■疑惑と中断



このハンガーの主その2、BACのTSR2。

レーダーを避け、低空を超高速で突っ込んでゆく
偵察&戦術爆撃機として開発された機体で、1964年9月に初飛行。
このTSR2も、比較的有名な機体かもしれません。

ちなみに、このジャンルの機体としては最初に造られたものなのに、
なんで2か、というと、Tactical Strike and Reconnaissance Mach 2、
マッハ2の戦術攻撃及び偵察、という長い名前の略称だからです(笑)。

イギリス空軍のテストレポートでは非常に優れた性能を示したとされるのですが、
初飛行からわずか半年、2号機が完成したばかりの
1965年5月には計画はキャンセルとなってしまいます。
ちなみに、ここで展示されてるのが完成した直後に計画終了となった(涙)2号機。

キャンセルの理由は二つ。
一つは例によって予算が大幅に超過してしまったこと。

もう一つは1964年10月にあった選挙で労働党(Labour Party)が勝利してしまい、
それによって誕生したウィルソン(Harold Wilson)政権が軍事予算の超過に否定的で、
その矢面に立たされた、というか目の敵にされていたのがこの計画だったため。

そんな感じで、モノにはならなかったんですが、
今でもイギリス人は、TSR2は世界最高の攻撃機になっていたはずだ、
という信念を持ってるようで、人気の高い機体らしいです。



コクピット後部の電子機器類。
えらく整備しやすそうな、巨大なパネルの中に収められてます。
何が何かはよくわかりませんが、この機体、低空からの核攻撃も計画してたので、
地上攻撃用のFCS(火器管制装置)の類でしょうか。
ついでに、この機体も2人乗りで、後部座席は多分、FCSのオペレーターでしょう。

さて、ここでちょっとだけ、脱線しましょうか(笑)。

余談ながら、この計画を中止した労働党政権のドン、ウィルソン首相は
非常に謎が多いというか、妙な政治家です。
ここら辺が、この機体の開発中止に関して、
さまざまな陰謀説が産まれる原因の一つとなっています。
今でも、TSR2の開発中止に関するソ連の陰謀説がイギリスにはあるとか。

まずはウィルソンが労働党党首になった直後の1963年、
ソ連から亡命してきたKGBの諜報員から、
ウィルソンはKGBのスパイだと指摘される事件がありました。
ウィルソンが党首になれたのは、前任者が死亡したためなのですが、
これもKGBの暗殺だった、という話もオマケで付いて来たようです。

労働党はその名の通り、社会主義に近い政治思想を持ちますから、
この話は、それなりに説得力はありました。
実際、第二次大戦後、イギリスの軍事技術が気前よくソ連に渡されたのは、
終戦間際に選挙に勝った労働党政権の手によるものです。

が、この時は、さすがに政党の党首がKGB とつながってる事はあるまい、
とそれほど真剣には受け止められなかったようです。

ところがウィルソンは、二度目の首相在任中の1976年3月、
突然、謎の辞任をしてしまいます。
年齢的な限界、療養のため、といった説明がされましたが、
明快な説明はないまま、彼は首相の座を去ってしまうのです。
これがまた、ウィルソンの周りに新たな疑念を生み、
イギリスでもいろいろな陰謀説が飛び交う事になりました。

ただし、現在ではソ連のエージェント説はほぼ否定されているほか、
1976年の謎の辞任も、ウィルソンはアルツハイマーが進行していた、
という事実が1980年代後半に暴露され、
その辞任理由については、決着がついてるようです。

さらについでに、TSR2の開発中断については、
イギリスのホリコシさんことシドニー・カムのおっちゃんが、こんな事言ってます。

全ての近代的な航空機は、4つの次元を持って完成する。
全長、全幅、全高、そして政治力。
TSR-2は最初の3つしか正しくなかった、ということだ。

All modern aircraft have four dimensions: span, length, height and politics.
TSR-2 simply got the first three right.

