ザルジニー参謀総長

ウクライナ軍の最高司令官、参謀総長ザルジニー(Валерій Федорович Залужний)将軍へのインタビュー。

一人目として紹介したスィルスキー将軍が作戦指揮を含む現場の戦闘司令官なのに対し、人事権を含むより高位な地位にあるのがウクライナ軍の参謀総長ザルジニー将軍の立場のようです(前回取り喘げたタルナフスキー将軍を抜擢したのがこの人)。ちなみに当然ながら空軍と海軍にも最高司令官が居り、陸軍のスィルスキー将軍は両者に対する直接指揮権は持たず、ザルジニー将軍が全軍を統括する、という形になるようです。ただしウクライナの場合、空軍と海軍は存在感が薄く、事実上、スィルスキー将軍が軍全体の作戦指揮を執っていると見ていいと思います。

余談ながら、現在のウクライナ軍の体制は、ゼレンスキー大統領が開戦半年前、2021年の夏からロシアとの本格戦闘に備えて一気に整えたものです。無能な連中を片っ端から解任する上からのクーデーターとすら言えたのがこの動きで、まずはザルジニー将軍が開戦半年前の2021年7月、無能と言っていい前任者を解任の上で抜擢、続いて8月には、空軍司令官、さらに北部以外の三地区の軍管区の司令官を全て解任の上、入れ替えています。この人事で固められた人材が今の戦争を支えている、という一面は間違いなくあるでしょう。

ただしザルジニー将軍の場合、単なる参謀総長と言うよりは第二次大戦時にルーズベルト大統領が設立した陸海軍の連絡会議、統合参謀本部(JCS)の議長を務めたリーヒ海軍大将のように、全軍の意見を調整し、大統領とのパイプ役を受け負う、というより政治的な立場のようにも見えます。

今回の記事、肝心のインタビュアーがお世辞にも知恵があるとは言えぬ凡庸な人物という悲劇が含まれるのですが、対する将軍がそこを帳消しにして多くの事を語ってくれる、という特異な内容になっています。ここまで知能差のあるインタビューは珍しいでしょう。以下、インタビュアーのどうでもいい話を差っ引いた上で要約しておきます。元のインタビューは2023年5月13日にYou tube で動画の形式で公開されたものです。



■Photo ARMY INFORM


■職業軍人の立場として、既に2014年からこの戦争は始まったと私は思っている(筆者注・クリミア問題から繋がるウクライナ内戦の事だが、この辺りは増刊号で見て下さい)。2022年2月24日から規模が拡大されたに過ぎない。つまり我々はすでに8年戦っている事になる。多くの人がずっと命を失い続けて来たのだ。よってこの一年だけを取り上げ考える事は意味が無いだろう。この8年で我々は学び、強くなった。ロシアが予想してなかった事だと思う。戦争は我々の学校だった。
(筆者注・これは本当。2014年から15年のロシアが干渉した内戦ではとにかく負けまくり、包囲されまくった。逆にロシア常に見事な包囲殲滅戦を展開ていた。この2022年以降との落差がどこから来てるのか個人的には興味深い。ちなみに内戦時の戦闘は例によって増刊で見てくださいませ)

ロシア側のバフムート攻防戦に置ける人的損失は膨大なものだ。それでも彼らはウクライナ人を殺すために兵を送る。バフムートが彼らの決めた目標地点だから、どれだけの損失を出しても止めない。21世紀の軍事作戦としては、信じられないくらい異様な戦術だ。これだけ科学が発展した時代に、我々の祖父の時代の戦争を思い出させる戦闘が展開されている(筆者注・第二次大戦におけるソ連軍の人海戦術、同時にその相手となったヒットラーの占領地への病的な執着による軍の作戦への介入を指すと思われる)。このため敵を全て殺すか、我々が殲滅されるか、という戦闘になる。ロシア軍相手に他の方法は無い。極めて単純な話だ。

本来、ロシア軍は近代的で最先端の軍を持っていた。いくつかの情報から私は確信しているが、今回の侵攻に先立ち、多くの情報に基づいた総括的で、かつ詳細まで考えらた作戦計画を立てていたと思われる。途中、何度か変更が加えられたかもしないが、そのための訓練や演習も行ったはずだ。その結果、この作戦は上手く行かないとの結論に至ったらしい。

