■P-51 ムスタングの話

第二次大戦中の戦闘機における最高傑作機は何か、
と問われれば、ノースアメリカン社のP-51B/C型以降、
というのがほぼ一般的な見解であり、そして実際、その通りでしょう。

今回の記事ではそのP-51ムスタングを取り上げて行きます。



言うまでもなくP-51はアメリカのノースアメリカン社の戦闘機なんですが、
その誕生、進化に関しては、アメリカ陸軍の航空部門はほぼ関与しておらず、
常にイギリス空軍の存在がありました。常に、です。
ちなみにムスタングという名前もイギリス空軍の命名になってます。

余談ですがノースアメリカン社本人は機体の識別アルファベットを
愛称の頭文字にする、というのが好きな会社です。
T-6テキサンはTでTexan(テキサス野郎)、A-36はAでApache(アパッチ族)です。

が、この会社の機体の内、イギリスがその生産の主導権を握って命名した機体が二つあり、
一つがこのP-51でMustang(野馬)、
もう一つがB-25でMitchell(アメリカの戦略爆撃の始祖の人)
とこちらは頭文字Mで始まってます。
なんでノースアメリカン社で頭文字Mなのかは全く謎です(笑)。

イギリス空軍の愛称は、スーパーマリン社(頭文字S)がスピットファイアにスパイトフル、
ホーカー社(頭文字H)がハリケーンにハンターと、
基本は会社の頭文字に合わせるんですけど。
(ただしホーカー社のTの嵐シリーズ、タイフーンやテンペストのような例外もある)

ちなみに人名を機体に付ける、という習慣は欧米でもあまり無く、
戦車は人名だらけですが、航空機では珍しいです。

このムスタングはイギリスとアメリカの完全な合作、というべき機体で、
さらに言うなら、イギリスは地上部隊と連携し、
それを援護する対地攻撃用の戦闘爆撃機として運用を計画しており、
まさか最強の制空戦闘機がここから生まれてくるなんて微塵も思ってませんでした。

この辺りはスピットファイアの時と同じで、ロールス・ロイス社の流体力学の魔術師、
フカーの手によって進化した2段2速過給機付きのマーリン61シリーズの恩恵を得て、
いきなり大化けするんですが、その点はまた後で。

一方、アメリカ陸軍航空軍はP-47とP-38だけで
戦争は勝てると思ってました(P-39はガッツとソ連送りでカバー)。
このためドイツに対する戦略爆撃で長距離制空戦闘機が
絶対必要不可欠になるまで、そんな機体の開発はまともにやってなかったのです。
そして、その必要性が判明した瞬間に忽然と登場するのが
マーリンエンジンによって生まれ変わったムスタングのB & C型で、
なんとも運命的な機体ではありました。

そして速度、上昇力&加速性、武装、航続距離、ロール性能、の
全てにおいてほぼトップクラスの能力を持っていた機体であり、
D型以降は武装も12.7o×6門と強力なものになってました。

さらに親会社が大量生産の権化、自動車メーカーのゼネラル・モータズだった
ノースアメリカン社製らしく、安価で量産が効く、
という欠点がほとんどない機体となってます。

ついでに上の写真のD型は単純にカッコよく、
筆者が戦闘機に興味を持つようになったのは、子供のころ、
親戚からもらったこの機体のプラモデルがきっかけでした。

ただし、各性能で見れば、航続距離ではアメリカ海軍機に比べてやや劣りますし、
速度は最高クラスでしたが、それでもイギリス空軍のテンペストなどとほぼ変わりません。
ついでにP-47Dに比べるとわずかに高速な代わりに最高速度が出る高度では
数百メートルほど低くなってました。
(ただし大戦に間に合わず少数生産で終わった最終生産型P-51Hは
間違いなくレシプロ最高速の戦闘機になっていたが)
ロール性能はこれまたトップレベルですが、それでもドイツのFw190のような
バケモノが上には居ますので、どれも決してベストな性能ではなかったのです。

さらに言えばアメリカの戦闘機としてはかなり軽量ですが、
ヨーロッパ戦線の機体、そして日本の機体に比べるとちょっと重く、
さらにP-47や海軍機が搭載したR-2800という2000馬力の化け物エンジンより
マーリンはやや非力だったため、加速性、上昇力に若干の不満が残りました。
この点は改善を試みながら、結局、大戦中にその解決はされずに終わります。
(最終的に550機前後の生産で終わったH型がその回答だったのだが、
配備が遅く大戦中の戦闘参加は間に合わなかった)

このため重量が効いてくる上昇力&加速性において最後まで
ほとんどの日本戦闘機に対して劣っており、
さらには海軍のF6F、F4Uに比べてもやや見劣りがしました。

が、それぞれの性能において最高ではなくとも、常に成績上位に居る、
というアベレージ ヒッターであり、この結果、最優秀戦闘機の称号を
戦後に敵味方両方から授けられることになります。

その生産型の展開はスピットファイアやMe-109のような難解さは無く、
主なものは三つの型のみで、アメリカ用で見れば
アリソンエンジンのA型、2段2速エンジンのマーリンエンジン搭載のB&C型、
(B型とC型は生産工場が違うだけで事実上同じ機体)
それを水滴風防にして搭載機銃を6門に強化したD型だけでした。

ただしアリソンエンジンを積んだ最初のムスタングでも、
イギリス向けムスタング I アメリカ向けのA-36、P-51A、
さらにイギリス向け改良版ムスタングII などがありますし、
D型にはプロペラ板だけが異なるK型なんてものもあり、
必ずしも単純明快とは言い切れない部分も残ります。
B型とC型のように同じ機体で製造工場が違うだけ、という変な区分もありますし。
さらに言うなら、アメリカのアリソンエンジン搭載ムスタングの開発は
何を考えてるのかよくわからん、というくらい変なスケジュールで動いてます。
この辺りも後でまた見て行きましょう。

さらに上でも書いた軽量型の開発が始まり、
最終的にH型として完成するまで、意外に迷走、
さらにそこからP-82ツインムスタングという異形の機体まで出てきます。

この辺りも含めて、ちょっと詳しくやって行こうとは思ってますが、
今回はあくまで導入編という事で、これ以上は深入りしませぬ(笑)。


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