スーパーマリン スピットファイア FR Mk.XIV(14)e
Supermarine Spitfire FR Mk.XIV(14)e



さて、今回はグリフォンエンジン搭載世代のスピットファイア、
いわゆるグリフォンスピットの最初で最後(涙)の本格量産型、
Mk.XIV(14)を見て行きます。
厳密にはそれに写真偵察機能を追加したFR.Mk.XIV(14)eで
もはや普通に FR Mk.XIVe と書くと何かの暗号にか見えませんね、これ。

グリフォン スピットでもMk.XIV(14)は当初ハイバック型が造られ、
途中から水滴キャノピーのローバック型に生産が移行します。
今回見るのはローバック型ですが、プロペラは5枚になってるわ、
コクピットは水滴キャノピーになってるわで、もはや完全に別の機体、という気も。

5年ぶりに国に帰ってきて、これがスピットファイアです、とか言われたら、
そんな初歩的なウソに俺がダマされると思うなよ、とか考えてしまうところです。



マーリン エンジンの後継として考えられていたのが
同じロールス・ロイス社によるグリフォンエンジンでした。
これもV12気筒ながらマーリンの27000ccから
37000ccへと大幅な排気量アップがなされています。

ただし意外なほどサイズは小さく、同じ2段2速過給器搭載型でマーリンと比較すると

■グリフォン65(Flight 1945 9月号による)
全長2.05m、全幅0.749m 全高1.14m

■マーリン61(Aircraft engines of the world 1946による)
全長1.98m、全幅0.757m、全高1.145m

という感じで、実は両者は、ほとんど大きさが変わってません。
驚くほどコンパクトな構造なんですよ、グリフォン。
それゆえにグリフォン、スピットファイアにも搭載可能だったのです。
おそらく狙ってこのサイズにしたのでしょう。

ただし乾燥重量だと948kgあり、
これは744kgだったマーリンより大幅に増えてますから、
かなりギュッと詰め込んだな、という感じがします。
とはいえ、そのサイズで軽く2000馬力を超えてきてるんですから(65型で2200HP)、
確かにすごいエンジンではあるんですよね、グリフォンも。

グリフォンは大戦が始まる前年、1938年にイギリス海軍の艦隊航空機関(Fleet Air Arm)が
ロールス・ロイスにマーリンを超えるエンジンの開発を持ちかけて開発が始まったようです。
ちなみに、なぜかは知りませんが、イギリス海軍の航空部隊は高高度戦闘機に興味が無く、
グリフォンは低空用戦闘機の強力なエンジンとして開発が依頼されてます。

…日本海軍も、アメリカなんかじゃなく、イギリス海軍相手だったら、
結構、いい勝負になったと思うんですよね、ここら辺り。
あの連中、21世紀になっても空母航空戦というのをまるで理解してませんし。

その後、空軍もこれに興味を示し、スピットファイアへの搭載が早い段階で決定してました。
まだ開発中にも関わらず、1939年の開戦直後には
次期主力スピットのエンジンはグリフォンで決まり!となっていたようです。

が、結局、フカーの流体力学の魔力によって、安定した性能を発揮しながら、
時間を掛けずにどんどん進化していったマーリンエンジン搭載スピットが
最後までイギリス空軍の主力として活躍してしまいます。

このため、それなりの性能を示したものの、結局グリフォンスピットは
さしたる活躍の場を与えられずに終戦を迎えることになるのです。
その代わり戦後も1950年代までイギリスはこれを運用してますが。

ここら辺り、彼の行く末は社長だぜ、とさんざん将来を嘱望されてた若手社員が、
いざ定年を迎えてみたら課長で終わってた、みたいな世界になってます…

ちなみにグリフォンを搭載した最初の試験型スピットがMk.IV(4)なんですが、
これが1941年11月にようやく初飛行した、というのが全てを象徴しております。
これ、最初のマーリンスピットの大型進化型、Mk.V(5)から約10ヶ月遅れなのです(笑)。
先に計画されたゆえに若いナンバーを持っていたはずのMk.IV(4)、
開発が遅れまくってたんですね。

