■ビックリドッキリ砲



さて、その通路から少し高い位置にある砲台に出ました。
あれれ、砲が残ってるぞと驚く(笑)。

でもって、この砲台の周囲の壁はレンガ製で、
これが建設当時の姿じゃないかなあ、と思います。
で、見学できる砲台は全てに
このBL6インチ砲Mk.V(マーク5)が設置されてます。

ちなみに、タイではこれを
アームストロング砲の名で呼んでますが、厳密には関連会社である、
エルズウィック・オーダンス社(Elswick Ordnance Company)、
いわゆるEOC社の製品です。
ただしこの会社、輸出時には通りがいいアームストロング社の名を利用し、
W.G.アームストロングと名乗っておりました。
なのでアームストロング砲という名も、間違いとは言えない部分がありにけり。

これは1884年にイギリスが沿岸防御用に配備を始めた
BLシリーズの6インチ砲のなかでも最新のものでした。
なので、タイは当時としては世界最新鋭の沿岸警備砲を
持っていた事になります。
よってフランスに負けたのは兵器の性能差とは言いがたく、
それはすなわち……

で、このアームストロング砲を売ってくれた事などから、
サイアム王国(現タイ王国)は対フランス戦争でも
イギリスの支援をあてにしたのですが、これはあっさり裏切られます。
ここら辺り、あの国を信用するほうが、人が良すぎるでしょう(笑)。

ちなみにやたらとハンドルが付いてますが、前後にある4つは砲塔回転用で、
これを4人がかりで回して砲を回転させます。
そして横にある一つが上下角度調整用みたいです。

さて、この砲台、なんか変ですよね(笑)。
砲は井戸の底のような場所にあり、周囲はレンガの壁、
どうやって大砲撃つのよ、という疑問が出て来るのです。
放物線状に弾を撃つ迫撃砲の陣地だって、
もっと浅い穴でしかないのに、こんな深い穴じゃどうしようもないでしょう。

実はこれ、19世紀末から20世紀初頭の
ごく一時期流行ったタイプの沿岸砲台、
いわゆる隠蔽砲(Disappearing gun)でして、現物は私も初めて見ました。

こうして穴の中に大砲を入れてしまえば、敵から見つかり難い。
さらに精密な砲撃が難しかった当時の艦上からの曲射砲では
壁の向こうの砲台にそう簡単には直撃弾を与えられません。
となると砲も安全なら、砲の操作員も安全である、となります。
ちなみにアメリカ辺りでは、さらにこれに天井装甲をつけて、
ほとんど亀のような万全の防御砲台としてました。

いや、防御についてはそうかもしれないけど、
実際にどうやってこの大砲を撃つのよ、
といえば、以下のような感じですね。



はい、砲の横についてる支柱がビヨ〜ンと砲を上に持ち上げ、
砲口が穴の上に顔を出してボカンと撃つのでした。
撃ったら速攻で隠れてしまうわけですから、
確かに安全ではあるわけで。

大抵は油圧か水圧で稼動していたようですが、
タイのこれがどういう動力なのかはよくわからず。
ついでに発射時の反動を利用し、
再び折りたたまれるようにもなってたらしい…
というか、そこで反動の吸収をしてたみたいですね。

こういった隠蔽砲(Disappearing gun)、現代の感覚から見ると
冗談みたいな構造ですがやってる本人は大真面目でした。
特に19世紀末になぜかイギリスがこれを熱心に開発、
さらになぜか(笑)、オーストラリア、ニュージーランド、香港と、
太平洋沿岸の植民地に大量に設置してます。

ただし機構が複雑、射撃の角度が限られる、など
デメリットも少なくなかったようで、
20世紀に入ると急速に衰退しちゃってますが。



後ろから見るとこんな感じ。
左側に見えてるのが砲弾で、この時代のこのサイズの砲ですから
戦艦主砲のように砲弾と装薬は別で、
発射用の火薬は薬莢ではなく、薬包の形で用意されてました。
砲弾の後ろから詰め込む袋入りのヤツです。

砲の下には円形のレールがあり、ぐるりと回転が可能なはずですが、
後ろに向けても意味が無いので、実際は前方180度のみかも。

砲の下の台座部分が持ち上げ機構の機械部で、
油圧、あるいは水圧用の機械が入ってるはず。



当然、この砲の横に居たって目標の照準なんてできませんから、
こんな感じで穴の中には梯子が合って、
ここから覗くか、外に出て行って砲の照準を行なったようです。

ただし、実際にどんな照準システムになっていたのかは、
全くもってよくわからん、というのが正直なところですが。

参考までにアメリカの隠蔽砲(Disappearing gun)の場合、
照準担当者だけは常に外に出た状態で照準を行なってました。

つーか、こんな面倒なシステム、失礼ながら当時のタイ海軍で
使いこなせたのか、という気も。
実戦では、ほとんど命中弾は無かったんじゃないでしょうか。



その梯子から見た外の世界。
この砲台の周りもコンクリートで固められてる感じがするなあ。
現在、画面左の海側はマングローブ林で覆われて何も見えませんが、
これらの現役時代には林は切り倒されて、海が見えていたはずです。

向こうの砲台との間に見えてるのは地下道の空気取り入れ口でしょう。



でもって、砲身の前にはこんな台座があって、
砲口を正面から覗ける…はずなんですが、例によってここはタイ、
その砲口にはカバーが掛かっておりました…。


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