■イギリスにだって文化はある



ちなみに反対側から見るとこんな感じ。
これも19世紀に流行ったらしい、ニセローマ風の妙な建物です。

東京の真ん中に万里の頂上を建てるようなセンスですから、
何考えてるんだか、私にはようわかりません…。



そこから東に伸びていた、ちょっと洒落た感じの通り。

右側の電話ボックス、えらく年季が入ってて、観光用に置かれた昔なつかしいもの…
と思ってしまいますが、こんなの、街中にあるのが、ロンドンです(笑)。



いい街並みです。

で、北に向かってたのが、東に進路を変えてしまってますから、
はい、またも道に迷ってます。
いいんです、楽しけりゃ。



しばらく行くと、広場にでる。

余談。
今回の旅行、よくわからんまま動き回っていながら、変にピンポイントで、
興味深いものを見かける、という旅になりました。
この時も、全く何も考えずにここに来てしまったわけです。
はい、右側の建物に注目。

これ、最初はてっきり教会だと思ったんですが、違いました。
正解は1933年に建てられたフリーメイソンズ ホールです。
奥にかなり広大な面積を持ち、当初は第一次大戦の会員戦没者慰霊のための
メモリアル(これも日本語にしにくい。鎮魂の建物としておく)も兼ねていたそうな。

…って、あれ?
フリーメイソンズ ホール(Freemasons' Hall)?



あれま、ホントにそう書いてある。

はい、ここが世界のフリーメイソンリー(Freemasonry)の総本山です。
まあ、日本でもいろいろおなじみなフリーメイソンの皆さん、
彼らが所属する団体が、フリーメイソンリーです。
(会員の呼称がフリーメイソン、組織の呼称がフリーメイソンリー)
で、ここがその世界総本部。
現在の建物になる前、18世紀から、ここにありました。

ちなみに、この建物の名前がフリーメイソンリーのホールでなく、
フリーメイソン達のホールになってるのは何か意味がある気がしますが、
詳細はわからず。

厳密には、総本山とか、本部とか本社とか、係長とかは
存在しないのがフリーメンソンですが、ここで始まったんですから、
まあ、ここが中心地でしょう。
ここに認められないと、ロッジ(Lodge)と呼ばれる
フリーメイソンリーの支部になれませんから。

このフリーメイソンも説明が難しいもので、そもそも彼らの言う
fraternal organisation はキリスト教的な思想背景がないと、説明できません(涙)。

直訳すると、友愛組合ですが、あえて日本語にするなら互助会、
共済会といったとこでしょうか。
要するに、隣人愛をもって、困った時にお互い助け合おうね、という組織です。
中国には、清朝が起きたあたりから、似たような組織があるんですけど、
日本には歴史上、存在したことがないので、説明のしようがないんですよ、ホントに。

とにかく、厳しい入会条件をクリアして、この互助会に入ると、
困った時に、他の会員達から支援が受けられるものだ、と思っておけばいいと思います。

その紋章は、直角定規とコンパスを組み合わせた中にGの字を入れたもの。
このため、元々は建築屋の互助会だったとか、石工の組合だった、といわれてますが、
そんなことはどうでもよく、実態は非常に入会審査が厳しいクラブでしかありません。
本格的な活動は1700年代に始まり、以後、イギリスの世界進出にあわせ、
その会員は世界に広がることになります。

フリーメイソンリーは入会基準の厳しさと、その秘密主義により、
一種の秘密結社といった印象が強くなってゆくわけですが、
まあ、ハイソな皆さんによる高級なクラブ、同好会みたいなもんで、
それ以上でも、それ以下でもないでしょう。

ただ、秘密主義であり、自分がメンバーであることを
他者に知らせるのはいいが、他のメンバーに関しては一切口外不可、
なので誰が会員なのかを確かめるため、
特殊な握手や挨拶で確認した、といわれてます。

ついでにメンバーに有力な政治家、実業家が居たのは事実で、
これらが組織のルールにのっとって、お互いを助け合った場合、
世界的な政治的、経済的影響はあったかもしれません。



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