならなかったのです。

この戦いの砲撃戦は夜明け直後に始まり、
フランス側の記録によると、10q前後での撃ちあいとされますから、
近代海戦では至近距離と言っていい条件です。

この時、タイ海軍は索敵に失敗、フランス艦隊を見失っていた上に、
夜明け直後に西側から攻撃が始まったため、
完全な奇襲となったようです。

30分前後の砲撃戦で、タイ海軍の
戦力はほぼ無力化されたようですが、
途中から撤退行動に入ったHTMSトンブリは
島影に逃げ込むのに成功、かろうじて撃沈を逃れてます。
フランス側もこれを深追いしなかったようで
約50分に渡ったこの海戦は、その段階でほぼ終わりを告げます。

最終的にタイの魚雷艇が2隻撃沈され、
逃れたHTMSトンブリも、その後に沈没を避けるため、
自ら浅瀬に座礁する状況に追い込まれてます。
対してフランスは損失艦ゼロですから、
一方的な勝利と言っていいでしょう。

ただしこの後、フランス艦隊出現の報を受けた
タイ空軍が爆撃機を出撃させて、
最終的にラ・モピケに一発の命中弾を出したとされます。
ただし、これが不発に終わってしまい、
その損傷は軽微だったようです。



その展示にあったフランスの軽巡洋艦ラ・モ・ピケと
タイの主力艦、HTMSトンブリの比較図。
手前がHTMSトンブリで、奥がラ・モピケ。
こんだけ大きさが違うんだから負けてもしょうがないよね、
といった言い訳の展示でしょうね、これ…。



その戦いに参加した主な艦船の写真。

先にも書いたように、フランス側の戦力は
軽巡ラ・モピケを中心にAvisoと呼ばれるフランス式スループ艦が4隻、
対してタイ海軍は日本製砲艦HTMSトンブリ、そして魚雷艇が2隻と
かなりの差が最初から付いてました。

それが奇襲を受けてしまったのですから、
始めから勝負あった、という戦いだったわけです…。



そこに展示されていた機関砲。
背景の朝日は早朝のコーチャン沖海戦の展示、という演出でしょうか。

とりあえず銃身から見えるスプリングのチラリズム、
そしてドラム型の弾倉とくれば、
これはエリコンの20mm機関砲でしょう。

艦船用の世界標準と言っていい対空機関銃ですが、
ホントにいろんな火器を持ってますね、タイ軍の皆さん…。


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