■再びバンコクで



そんな驚愕の世界を抜けて列車は再びバンコク駅へ。
向うに見えてる高層ビル街と、あの線路生活圏が両立してるのが
バンコクであり、アジアなんでしょう。

この落差は日本でも1960年代頃まで見られたものだと思いますが、
さすがにここまで差がついてしまってるのは、
21世紀のアジアならではかもしれません。

余談ながら、21世紀は格差社会とかいろいろ言われてますが、
明治期の東京の貧民層を一度でも調べて見ればチャンチャラおかしいわ、
という感じでして、そもそも先進国の所得格差は
近年報道の対象になって注目をあびてるだけでしょう。
まあ、現状が正しい状態だとは微塵も思いませんが、
それでもここ100年で日本でも、アメリカでも、イギリスでも
所得格差は劇的に変化しています。

19世紀末のアメリカの富を過半を握っていた人間は100人以下、
下手をすればたった30人前後ですし(世帯数で言ったら10前後だろう)、
ヴィクトリア朝時代のイギリスの
支配者階級と労働者階級の収入差の断絶は絶望的ですらあります。
明治期の日本も似たようなもので、
当時の東京の木賃宿(これが低所得者層の住居)の資料を見ていると、
正直、この国が100年でよくここまで成長したな、と驚愕するほかありません。
これでも大分マシになってるんですよ、世界は。



そこで見かけたどこかの観光名所が描かれてるっぽい列車。
ただしどこだかさっぱりわかりません。
この手の車輛塗装、日本以外でもあるんだ、と思う。



そして再びバンコク駅へ。
欧米式の都市型駅ですから、ホームは低くなっております。



ただし欧米式と言ってもプラットホームのほとんどが
近年に造られたんじゃないかな、
という日本式の屋根で覆われてます。
本来なら、奥に見える駅舎の巨大屋根が
こちら側まで伸びてるはずなんですが、
元からこうなのか、後からこんな構造にしちゃったのかはわかりませぬ。

ついでに言うと、大戦中、バンコク駅は連合軍から
主要な攻撃目標とされており、
B-29による爆撃を何度か受けていたはずです。
ひょっとすると、その時破壊されたままの可能性もあるのかな。



その途中で終わっちゃってる巨大屋根の下からプラットホーム側を見る。
この蒸気機関車の煙を逃す高い屋根は、
ホーム全体を覆ってないと意味がなく、どうしてこんな構造なのかは不思議です。

これだと、よりによって先頭の蒸気機関車だけが
屋根の中に入ってしまいますから、構内が煙だらけとなりませんかね…



とりあえず、ホテルに戻るため、画面右に見えてる
例の地下鉄入り口に向かいませう。


NEXT