なので本来ならMk.I、IIの後継機とすら考えられていた可能性があるグリフォンスピットですが、
結局、その登場はMk.V(5)どころかMk.IX(9)よりも後になりました。
しかも例によって(笑)、最初の機体は従来型のスピットの胴体に
強引にグリフォンエンジンを載せてしまったものとなってます。
これがスピットファイアのMk.XII(12)で、型番から判るように、
偵察型 FR.MK.XI(11)の次のスピットです。

ただし、従来の機体にそのままグリフォン載せたに等しいMk.XII(12)では
さすがに設計に無理があり(Mk.IX(9)とVIII(8)から改造された)、
わずかな数(おそらく100機前後)が生産されただけで終わります。
そして次に登場した機体、今回紹介する大幅に改修されたMk.XIV(14)が、
最初で最後の(涙)本格量産グリフォン搭載スピットになるのです。
ちなみにMk.XIII(13)が抜けてるのは、縁起を担いだからではなく、
偵察型の機体に番号を使われてしまったから。

でもって、実質、950機前後が造られた、このMk.XIV(14)が
グリフォンスピットの代表選手と考えてください。
他の機体はすべて300機以下しか生産されておらず、
事実上、全く無視してかまわないでしょう。
とりあえずグリフォン スピットの全型の生産数を合計しても2000機に満たず、
これは単一の型で5000機以上造られたMk.V(5)やMk.IX(9)の
半分以下しか造られてないことになります。

ついでに、グリフォンという名は、ワシの頭に四本足の伝説の怪獣の事ではなく、
猛禽類のGriffon vulture、日本名でシロエリ ハゲワシから取られたもの。
先代のマーリンも、アーサー伝説の魔法使いの方ではなく、チョウゲンボウの一種でした。
そもそもロールス・ロイスの最初の航空エンジンは、イーグル、ファルコン、ホークと
西も東も猛禽類大進撃な命名だったため、以後、それを踏襲してるのですが、
最初に主なものを三つとも使ってしまったため(笑)、以後の命名は迷走します(涙)。

とはいえ、伝説の魔法使いと同名のマーリンと来て次がグリフォンですから、
ちょっとした洒落っ気はあった命名のようにも思えますが。



今回の写真はタイ空軍博物館で展示されてるシリアルSM914機。
おそらく1945年製造で、その後、まずイギリス空軍(RAF)が使用、
1950年に退役した後、タイ空軍(RTAF)が中古で買取り、約4年ほど運用していたもの。

タイ空軍博物館は気分で適当に展示機の色を塗ってしまう、という悪癖はあるものの(笑)、
わざわざ面倒な事はしない、というとてもありがたい特徴があります。
このため、ややボロボロですが、この機体はほぼオリジナル状態を維持してる、
というなかなかステキな機体になってます。
グリフォンスピットにはあまり興味のない私ですが、
これだけの機体が撮影できたとなると話は別、少し詳しく見ておきましょう。

コクピットの後ろに開いてる大きな丸穴は偵察用カメラの搭載部で、
あの窓にカメラを設置、上空で機体を傾けて旋回しながら目標を撮影します。
窓には透明の板が入ってますがこれだけの経年変化の後も、
キレイに向こう側が見えてますから、これアクリルではなくガラスっぽいですね。

実は造ったはいいけどイマイチ使い道の無かったグリフォンスピットの多くが、
武装はそのままで偵察機能を追加され、戦う偵察機として投入されて行きます。
なので、FR.型といっても、マーリン時代のスピットとは違い、
武装は残したままになってるのが特徴です。

