■科学特捜隊パリ本部にて

余談ですが、この施設、天井が光ってるような写真が続きますが、
これ、天井はただのビニールシート(笑)だからで、天気がいいとこんな感じになります。
撮影が目的なら、晴れの日を狙いましょう。

さて、ではそろそろ本気を出して行きましょうか(笑)。
まずはこれ。知ってる人は知ってる機体ですが。



ルデュク(Leduc/英語読みだとレダク)の0.10。

世界中がイヤン、バカンという感じの機体デザインもすごいですが、
名前もすごくて0.10ですよ、1の1/10ですよ。
航空機の名称に採用された数字としては世界最小ではないでしょうか(笑)。
4000とか0.1とか、極端な数字が好きなのか、フランスの皆さん…。

これは世界初のラムジェット有人飛行機で、ルデュクさんが1937〜38年頃、
基本的な設計を完成させたものの、ドイツによる占領などがあって、
戦後の1947年になってようやく初飛行が成功した機体だそうな。

が、ラムジェットであろうと、あんな場所にコクピットを造る必然性はなく、
高速化を狙ったのか、なにか別の理論が存在するのか、
宗教的な理由か、ママの言いつけなのか…

まあ、ここまでくると、どこから何を説明し、かつ何をツッコんだらいいの、
という感じですが、とりあえずコクピットは胴体横に
二つの丸窓が開いてる、あの場所にあります。
当然、前方視界なんざあるわけがない。
脱出の仕方だって?フランスの機体は決して墜落しないと考えたまえ。
ラ・マルセイユーズ!

でもってこの展示の下のカマボコ状のものは親機を再現したもので、
ラムジェット機は原理的に自力で地上から離陸できませんから、
こうやって、別の大型機の上に載せて、そこから発進してました。

ただし、着陸は自力で行うので、主翼下面に主脚、胴体の最後部に尾輪が収納されており、
着陸時はプロペラ時代の戦闘機のような3点姿勢で降りる事になります。



その着陸姿勢の0.10と切り離した後の親機の模型。
こうして見るとカッコエエやないですか(笑)。
両機が向いてる先に非常脱出口の案内マークがあるのは、
フランス人なりに何かを暗示して…というのは、考えすぎか。

展示機と違い、主翼が楕円翼になってるのに注目。
これが本来の0.10のスタイルです。
ラムジェットは低速時に止まってしまうので、誘導抵抗の少ない楕円翼にすることで
着陸時の滑空距離を稼ごう、とか考えてたのでしょうか。

で、この模型と主翼の形状が異なる最初の写真の展示機は
0.10の3号機で、ちょっとした改良がなされてました。
この機体、両翼に何か(笑)ついてますが、これはバランス用のオモリで、
本来はここに自力で離着陸するためのターボジェットエンジンがついてたのです。

なので、自力離陸できるまで進化した改良型だぜ!という事で、
その名も0.10から0.16に変更(0.06の進化って…)、さっそく飛ばしてみたのですが、
これが全く使い物にならず、速攻でエンジンは外され、
なんと名前も元の0.10に戻されてしまったのでした…(涙)。

ラム ジェット(Ram jet)というのは高速で飛ぶ飛行機の特性を利用して
空気の圧縮過程を行うジェットエンジンです。

ジェットエンジンというのは、まず空気を強烈に圧縮し、
そこに可燃物である燃料を吹き込み、火をつけることで爆発(急速膨張)させ、
その圧力を後方に噴出することで機体を前進させる力を得ます。

この爆発(急速膨張)を発生させるために空気の圧縮が必要で、
この空気圧縮をいかにして行うか、がジェットエンジンの主要なテーマの一つです。
ターボファン、ターボジェット、遠心圧縮、軸流圧縮、
さまざまなタイプのジェットエンジンが実用化されてますが、
これらは全てファン、まあプロペラの親玉のような羽を使い
ドンドン空気を内部に詰め込んで、エンジン内の空気の圧力を高めています。
その点については全て共通です。