これを受けて作戦に関わった人々は交代させられ(筆者注・主語が不明瞭なので「この作戦は不採用になった」とも取れる)、その結果、とにかく集結させてしまった部隊をウクライナに送り込むことになった。このため逆に我々は当初、困惑する事になり、ロシアはその目的を達するように見えた(筆者注・この辺りやや説明不足でよく判らないのだが、ウクライナ軍はロシア側の作戦を知っていた、ところがそれが放棄され、成り行き任せの作戦で動いて来たので、逆に困惑させられ、対応が後手に回ったという事か。すなわち24日に突如奇襲を仕掛けて来るとは思っていなかった、と。実際、ウクライナ側は明らかに奇襲を受けた形になった)

(2022年2月24日より前)私はあらゆる戦争の可能性を分析し、場合によっては極めて困難になるとも想像していた。この分析が後に私や参謀本部が、さまざまな状況下で迅速に対応するのに役立った。敵は圧倒的多数で、強力で、そして多方面から同時に高速に侵攻して来た。2月の終わりまでにはウクライナ軍の資源は枯渇する可能性が高かったから、とにかく既成概念にとらわれない発想と想像力しか打開策は無かった(筆者注・ここも詳細があいまいで、軍が殲滅されてしまう可能性が高いという意味なのか、砲弾や燃料が無くなる、という意味なのかは判らず。以後の戦争の展開を見ると前者かと思われるが断言はできない)。

採用された対策の効果を常に検討し、効果無しと判明したら直ぐに変更した。あらゆる発想を検討し、その成果を評価した。これが我々が今までやって来た事であり、今もやっている事だ。我々は膨大な量の作業をこなし、空軍を含め、あらゆる部隊がこれに対応した。今言えるのはここまでだ。いつの日か、具体的な全貌を話す事ができるだろう。未だに多くの事は機密なのだ(筆者注・以後、いくつかの質問には、とにかく我々は上手くやったんだよ、とかわしている)。

2月24日、私が最初に取った行動は招集可能な軍司令官を全て呼び集める事だった。私は彼らに始まったぞ、出来る事をやれ、と手短に命じ、彼らはいよいよですね、とこれに応じた(筆者注・やはり開戦当日にウクライナ軍は全く戦闘準備が行われて無かった事を認めている)。

その日の朝5時、あまり愛想のよくない海外の人物から謝罪の電話をもらった。この件についてもいずれ詳しく述べる事ができる日が来るだろう。勝利の後だね(筆者注・開戦直後である。ロシア側からの電話、と考えるのが適切か)。

侵攻直後から我々は敵の分析を開始し、次の手を予想し、対策を始めた。敵はあまりに巨大で数が違い過ぎる。以前の演習の結果や各種情報を考慮して検討した結果、生き残るための手段は一つしかないと判っていた。それは可能な限り最短の時間で一気に大規模な損失を敵に与える事だ。その出血によって作戦の続行を不可能に追い込む。その作戦は上手く行った。敵の背後を叩き、敵の補給基地を叩き、予備兵力を叩き、補給待ちで動けなくした所を叩いたのだ。

ロシア側は全てを破壊して進む焦土戦術を採用している。不幸にしてそれが出来る兵力をロシアは持っていた。彼らは侵略者だからそれでいいが、我々は違う。無駄にできる弾薬も無い。我々は砲弾も地雷も、そして人命も、無駄に浪費せず、有効に利用する。対してロシアの戦術は人命軽視である。彼らが何と言おうが我々は実際に戦場でその死体を見ている。膨大な数の損失だ(筆者注・ウクライナ側の発表だと2023年5月の段階で死者20万人を超えた。彼らはドローンで相手の死体を数えてるので数字の信憑性は高い。そしてドローンで観測されない、敵陣内での病死、ケガによる戦死は数には入っていない可能性が高い)。

普通の軍隊ならとっくに作戦中止になってる損失でも彼らは戦いを続ける。興味深いのはソ連時代、アフガニスタンでは1万5千人の損失で撤退したのだ。はるかに高い損失でも彼らは今、戦い続けてる。要するに、ロシアにとって最も低コストな兵器が人命なのだ。この点は我が国とも、他の国とも正反対な価値観と言える。