余談ですが2段2速過給による高高度戦闘機で、それとは別に低空型もある、
さらに武装を積んだままの偵察型がある、というラインナップ、
実はこれ、アメリカ海軍のF4Fワイルドキャットにそっくりです。
両者が影響を与え合ったという話は見たことないので、偶然なんでしょうが…。

でもってグリフォンスピットは最低限の改造だけだった第一世代と、
主翼を含めた大改造を行った第二世代にわかれるのですが、
このMk.XIV(14)はMk.XII(12)と合わせて第一世代に属してます。
それでも結構な改修が加わってるので、簡単にその差を見ておきましょう。



ちょっと撮影角度が違うのであくまで参考用ですが、後期マーリンスピットのMk.XVI(16)との比較。
例によってコクピット横の搭乗用ドアで位置を合わせてます。

水滴キャノピーはとりあえず置いておくと、まずは機首部の延長が見てとれます。
Mk.XIV(14)の全長は9.95m、Mk.IX(9)の9.47mより50cm近く長いのですが、
それにしてはやや延長部が短いような…と思って後部を見ればこの巨大な尾翼(笑)。
一目で尾部パーツが極めて大型な垂直尾翼に置きかえられてるのが判りますね。

これは操縦性の向上を狙った、というのと同時に、
おそらく200kg近く重くなった機首のエンジンとの重量バランスを取るための対策でしょう。
空中では機体の重心点を挟んで、機首と尾部がヤジロベエのように釣りあって
機体を水平に維持してます。

よって、機首が重くなったら、尾部もそれなりに重量を加えてやらないと、
空中では機首が下を向いてしまい、まともに飛べなくなります。
これを尾部から引き起こす場合、テコの原理となりますから、重心から遠いほど、
より小さなオモリでも機首部の大きな重量増加に対向できます。
(力のモーメント=半径×力)

なので、機首の重量増加に対向するなら尾部を長く延ばして、そこにオモリを積むのが理想です。
スピットの場合、どこにオモリが入っていたのかハッキリしませんが、
この尾部の延長が、そういった効果を狙ってる可能性は高いでしょう。

ついでに、機体の運動性を考えるなら、本来重量物は重心に近い位置、
主翼の前後に配置するのが望ましいのですが、
グリフォンスピットでは、この機首部の重量増加に対向するためか、
無線機の位置を従来のコクピット真後ろから、胴体後部に移動してます。
ゆえに戦闘機型でも手軽にコクピット後ろにカメラが積めたわけです。

ついでにもう一つの注目はコクピット前、エンジンの手前の分割線の位置が
グリフォンスピットでは従来と違ったものになってる点。
上の図で左から二番目の点線の位置にマーリンスピットでは分割線がありますが、
ここにコクピット(+燃料タンク)とエンジンを隔てる防火壁がはいってます。
上のMk.XIV(14)ではこれが前方にズレ、さらに分割線も直線分割でなくなってます。
(防火壁も上部が斜めに曲がってる)

これは機首部の下にあったオイルタンクをこの位置、
燃料タンクの前に持ってきたためで、これにより従来より25.4cmほど
エンジンの取り付け位置が前に動いたようです。
ここら辺りはエンジン排気量が大きくなり、
オイルタンクも大きくなった事による改修らしいです。

なので、グリフォンスピットの場合、機首部が伸びたのは、
この改造による影響が大きいでしょう。
なにせエンジンの大きさはほとんど変わってないんですから。
(さらにスピナーも少し大型化してるはず)

ついでにこの写真では判りにくいですが、
グリフォンエンジンの出力軸(プロペラ軸)はマーリンより少し低い位置にあるため、
プロペラ軸の位置も少し下に下がってます。

この結果、グリフォンスピットの機首はドイツのMe109のように
機体中心部に向けて機首部が絞りこまれる事になりました。
さら下部のオイルタンクが消えたため、機首部は極めて細くなっており、
この結果、グリフォンスピットは、なんだか鉛筆のような印象の機体になるわけです。


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