■サルの人ではない方のエンジン

さて、そんなわけで動き始めたスペースシャトル計画。

大型燃料タンクを軌道船から切り離して外付けとし、
左右に回収再利用可能な二つのブースターロケットを取り付けた
ノースアメリカン・ロックウェル案が正式に採用決定されたのが1972年夏の事。
これはニクソンの提言からわずか半年後の事でした。

実際はすでに1969年ごろから、各社の提案を受け付けていたのは前回も説明した通りで、
それゆえにここまで早く段取りが進んだ、と見るべきでしょう。



というわけでこれがスペースシャトルの最終形態となりました。
まず本体ともいえる軌道船があり、
その腹の下に軌道船用燃料を搭載した外付けタンク、
そして固体燃料式に変更されたものの左右にブースターロケットを搭載、という
ノースアメリカン・ロックウェル社案による構造です。
(NASA側からの要求もあったらしいが)

この燃料タンクを切り離して外付けにする、
というのがある意味スペースシャトルのキモでした。
これによって従来の宇宙ロケットのように、船体内がほとんど燃料タンク、
という構造を捨て、多くの乗員が乗れる操縦席、そして大きな貨物搭載室が
その機体内に確保される事になるのです。
ただし、これは当然、複雑な構造を機体にもたらしてしまい、
間接的、直接的に二度にわたるシャトル事故の引き金となって行きます。
この点はまた後で。

ちなみに左右のブースターロケットは固形燃料ですから、
この液体燃料タンクからの補給は受けてません。
ついでにこれらは一度点火しちゃうと停止できないので(笑)、
必ず最後に、軌道船のエンジンがちゃんと動いてるのを確認した後、点火されます。

ちなみにロケットモーター(エンジン)は
ピストンもなければ圧縮用多段タービンもありませんから、
その巨大な出力の割にはかなり小型であり、
シャトルの軌道船では、垂直尾翼の下の空間だけに全ての構造が収まってます。
強力なジェットエンジンを積んだ戦闘機などでは、
胴体の半分以上がエンジン収容部だったりする事を考えると、
極めて小型、といっていいでしょう。
燃料タンクさえなければ、宇宙船の設計はかなりの自由度を持つのです。

その後の開発も比較的順調で、
3年後の1975年5月には主エンジンの試作機が完成、
さっそく運用テストを開始しています。



スミソニアン博物館軍団の航空宇宙本館に展示中のスペースシャトル軌道船主エンジン。
軌道船にはこれが3機搭載されてます。
画面中央左付近の青白っぽい四角はガラスへの映り込みなので、気にしないでください。
ちなみにこれ、SSMEと呼ばれる事があり、何の略だと思ってたら、
Space shuttle main engine の頭文字だそうで、そのまんまやんけ…。

ちなみにエンジンらしい構造部は右側のゴチャゴチャした部分がだけで、
全体のほとんどは左側にあるノズル部で占められてます。
(ただし冷却用に燃料の液体水素をノズル内で循環させてるので、そう単純な構造ではない。
ノズルの内側は液体水素が流れる細かいパイプが、縦方向にびっしりと埋め込まれてるのだ。
なにせ最大で3300度を超えるため、冷却無しではノズルを構成する金属が溶解してしまう)



■Photo : NASA

でもって、今回の記事を書く時、NASAの資料引用の著作権条件を確認したら、
個人のWEBサイトなら、ほぼ無条件で流用可能と知る。
マジですか!やりたい放題じゃないですか!ヴィバUSA!勝ったも同然!

という感じで、その冷却配管が見える写真をNASAのサイトから。
ノズル内部に無数の細かい線が走ってるのが判ると思いますが、
これが燃料の液体水素が走る管で、これによってノズル内壁を冷却する
というスゴイ設計になってるのです。
同時に、これは噴流の冷却にもなるので、多少なりとも
出力の向上に役立ってる可能性もあり。なんで?というのはこの後で。




さて、せっかくなので、ちょっと脱線。
ロケットの推力は噴き出すジェット噴流(作用)に対する反作用で押し上げる力です。
図にするとこうですね。



作用する力の大きさ=逆向きの反作用の力の大きさ

ですから、ジェット噴流が持つ力が大きいほど、ロケットの推力は上がり、
その出力は噴出流体の発生させる力を求める式でわかります。

(P×入り口面積×入口流速×入口流速)-(P×出口面積×出口流速×出口流速)

*Pは流体の密度 
*作用の力だから答えはマイナスになる。
その反作用だからベクトルは逆向きになりロケットを持ち上げる力はプラス



これを見れば、流体の密度を上げる(=質量を増やす)、
あるいは流体の出口速度(噴流の速度)を上げれば
その推力は上がる、というのが判ります。

が、噴流の密度を上げるのは燃料の量を増やす(=質量増加)
に繋がるのが普通で、全体の重量増に直結しますし、
その効果は単純な乗算(掛け算)分の増加に過ぎませんから、
下手をすると増加した力のほとんどが燃料の増加による重量増で
相殺されてしまう可能性があります。

