■ドイツにこれを売ったのはどいつだ



さて、では次に行きましょう。
もう一つの別館、コンコルド展示棟を目指します。
写真で右側に見えてるテントみたいな屋根の建物がそれ。
左側のハンガーは、本館につながる展示で、最後はエントランスホールまでつながってます。

で、なんか奥の方に見えてますね。



西ドイツが1960年代から使ってたロッキード F-104Gでした。
この機体はその小さい主翼と高出力のエンジンからわかるように、
高高度迎撃機として設計されてるのですが、
なぜかこれを戦術核爆撃機として運用したのが西ドイツでした。

本来の迎撃機として使われた機体もあったのですが、
戦術核爆撃部隊が5個飛行隊、迎撃機部隊が2個飛行隊ですから、
あくまでメインは核爆撃機でしょう。

この機体は高速で高高度をまっすぐ飛ぶのが仕事ですから、
間違っても低高度で突っ込んでゆく戦術爆撃なんかには向いてません。
F1のレーシングカーで住宅地内の新聞配達をやるようなもんで、
そりゃ事故るよ、という感じに事故続出となりました。
ついでにドイツ海軍もこれを採用、対艦ミサイル攻撃機としてます。
狂ってますね(笑)。

この時期なら、まさに戦術核爆撃のために造られた機体、
F-100とF-105があったのですから、そっちを採用すればいい話。
なんでわざわざ、こんな失敗作の戦闘機を916機も購入したのか。

ここからは推測、ですよ、推測(笑)。

F-104の主な導入国を見てみましょう。
200機以上を買ってるのは、西ドイツ、日本、イタリア、そして台湾。
戦争負け組みのオンパレードとなっております(笑)。

台湾については断言はできませんが、残り三つの国には
明確な共通点があります。
ダレスとの関係です。
第二次大戦中、スイスで国際弁護士として活動しながら、
実質はアメリカの諜報機関の人間だったのがアレン・W・ダレスです。

戦後はアメリカの情報機関の責任者を勤め、
(CIA長官なんつー役職は当時存在しないのだ)
後に盟友の息子であるケネディ大統領と対立してゆく男です。

この男、ナチスとの関係が深く、戦前の資金供与に
大きく絡んでましたし、戦後、アメリカの情報機関で、
ナチスドイツの情報機関の職員を引き受ける決定をしたのも彼でした。
そんなわけで西ドイツに対して太いパイプを持ち、
特に軍、情報機関の関係者に対する影響力は大きかったようです。

でもって、ダレスは日本、イタリアにも戦後から主に資金援助、という形で
強い影響力を持つようになり(戦後日本の政治家の選挙資金の出所を調べてみよう)、
それらの国の政策決定に、アメリカの要望を押し込むのに大きな力となりました。

そして、アメリカの情報機関を統合する目的で設立された組織、
CIAが設立されると、彼らは世界最強のマッチョな諜報機関として、
自前の高高度、後には超音速偵察機を持つようになります。

これらの機体の製作を担当したのがロッキード社です。
ここから、CIAとロッキードの関係が始まります。
そして、その政治力は、国内よりも国外、
つまりCIAの管轄に向けられる事になるのです。

そこで、ターゲットとされるのはどこ?といえば、
ダレスの庭とも言える、3つの国家だったわけで。
金さえもらえばなんでもやるよ、という人たちがたくさんいたのでしょうね。
この何に使うんだかよくわからん戦闘機を、
3国で合わせて1500機近くも買い込んでます。

以上、推測でした(笑)。



ではいよいよコンコルドの展示棟に。
コンコルドを丸ごと保管してるなんて、
さすが生みの親の一人だな、フランス。



中はこんな感じ
1機どころか、2機保管してました、フランス(笑)。

ちなみに1機は実際に運用されていた機体、もう1機は試作型。
それぞれ互い違いの状態に置くことで、2機のコンコルドをこのハンガーに収めてるわけです。

ちなみにこれ、16:9画面の広角レンズカメラならではの写真だなあ。



でもって、なぜかここに展示されていたダッソー社のミラージュ IV オレンジ(ORANGE)。
フランスの戦略核爆撃機(笑)だそうで、一見、単座に見えますが
窓無しの後部シートあり、の複座です。

形からして、まあ超音速爆撃を狙ったんでしょうが、
誰が何のメリットがあって、フランスなんざと核戦争やらなアカンのでしょうか。
そもそも領空侵犯なしで、どこに行けるんでしょ、この国から。

西側とソ連の全面戦争なら、フランスなんて出る幕ないでしょうし、
単独戦争を想定してたなら、途中にある国、全部から迎撃受けて、
それを振り切ってソ連辺りまで行くつもりだったんでしょうか…。
無理だと思うけどなあ、それ。

ラテン系の勢いで突っ走るノリはきらいじゃないですが、
こうなるとちょっとタチが悪いですね。


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