戦争を学術的に分析するなら、極めて多くの要素が含まれる。一つの勝利にはその時々で様々な要素が含まれる。戦いには多くの“もし〜だったなら”があり、多くの失われた要素がある。ではどうすれば勝てるのか、という話は単純ではない。神が我々の側いれば、まあ勝てるだろうが(筆者注・宗教的な意味では無く運の事だと思う)。

黒海艦隊の巡洋艦モスクワを沈めたが、まだ終わりではない。我々はその先を考えている。

蛇島ことズミイヌイ(Змiiний)島は領土的には重要だ。その存在がウクライナの経済水域を広げるからだ。だが正直に言えば、戦略的に重要な土地では無い。ただしロシアが対空レーダーを設置したことで問題となった。ウクライナの広い範囲がこれによって索敵されてしまう。ゆえにこれを奪回する事にしたのだ。ロシアはウクライナ側の作戦を予期して無かった。

私はウクライナ軍の総司令官として、軍隊内に残っていたソ連時代の古い体制や慣習を変えようと努めて来た。その悪習の排除が私の大きな仕事だった。部下の意見も聞き、一人の人間として扱え、と教えて来た。軍隊式でない人間関係を築けと。それが我々の基本であり、ソ連式の軍隊と異なる点だ。これにはとても時間が掛った。まだ完璧でも無い。部分的にはソ連時代の物が未だに残っている。

それでもその結果が、今のロシア軍とウクライナ軍の違いなのだ。これによって大きな優位を我々は得ている。この新しい文化を持つ軍によって、将軍から下士官、そして兵士までが一丸になって戦うからだ。若々しく、より創造的な軍隊、より賢明な軍隊になったのだ。思い付きでは無く、より正しい思考で行動する。

大きな戦闘がある場合、とても複雑で多くの仕事が発生し大変な作業となる。ソ連時代なら大変だった。だが現在の私の部下達は、私が彼らの決定を尊重し、深入りしないことを知っているだろう(筆者注・部下への権限委譲によるOODAループの高速化の事だと思われる)。

ウクライナ軍では最前線の兵や軍曹でも、任務の上で必要なら、軍の最高司令官(筆者注・サルジニー将軍である)に直接連絡が取れる。早急に必要な火力支援の要請などで、そういった実例がある。ロシア軍では前線の情報が上層部に届くまで、そうは行かないだろう。ロシア軍の体制は帝政ロシア時代、貴族性や封建制の時代の軍隊を思わせるものがある。少なくとも実際の戦場で、それらを観察できる。

2月24日の段階で、海外のいわゆる軍事専門家がウクライナに残された時間は96時間と言っていたが、それが我々の参謀本部に余計な負荷を掛ける事にはならなかった。自分がやるべき事は判っていたからだ。

私はプーチンの動向に興味は無く、演説は見ないし、記事も読まない。私には関係の無い事だからだ。私が唯一注目しているのはロシア軍のゲラシモフ将軍だ。彼に関する情報には常に注目している。彼を過小評価してはならない。強くて巧妙な男であり、その行動の予測が困難だ。同じ軍人として尊敬している(筆者注・この辺りの詳細はよく判らない。ゲラシモフはロシア軍で一番偉い参謀総長であり、現在のウクライナ侵攻軍の司令官でもある。2014年の内戦初期にウクライナとの戦闘に関わっていたと思われ、その時に何か体験したのかもしれない(その後、2015年からシリアに送り込まれた)。ただし本来のゲラシモフは戦術的な理論家と言うよりも戦争全体の戦略を述べる戦略屋である。情報戦、敵の反乱分子を利用する内戦など、必ずしも正面からの軍事衝突に寄らずに敵を屈服させるいわゆる複合体戦争(頭の悪そうなカタカナ英語だとハイブリッド戦争)をかなり早い段階から提唱していた人物。2014年から始まるウクライナ内戦はまさにその複合体戦争だったが、現状を見れば判るように完全な失敗に終わった)

この戦争における勝利条件は明確だ。ウクライナ全土の解放である。だがそれでは十分ではない。二度と侵略を受けない国にする事が必要であり、そのための軍隊を維持する必要がある。手を出したらただでは済まぬ、と見なされる国家。その設立までが勝利の条件になる。イスラエルは一つのいい例だ。私は軍人だから、軍事以外の事は判らない。ウクライナの未来については他には何とも言えない。 

https://www.youtube.com/watch?v=_xzgr5RyHw0 
 


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