となると、その圧縮用のファン(換気扇を何個も重ねたものと思えばいい)を回す
動力もいるし、その構造も複雑で、重量もかさみます。
まあいい事は一つも無いのですが、ピストンで圧縮するよりはマシだし、
それ以外に手も無いしでこの方式が世界初のジェットエンジンから
現代のジェットエンジンまで主流でありつづけました。

が、ここでもう一つ、ジェットエンジンが誕生する頃から注目されていた
ある意味で理想の、でもやっぱり夢物語でしかない空気圧縮方式がありました。
それがラムジェット方式です。
Ram は激突といった意味で、要するに高速飛行時に生じる
機体正面の空気の高速流を圧縮に利用しよう、というものです。

機体正面に設けられた狭い空気取り入れ口から高速の気流を取り入れ、
これをやや広いエンジン内の空間と導いてやると、密度が膨張し、
その流速が落ちるかわりに圧力は高まる現象を利用しています。

十分に高速な気流なら、単に正面から空気を取り入れるだけ、
なんの装置もなしで圧縮完了、あとは燃料を噴射して爆発させるだけ、となります。
いい事ずくめですが、それだけの圧力を得るには
少なくとも音速に近い飛行速度が必要となり、自力で速度0からの離陸はできませんし、
当然、着陸の時も減速しますから、動力ゼロの状態で滑空しながら降りる、となります。

ダメですね(笑)。

が、フランスはこの方式がえらく気に入ってたようで、
数多くの実験機が存在するのです。
その極北が、このルデュク シリーズとなります。



その0.10の飛行時の連続写真。
ホントに飛んだんですね、これ(笑)。

1947年初飛行、終戦後わずか2年、と考えるとスゴイな、
という気もしますが、別の意味でスゴイ、というのが普通の人の感想でしょう。
ちなみに連続写真の2枚目以降が傾いて見えますが、
もしかするとレシプロエンジンの親機ではラムジェットに必要な速度に
達するのが困難で、降下しながら加速したんじゃないでしょうか。

そもそも、この0.10は最大速度でも900km/hだったらしいので、
これはラムジェットで飛ぶには結構きびしいラインでしょう。

さて、せっかくなので、もうちょっとだけ、ラムジェットの話を。
かなりマイナーな装置なので、あまり資料もないのですが、
これは恐らくベルヌーイの定理を応用したものと考えていいような気がします。

ベルヌーイの定理は同一方向への流れ(一直線で表せる流れ)についての定理で
ジェットエンジンのように重力加速度(落差の移動)を無視していい場合、
その中の空気の流れには以下のような数式が成立します。

1/2×流体の密度×速度×速度+圧力=一定値(に保たれる)

一定値というのは、同じ流れの中なら必ず同じ数字になるという事です。
つまり、流れの中で密度、速度、圧力のどれかが下がれば、
他の数値が上がってこれを補うし、逆に下がっても同じ事が起こります。
密度、速度、圧力の3要素が、全部が同じように
下がったり、上がったりする事は無いという事。
ここで速度は2乗されていて、もっとも強力な要素となってるのに注意してください。
(ついでに航空機の揚力計算式に似てるのにも注目)

で、圧力を求めるように、この式を書き換えると

圧力=一定値- (1/2×流体の密度×速度×速度)

となります。
ここで密度も速度も2だとした場合

圧力=一定値- 4

次に密度、速度ともにその半分の1とした場合

圧力=一定値- 1/2


となります。
密度と速度が2から1に下がっただけで、一定値から引かれる数字が
-4から-1/2と1/8も小さくなります。
つまり、速度や密度が低下すると、圧力は逆に上昇する事になり、
特に速度は2乗で効いて来るので、この要素が大きな意味を持ちます。

なので、狭い空気取り入れ口から取り込んだ空気を
広い燃焼室に導くことで密度を下げ、さらに流速も落ちるので、
それによって急激な圧力上昇を発生させるのがラムジェットの原理じゃないかと。

ついでに、このベルヌーイの定理は飛行機の主翼に発生する揚力の説明にも使われます。

ゆるやかに湾曲した面を流れる流体は、平面を流れるより高速になります。
(なぜそうなるか、はえらく難しいのでここではそうなる、とだけ知っておいてください)
なので上面に緩やかな湾曲をつけた板に正面から風を当てると、
上面の方が下面より流れる風の速度が早くなるわけです。

