■その名は大いなる企て

さて、エンジンテスト開始の翌年1976年の9月には
最初のスペースシャトル、OV-101 エンタープライズ号が完成します。
起工は1974年6月でしたから、ざっと2年強で完成した事になります。

ただしこの機体は、エンジン無しで、さらに大気圏突入時の高温から機体を守る
耐熱タイルも模造品でしたから、大気圏外に出る能力は全くありません。
(ごく一部にホンモノの耐熱タイルが使われてる、という話もあり)

そんなんでいいのか?という感じですが(笑)、大気圏内の滑空飛行試験、
および各種地上での試験用だったので、これはこれでありだったのです。
ちなみにエンジンが無いので、上空までは専用のボーイング747改造機で運び、
そこで切り離してから、滑空によって地上に戻ってくる、という運用でした。

ただし当初の計画では、このエンタープライズも
後からエンジンおよび耐熱タイルを装備、宇宙に飛ばす気でした。
よって基本構造は、十分、宇宙船なのです。
NASAもこの機体をスぺースシャトルの軌道船1号機としてますしね。
(エンタープライズがOV-101で、最初の“宇宙で使える”スペースシャトル コロンビアがOV-102)

もっとも、この後から付ければいいや、という部品はかなり多く、
大部分の電子装置、さらには降着装置のフタの油圧装置すら付いてません(笑)。
なので飛行試験の着陸時は、固定ボルトを外して、
後は重力で勝手にカバーが開くのを待つ、という、
およそ宇宙時代の夢の機体らしからぬ運用をやってました。
(ただし最終的には油圧装置は付けられてる)
逆に後のスペースシャトルには無い、射出式脱出席を装備してる、
という特徴もあるんですけどね。
(コロンビア号も建造直後にはこの装備があったが後に外された)

でもって軌道船2号機であり、最初に宇宙まで飛んだコロンビア号は
その建造中に大幅な改修が加えられてしまった結果、
エンタープライズとは似て非なる機体になってしまいます。
このため、この機体をコロンビアと同じ構造に改造して宇宙に送り出すには
一から造るより高くつくことが判明(必要ゆえの改修なのだからしないと死ぬ)、
その結果、最後まで大気圏内実験機として終わる事になるのです。

ちなみに、最初のスペースシャトルの損失である、
チャレンジャー事故の後、再度、この機体を宇宙飛行可能な状態に
改造しては、という提案がありました。
が、結局、予備の部品を中心に新造した方が速いし安いとなり、
最後のスペースシャトル、5号機であるOV-105エンデヴァー号が造られたのでした。



スミソニアン航空宇宙博物館の別館、ウドヴァー・ハジーセンターが開館した直後に
運び込まれ、展示されていたのがこのエンタープライズ号でした。

2011年に全スペースシャトルが引退した後には“ホントに宇宙で使える”
ディスカバリー号がNASAから寄贈されたため、
この機体はニューヨークに移動し、
2016年現在、イントレピッド海洋、航空と宇宙博物館
(Intrepid Sea, Air & Space Museum)にて展示中です。
…この博物館、もう少し名前に一工夫が要るような気がしますね。

ちなみによく見ると左翼内側、右翼外側の前縁部の部品が欠けてますが、
これは2003年のコロンビア号空中分解事故の原因究明実験のために、
この機体から部品が取り外され、試験に使用されたためらしいです。
ただし、あの事故は左翼の内側の破損が原因で、
右翼の外側までなぜ試験に持っていったのか、よくわかりませんが…。

なのでコロンビア号は、左翼のあの位置から、
大気圏突入後、破壊された事になります。
機首先端部と同様に、胴体から横に飛び出した主翼前部は衝撃波背後の
高温、高圧部にモロにさらされますから、あの部分が破損した以上、
機体はどうあっても助からなかったでしょう。

ちなみに原因究明が終わった後、部品は返還されてるはずなんですが、
この2005年の訪問時には外されたままでした。
ただし、現在はテストの傷跡が残ったまま、取り付けられて展示されてるようです。

ついでにエンタープライズの名が、アメリカで人気の高い元祖特撮番組、
スタートレックの主役艦から取られているのはよく知られた話です。

本来、軌道船の命名基準としては、アメリカの歴史上重要な船、
さらに探検や科学的発見において活躍した船の名から取る、
という命名基準がありました。
なので当初、この機体はコンスティチューション(Constitution)の名が予定されてたのです。
日本語にすると憲法号で、なんだそれ、という感じですが、
これは恐らくアメリカ海軍最古の現役軍艦、
USSコンスティチューション号から取られた名でしょう。

が、この機体の建造を知ったスタートレックのファンが一大投書運動を展開、
大統領あてに数十万通もの改名要望書が送り付けられた結果、
時のスカタン大統領、フォードを動かしてエンタープライズに改名してしまったのでした。
スゴイな、アメリカのオタク パワー。
ちなみにNASAも公式にスタートレックから取った名前だ、と認めており、、
アメリカは奥が深いなあ、という感じです。




■Photo : NASA

1976年9月のエンタープライズ完成記念式典には
スタートレックの出演者たちが招かれてました。
中央のスポック役のニモイを始め、見た事ある顔が並びますが、
なぜかカーク船長の顔が見えませんね。
しかし服装がなんとも70年台全盛で、ダサイというか最悪ですな。
ほんとにこのころのアメリカはヒドイ時代です。

ちなみにスターウォーズの第一作が公開になるのがこの翌年、1977年で、
この年がアメリカにおけるオタク(Geek)文化を
スタートレックが独占した最後の年となります(笑)。
この辺りは日本におけるガンダム登場までの宇宙戦艦ヤマトみたいなもんでしょうか。




ちなみに、これがスタートレックに登場するUSSエンタープライズ号。

これは、スタートレックの撮影に使われた本物の模型で、
これもスミソニアンの航空宇宙博物館に展示されてます。
日本で言ったら国立博物館にウルトラマンの着ぐるみが展示されてるような感じでしょうか。

アメリカらしいなあ、という感じですが、展示場所はお土産屋さんの地下階なので、
(地下に他の展示は一切ない)よほど注意しないと見落としてしまう可能性はあり。
後ろにスターウォーズのポスターまで見えてるのはそういった場所だからです(笑)。

余談ですが、エンタープライズ(Enterprise)も日本語に訳しにくい言葉で、
大いなる企て、興業、といった感じの単語なんですが、
どこか野心的、やる気にあふれる、というニュアンスを含みます。
会社名にもやけに使われるので、意味が掴みにくいのですが、
この辺りは日本の会社名の興業が近い…というか、
これってひょっとしてエンタープライズの和訳?

ちなみに、大戦中の日本では、これを“金儲け”とスゴイ翻訳をし、
神聖なる軍艦に“金儲け”などとつける(空母USSエンタープライズの事)国に
我が日本が負けるはずない、と話していた学校の先生が居た、
と何かで読んだ記憶があります。
何時の時代でも、変な翻訳で、変な結論を出す人っているんだなあ、と思ったり。



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