◆南海でスピットが大決闘大行進

ほかに興味深いのは、VIII(8)&IX(9)両タイプともに、
燃料タンク内への与圧を行うようになった点だ。それはなに?というと

●当然ながらガソリンは気化しやすいのであります

●緯度50度のイギリス周辺ならともかく、
 地中海から北アフリカ、アジア方面はとても暑いのであります。

●暑いとガソリンは気化しまくるであります。
 特に高度3000mくらいからは気圧が下がり始めるので、沸点が下がり,
 どんどん気化して燃料が沸騰する、という珍事が発生するのであります。

●気化したガソリンは漏れやすくて燃えやすく、大変危険でガンス。
 それ以上に、沸騰状態の燃料には気泡がまざり、これをキャブレターに送り込んでも
 エンジンに必要な量の燃料が確保できないのであります。
 一般に、液体は気体になると1000倍以上に拡散、つまり薄まってしまうのであります。

★そんな燃料は逮捕、タイホだー!

●逮捕はできないのであります。
 さて、気圧が下がると沸点が下がる、ということは、逆に気圧が上がると沸点も上がるのであります。
 つまり、高気圧下では液体は沸騰しにくいのであります。加圧水ラジエターを覚えてるでありますか?

★逮捕、タイホなのだー!

●逮捕はできないのであります。
 なので、燃料タンクに空気をガンガン送り込んで加圧し、気圧を上げ、
 簡単には沸騰、気化しないように工夫するのであります。
 これによって、暑い地域で燃料に気泡がまざったり、気化したガソリンが自然発火して自爆、
 といった事態を事前に防ぐのであります。
ついでに、マーリン61,63からは燃料冷却器(fuel cooler)も搭載されたのであります。
 日本機ではよく見る装置ですが、これも燃料の沸騰防止用かと思うであります。

★終わりかー!

●さらについでに、低空用のマーリン66には燃料冷却器がついてないので、
 この沸騰現象はあくまで3000m以上くらいからのものと思われるであります。

といった感じだ。

ちなみにこの加圧装置の結果、自動再密閉(self sealing)タンクで、
溶け出したゴムが穴を塞いでも、加圧によって燃料が押されて吹き出してしまう、
という事態が発生したため、タンクに穴が開いたら、
すぐにこのシステムは切る必要があった。

で、この与圧タンクは、完全に地中海や北アフリカ、
さらにはアジア方面を想定した装置のはずで、
Mk.V(5)が熱帯で散々な目にあった経験を活かしたものだろう。
逆に言うと、これらの装置がなかったMk.V(5)の熱帯での闘い、
とくに夏場なんて悲惨の一言だったはずだ。


最後に、各タイプの説明をしよう。
このMk.VIII(8)&Mk.IX(9)から例のLF(低空用)、F(通常型)、HF(高空用)の
ラインナップが勢揃いする(Mk.V(5)にはHFが無かった)。
ただ、どうもこれ、使用高度だけで決まっていたのではなく、
用途、想定される任務によって付けた、というものでもあったようだ。
低空用の266を積んだMk.XVI(16)の分類がFなのは、
通常の戦闘機として運用されたためらしい。
これらの識別文字は、マークナンバーの前、LF Mk.IXといったように付ける。
外見から見分けるのはほとんど不可能なので、まああまり気にしなくてもいいが、
一応、Mk.IX(9)の主翼タイプも含めた一覧表を載せておく。
この段階ではすでに7.7mm8丁のA翼は火力不足が決定的となり、
生産は終了していたらしい。

また、Mk.IX(9)とMk.XVI(16)、さらにはMk.IX(9)から派生した
後期の主力偵察機、PR.XI(11)は、英軍内では一括して同じ機体扱いだった
ようなので、ここではこれらも併記しておく。




パッカードマーリンを積んだMk.XVI(16)。
外見からMk.IX(9)と見分けるのは、顔のアップの写真だけで犬のオスメスを判断するくらい難しい…
というか不可能だろう。
基本的に両機は同じ機体だが、スーパーチャージャーのギア比が異なり、
XVI(16)につまれたマーリン266の方がより低空向けになっていた。
ちなみにパッカードマーリン266はP51ムスタングには搭載されておらず、
どうもイギリス向け輸出専用のエンジンらしい。

ついでに、Mk.IX(9)は途中から、ほとんどが低空用のLFとなり、
生産工程の簡略化の狙いもあって、最初から翼端をつけていない
クリップド ウィング状態でかなりの数が生産されたようだ。
ただし、以前にも書いたが、Mk.IX(9)のLFは「低空用」の一言では
片づけられない高空性能も持っている。

さらについでに、以前も書いたように、10番台のナンバーは、偵察機もシーファイアも
通常のスピットファイアも、それぞれが重複しない別番号をもっているので、
アルファベットを省いて、スピットファイアのIX(9)、XI(11)、XVI(16)
と呼ぶケースも多かったようだ。


◆Mk.IX(9)各タイプ一覧


F Mk.IX(9) 通常型の機体。マーリンの61、63、63Aを順次搭載していった。
      武装は基本的に7.7mm×4、20mm×1のB翼のみ。

LF Mk.IX(9) 低空用の機体。マーリン66を搭載。
       B翼と、武装交換可能なユニバーサルウィングのCかE翼の2タイプがあった。


HF Mk.IX(9) 高空用の機体。マーリン70を搭載。
       これもB翼と、武装交換可能なユニバーサルウィングのCかE翼の2タイプ。


PR XI(11)  偵察型。マーリンの61、63、63A、70と全エンジンを搭載。
       武装はなし。

F XVI(16)   マーリン266を搭載。低空用エンジンのはずだが、機体形式はFらしい。
        武装は基本的に7.7mm×4、20mm×1のB翼のみ。


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