となると、ベルヌーイの定理により、流速の速い上面の方が下面より受ける圧力が下がります。
この結果、掃除機で吸い上げられるように上に引き上げられる事に。
(密度の高い下から持ち上げると考えても同じこと)
現代の航空機の主翼断面はもう少し複雑な構造ですが、原理的には変わっていません。

ベルヌーイの定理で説明できる現象なので(完全ではなく、近似値が取れるレベルだが)、
航空機の揚力、浮かぶ力は速度に大きく影響を受けるわけです。

以上、大脱線でした(笑)。



でもって、フランスのラムジェット熱は0.10では終わらなかったのでした。
見るがいい、全世界よ!
さらに9年の月日をかけてパワーアップしたのがこのルデュク0.22だ!

…せめて名前、整数にしてあげては…ってのも余計なお世話なんでしょうか…。
で、実はこの0.22と0.10の間にもいくつかの機体があり、
例の0.16(笑)と少なくとも0.21は飛行試験までやってるようです。
どうあっても、名前は少数で勝負する気だったようですね…。

0.22は1956年の年末に初飛行した機体で、自力で離陸も行えるように
今度は胴体内にターボジェットエンジンを搭載し、さらに後退翼を採用、
これでマッハ2を出すぜ、という意欲作でした。

…ターボジェット積んだなら、それで飛べばいいじゃん…。

ちなみに、これ、本気でフランス空軍の高速戦闘機の候補の一つ
と考えられていたようで、同時期に初飛行していた、
ダッソー社のミラージュIIIと争う気だったみたいです。
そりゃ、無茶でしょ…。

まあ、当然、マッハ2は出ず、それどころか音速突破にも失敗したらしく、
1958年頃に全てのルデュキによるラムジェットは開発中止になったらしいです。
ただし、この博物館の解説板では最高速度マッハ2.5となってましたが、
このズン胴ボディで、それはないと思いますよ…。

コクピットの位置は相変わらず独創的で(笑)、
ホントになんでこんな位置にする必要があったのか、という感じ。
狭められた空気取り入れ口の前にあるのがそれで、
下に転がってるのはキャノピーです。
上にチョコンと出っぱてる部分からスコープを通して前を見たようですが、
パイロットの人、よく怒りませんでしたね…。

で、この機体からは脱出装置が追加され、あのコクピットから前がポッキリと折れて、
そのまま落下傘で降下するようになってたとか。



横からみるとこんな感じ。
ちょっと見づらいのですが、えらくズン胴、さらにターボジェットとラムジェットを
一緒に積んでしまったため、後部の噴射口も地獄のように太くなってるのがわかるかと。

で、どうもルデュクの場合、単なるラムジェットとターボジェットの混載ではなく、
熱推進(Thermo propulsive) という独自の理論に基づいて
作られたようなんですが、ここら辺は詳細不明。

ちなみに、この機体も含めて、1957年から1958年あたりにかけては、
フランスの怪飛行機大行進、という大当たり年で、
よせばいいのに1957年のパリの航空ショーにいくつかは出展されました(笑)。

なので、当時の日本の航空雑誌とかを読むと、このルデュク、
さらには後で出てくる怪しい飛行機の数々が、まるでこれからの主流だ、
といった扱いで報じられていて、涙を誘います(笑)。

さらにはVTOLや、超音速旅客機が1980年くらいまでには主流になるよ、常識だよ、
という大学教授の肩書きを持つ皆さんの寄稿などもあって、
大変楽しい読み物となってるものが多く、
もし古本屋でこの1957、58年あたりの航空雑誌を見かけたら、
一度買って見るといい経験になるかもしれません。
いつの時代も、変わらないものは変わらないんですねえ…。



こっちは0.22の飛行時の写真とか。
右側の、何か吹っ切れたようなパイロットの方の笑顔に胸を打たれました…。

一応念のために書いておくと、これらの展示は、
あの頃はオレらも若かったからね、こんな機体も造っちゃってました、テヘ、
という内容ではなく、
フランス最高!オレらの科学力を見て見て!ヒャッホー!
という内容で展開されております。

…フランスって…。


NEXT