■重力さえなけりゃ苦労はなかったのに
コスフォードの冷戦館で説明したように、イギリスでは1966年以降、
抑止力としての核兵器、弾道核ミサイル(BM)は
空軍の管轄から海軍への管轄へと移りました。
(イギリスからソ連へ打ち込むので大陸間(IC)ではなくただの弾道ミサイル)
つまりアメリカが開発した潜水艦から発射するこのポラリスが、
イギリスの核ミサイルの主力となったわけです。
射程距離が短いせいか、思った以上に小型で、展示されてるA-3型、
ほぼ最終進化状態のものでも全長9.5mしかありません。
これは第二次大戦中のドイツのロケット兵器、V-2の14mと比べても、
さらに小型で、これなら潜水艦に積めるわけです。
ちなみに当時のイギリスの戦略原潜は、
1隻で16発これを積んで運用されていましした。
ついでに、このA-3からは搭載核弾頭の多弾頭化が始まってます。
こちらはもう説明いらんやろ、という有名兵器、ドイツのV-2ロケット。
ロンドンはまさにこれをガンガンに打ち込まれた現場ですから、
それなりに複雑なものがあるような気もします。
ついでながら、V-2といえばロンドン、という感じですが、
実際は連合軍が大陸反攻の拠点としてたアントワープ周辺に対しての方が
はるかに多く撃ち込まれており、
一説にはロンドンの約1000発に対し、アントワープ周辺には1800発撃ちこまれたという話も。
1944年の9月から運用が始まったこれは、人類が初めて(ほぼ)大気圏外まで
到達させた物体でもあり、戦争の功罪ってのはいろいろあるなあ、と。
ただし、これ上方向には強いものの、横方向の移動は意外に貧弱で(笑)、
その射程距離はわずかに300km前後に過ぎません。
つまり、東京から大阪まで、とどかないレベル。
まあ、ヨーロッパ限定兵器ですね。
ちなみに北海道なら、東端から西端、北端から南端、どちらも届きません(笑)。
フランスの75mm野砲と牽引車(limber)。
ただし、牽引車といっても動力は馬ですので、このままだでは何の役にもたちません…。
ちなみに牽引には馬が4頭必要でした。
1897年設計とやや古いものの、第一次大戦時にはフランスの主力野砲として
使われつづけた、とのこと。
例によってここら辺はよく知らないので、とくに書く事はなし。
ちなみに展示の砲は第一次大戦終了後、フランスからもらったものだそうで、
ソンム、ベルダンといった激戦地で使われた砲だそうな。
イギリスの9.2インチ(23.4cm)
マーク I 対要塞用 重榴弾(曲射)砲(Heavy siege
howitzer)。
第一大戦時に使われたもので、約130kgの榴弾を9.5km先まで飛ばせたのだそうな。
さらに、これの改良型、マークIIは一部、第二次大戦まで使われていたようです。
ちなみにイギリスの場合、野砲(Gun)はポンドで大きさを表し、
榴弾/曲射砲(Howitzer)は口径のインチで大きさを表すようですね。
その後部。
砲弾も130kgともなると人力では装填できないようで、
専用のアームがついていました。
ちなみに、移動のための分解だけで36時間かかったとか。
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