えー、これ、最後のright は正しい、という意味と、労働党とは正反対の立場である
保守派(右翼派)の意味をかけていて、保守党の支持が足りなかった、という意味を含ませてます。
フフフ、オレって気の利いたこと言うぜ、てな感じなのでしょう(涙)。

でもって、イギリスの人なんて、誰も読んでないでしょうから、
ここでツッコンでおきましょう。

お前が言うか(笑)。



TSR2に積まれていたオリンポスMk.320エンジン。
当然、アフターバーナーつきで、これの発展形がコンコルドに積まれていた
オリンポス593エンジン、という事になります。

ちなみに、TSR2はこれを2発積んでるのですが、
発表されてるスペックで見る限り、高度約12000mの空気が薄いところでマッハ1.75、
空気が濃い海面高度でマッハ0.75とされ、どうもそれほど速くないな、という気も。
(計画では高度約60mをマッハ0.95)

はい、ようやくこれで実験機は全部見ました。
フランスやアメリカから見ると、一部を除いて(笑)、大人しめだったと思います。



でもって、ここは単に実験機だけではなく、
さまざまな空軍の“実験”に使われたものが展示されてます。

これは旧ソ連製対艦ミサイル、ラドゥガ(RADUGA) Kh-22の1/7スケール模型。
現物は全長11mもあるんですが、これは航空機からぶっ放す空対艦ミサイル。
さすがに普通の攻撃機などには積めないので
Tu-22などの大型超音速爆撃機から運用されたようです。
ちなみにNATOコードネームはAS-4キッチン。

これは基地の有志が趣味で造ったわけではなく、その性能を推定し、
迎撃システムを開発するために造られた模型だそうな。
解説によれば、この模型を造るために数多くの諜報活動が行われた、との事。
実際、このミサイルのおかげでアメリカ海軍は、以後1990年代くらいまで、
枕を高くして眠れん、という事態になるので、ありえる話だと思います。
ついでにこれ、一部金属が使われてるので、
レーダー波の反射パターンを得るテストにも使われてるかも。

ちなみにこのKh-22は、高高度に上がってしまうとマッハ4、
最終アプローチの海面付近でもマッハ1.2が出せ、最大で400kmの射程を持っていたとされます。
さらに途中からは当然、核弾頭も装備できるようになり、
数km程度目標からずれたとしても、
目標に十分な損害を与えられるようになっちゃいます。

1960年代に入って、こういった対艦ミサイルがが登場したことで、
アメリカ海軍はアタマを抱える事になるわけです。
とにかく艦隊から離れた位置で全ての超音速爆撃機を迎撃しないとアウトですから、
大量の対空ミサイルを積んで、長時間飛べるF-4ファントムII、そしてF-14が産まれます。

最終的には、爆撃機はもちろん、そこから撃ち出されたミサイルまで落せる(はずだ(笑))
イージス艦を登場させる事で、ようやくアメリカの艦隊防衛は一安心となるわけです。




こっちはソ連の装甲車、BMPの模型。

これはレーダー波の反射パターンを測定するために造られた模型。
よって、木製っぽく見えますが、金属製で、
その外形は可能な限り実車に近づける必要があるため、砲等はもちろん、
各種備品まで、けっこうキチンと造られてます。
ただし、見てくれはどうでもいいので、塗装はなし(笑)。

こんな模型が造られてる、という事は、英米辺りの攻撃機に積まれてるFCS(火器管制装置)は、
地上に何かいるよ!というだけでなく、敵味方の識別はもちろん、
その敵兵器の種類までディスプレイに表示される、という事なんでしょうね。

こうなると、技術だけでの問題ではなく、どれだけ世界中の戦車&装甲車の模型を
正確に作って集められるか、ですから戦争って奥が深いよなあ…。

広角レンズで至近距離から撮った写真とかじゃ、
全然違うアウトラインになっちゃいますから、スパイも大変だ。


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