下から見る。
やはり主翼が巨大です。よく見るとあちこちに穴が開いてますが、博物館の解説によると弾痕らしい、とのこと。
ガル翼のため、主翼後部のフラップが二枚に分かれているのも見て置いてください。

主脚から後ろの主翼下面、筒状のカバーが付いてる部分が丁度逆ガル翼の谷底に当たる部分で外側の主翼はここから取り外せました。
ついでに外した後の内翼と胴体はちょうとドイツの貨車に搭載できる左右幅で設計されてます。
よく考えられてると言っていいでしょう(尾翼部は胴体の後部から丸ごと取り外せる)。
ちなみに、この機体の運用説明書(Betriebsanleitung )には分解して列車に積むまでの指示まで入っており、なるほどドイツ人らしい几帳面さだなあ、と思ったり。
また、主翼後部の動翼、全てが独立してるように見えますが、よく見ると根元の部分がロッド(棹)で繋がれてるのにも注目。強度維持の関係ですかね。

主翼後ろの胴体下に、ちょこんと突き出ている二本の棒は高周波アンテナかアンテナポールのように見えますが、実はコクピットへの乗り降りの時に使うステップです。
すなわち左右どちらからでも乗れた、という事になります。これは意外に珍しい構造です。



もう少し胴体部をアップで。
250s爆弾の直前に穴が開いてますが、あの奥にはガラス張りの床窓(Bodenfenster)があり、コクピットから下が覗けるようになってます。窓にはフタがあり床付近にある消火栓のハンドルのような装置でパイロットが任意に開閉できるのです(閉めると胴体下面とツライチになる)。
なのでJu-87では両ラダーペダルの間に窓がある、という変なコクピットになってます(ただしA型には無かった可能性あり)。
ここで目標に狙いをつけて投下、という事になるんですが照準器とかは無く、そちらは普通にコクピット正面についてます。

ちなみに初期のA型から既に光学照準器で、これを審査した日本陸軍は未だ戦闘機ですら望遠鏡式の照準でしたから、かなりの衝撃を受けたようです。
ついでに爆弾落す前に主翼に搭載された7..92o機銃を撃ち、その曳光弾で目標を捕らえたら投下していた、という話もあるんですが確認できず。

さらについでにこの窓穴も以前の展示では塞がった状態でした。



斜め前から。
余談ですが、写真右端のオバサマ、なぜかJu-87をスゴイ形相で睨みつけておりました。実戦で戦った経験でもあるんでしょうかね。

主翼の7.92o機関銃はこちらだけ現存し、向こう側、右翼のは失われています。
ちょっと見づらいですが、その機銃のやや外側にあるのは着陸灯で、これは左翼にのみにあります。



反対側から。ゴツイですよね。
こちらだけ機首部横に煙突状の突起がありますが、これはユモ(Jumo)210エンジンの過給器の空気取入口。
この機体は南方用、すなわち北アフリカ用なので、砂漠の砂塵がエンジン内に入ってトラブルの元にならないよう、フィルターがついており通常の機体より大きめとなってます。

こういった妙な横位置に空気取り入れ口がある、というのはMe109、Fw190 D9、などドイツの液冷エンジン搭載機の共通の特徴です。
ドイツの液冷エンジンはモーターカノン、クランクシャフトと平行な、プロペラ軸を通じて撃ち出す機関砲の搭載が前提でした。
このためエンジン後部に過給器を積めずエンジン横に貼りつける形となりました。この結果、機体横に吸気口が飛び出す事になったのです。
空気抵抗的にはかなり不利で、ドイツ軍機の泣き所の一つでしょう。



別の角度から。
質実剛健、という感じの印象が強い機体です。D型以降だともうちょっとスマートになるんですけどね。

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