対して出口流速(=噴流の速度)を上げれば、
搭載燃料そのままで、出力に対し2乗の上昇で効いてきますから、
はるかに効率よく出力が上げられます。
このため、ロケットエンジン(ジェットエンジンもだけど)の設計のキモは
いかにジェット噴流を高速に噴き出すか、がポイントになって来ます。
で、流速はその通過する断面積に大きく影響されますから、
このため噴流を噴出させるノズルの設計が、
ロケットエンジンの設計のカギになるわけです。

なので写真のシャトルのエンジンのノズルも、
流体力学の先端を行く形状なんですが、当然、私にはよくわかりませぬ(笑)。

話を戻すと、シャトルの主エンジンの出力は海面高度で375000ポンド、約179トンにもなり、
(空気が薄いほどジェットの流速が上がるので高度が上がると出力も上がる)
さらにロケットでは意外に難しい出力調整も可能で、
65%の出力から緊急出力ともいえる109%まで変更できる設計になってます。

発射時には主エンジン着火から左右のブースターロケットに点火するまで(離床するまで)
の約6秒間で一気に出力100%まで持って行き、機体が浮いてから約2秒後に
さらに104.5%まで出力を上げます。

その後、高度12000フィート(約3657.8m)、マッハ0.75辺りまでこの出力で飛んだ後、
(約30秒前後。つまりシャトルは30秒ちょっとで富士山を登れるのだ)
急激に主エンジン出力を絞り、72%まで落として音速を突破します。
で、音速突破後、おそらく衝撃波の造波抵抗による抵抗を押し切るために
再びエンジン出力を104.5%まで上昇させるのです。

その後は、離床から約2分後にブースターロケット切り離します。
あとは4分前後で大気圏外に出て、最終的に燃料がなくなる7分過ぎまで
104.5%の全力運転を行った後、出力を徐々に落として行きます。
最終的に打ち上げから8分30秒ごろ、
空になった燃料タンクを切り離してエンジンは止まるのです。
(高度100q前後まで加速して終わる場合。投入高度によって時間は異なる)



ノズル部を後ろから見るとこんな感じ。
となりの女性と比べても、あれだけ巨大な物体を
宇宙にまで持って行く装置としては意外に小さく、
(まあ単発ではなく3機搭載してるんだけど)
全長で4.11m、高さが2.97m、幅2.34mでしかありません。
(大きさは例によってスミソニアン測定による)
長さだけなら、近代型のF-15やF-16戦闘機に積まれてる傑作ジェットエンジン、
P&W社のF-100の約4.9mより短いのです。
さすがに直径は約2倍になってますが(笑)。

ちなみにF-100エンジンのアフターバーナーありの最高出力でも、
約25000ポンド前後、約11.3tに過ぎませんから、
スペースシャトルのエンジンの約1/ 15、すなわち6.3%の力しかありませぬ。
ロケットエンジンてスゴイんですよ…
その代わり膨大な燃料を数分間で使い切ってしまうんですが。

ついでながら軌道船のメインエンジンは、
ロケットエンジンとしては低出力な方で、
スペースシャトルの左右につく補助ロケットは約5倍以上の出力を持ちます。

写真でノズル外壁周辺に見えてるガス管みたいな細いパイプは例の
冷却用に使われる燃料の液体水素循環パイプですが、
よく見ると一番底の部分に穴が開いてます。

発射時の映像を見ると、着火数分前からここから何か液体が噴き出してるので、
単に循環させてるだけでなく、何か燃料圧の調整のような事を
これでやってる可能性もあります。
(エンジン着火前に発射台周辺で見えてる白い煙の正体がこの液体水素)

あるいはジェット噴流を冷却してる可能性もあります。
噴流を冷却すると密度が上がりますから質量が増え、上で見た計算式によって、
エンジン出力が上昇する事になるからです。

ただし、なんでここから液体水素をまき散らしてるのか、
という資料を見つける事が出来なかったので、この辺りはあくまで推測です。

ちなみに発射時には発射台側から水を噴霧して
ウォータースクリーンを造ってますが、あれはエンジン噴流の超音速衝撃波、
それと音波そのものが地面に反射し跳ね返って来て、
機体を破損するのを防ぐためのもの。
花火大会や陸上自衛隊の総火演(笑)の爆発音を体験した人は判るでしょうが、
衝撃波を伴う大音響は音というより、一種の空気の壁で、
体全体に衝撃が来ます。
これがスペースシャトルのエンジン音だと全てがケタ違いになり、
さらにこれは波ですから、床にぶつかると反射されて跳ね返って来てしまうのです。
それは細かい耐熱タイルで囲まれたシャトル本体を破損する力を持ちます。

が、しょせんは波ですから、結構簡単に消せます(笑)。
密度が違う水滴が空中にまき散らされると
それとの衝突で波は大きくエネルギーを失うため、
音波も衝撃波も波として伝わる事が困難になり、その影響を抑えられるのです。
なので、発射直前になると、発射台の下に大量の水による幕が張られます。

この辺りはドイツのUボートがやっていた、水中に空気の泡を発生させると、
水中の音波が伝わらなくなり、ソナーが効かなくなる、
という装置とほぼ同じ原理によります。
…よくまあ、こんな装置を思いついたものです。
NASA、恐るべし。

ただし、当初はそんな影響は予想もされてなかったため、
初期の打ち上げで機体が損傷してしまいました。
このため、後から付け加えられた装置です。


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