■レズニコフ国防長官
ウクライナ軍四天王の最後は文民の最高指揮官、すなわち法制上の最高責任者であるレズニコフ(Олексій
Резніков)国防長官。2021年11月から現職にあります。この人の場合、自ら立候補して議会の推薦を受けてこの地位にあるのですが、ゼレンスキー大統領がこの人事にどの程度関わっていたのかは、筆者がウクライナの議会運営を良く知らんので不明。普通に考えればゼレンスキー大統領による指名を受けてると思うのですが。
基本的には海外からの援助引き出しや予算の確保といった政治的な面、さらに供与された西側の兵器の管理などを担当しているようです。元々は弁護士であり、法律事務所を運営する経営者、そして特別行政区であるキエフの政治家として活躍していた人。軍事とは何ら関係のない人物です(ただしソビエト連邦時代に2年だけ空軍勤務の経験がある。恐らく兵役義務によるもの)。軍事には明らかに疎いですが、冷静かつ常識的な人物で、よくその職務をこなしてると言っていいでしょう。
一時は政権内の政争に敗れて更迭説すら出ていたのですが2023年5月現在はむしろ政権内で発言力を強めています(政争を仕掛けたのは恐らく情報部門のボス、ウクライナ側で唯一お笑い担当のブダノフ将軍)。今回のインタビューは2023年4月に公開されたものとなります。
■Photo ARMY
INFORM
現在、大きな期待が寄せられているウクライナの反攻作戦についてはまだ詳細は言えない。期待し過ぎないように、と述べて置く。とにかく、この点は誰にとっても予想外の出来事であってほしい、それが軍事的な作戦の重要な点だからだ。その開始は誰にも知られてはならない。敵が反攻開始に気が付くまでの時間が長いほど成功の確率は高くなる(筆者注・OODAループの「観測」させない事への言及である。政治家から軍人まで皆で目標地点を公言して連呼し、そこを損害を無視して攻撃し続け、いたずらに損失だけを重ねてるロシアとの違いがここである。兵数で戦争に勝てるなら、清は欧米列強から事実上の植民地化されなかったし、インカ帝国は滅びなかった。武力は兵数だけでは決まらない。そして武力の源の兵器に明確な差が無いなら単純に正しい手段を行ったものが勝つ)
現代の戦争では情報の秘匿は極めて困難だ。我々が攻勢を準備しているのは公然の秘密となってしまっている。だが詳細は誰も知らない。実は昨年秋のハルキウ電撃戦の時、作戦については聞いていたが詳細な情報は国防長官の自分ですら正確には知らなかった。当時、ラムシュタイン会議に向かう列車に乗っていたが、同乗していた二人の将軍たちと情報収集に追われることになった。ドローンからの映像を見てイジュームが解放されたことを知った。さらに部隊がオスキル川に到達したと知った時、彼らと地図を見て「これは凄い事になった」と驚いたのだ(筆者注・これまでの観測に基づく筆者の推測ではウクライナ軍司令部の独立性は極めて高く、大統領にすら作戦の詳細を知らせてない可能性が高い。これは文民統制と言う観点からすると非常に危険だが、政府が軍をキチンとコントロールしてるなら最強の情報秘匿となる。実際、アメリカを見れば判るように、政治家と官僚は情報に関しては完全にザルで、簡単に情報は洩れる。軍上層部だけで情報を囲い込んでしまえるなら、それが正しい。同時に国防長官すら知らないことを国外の「軍事専門家」が知るわけがない、という証左でもある。英米の「専門家」の話を筆者が全く信用しない理由の一つがこれだ)。
この時は直ぐにオーストラリアの軍用車両、ブッシュマスターの動画と写真を撮らせて私のSNSで公開した。直前に供与されたオーストラリアのこの車両は極めて有効だったので、これによって感謝の意を示し、さらなる援助を呼びかけたのだ。
現状、ウクライナ国民の反攻作戦に関する期待は過熱気味だ。国内外のさまざな人々に扇動されている。これは我々が既に勝利を確信しているからでもある。以前は誰もウクライナの勝利なんて信じて無かったが今は違うのだ。同時に期待が過度になってしまう弊害もある。この点、私には打つ手がない。私の母は精神科医で「状況が変えられないなら、状況への対応を変えるしかない」と言っていた。だから我々は、過大な期待しないで、そして正確な情報を教える事はできない、と国民に告げ続けている。
(以後はラムシュタイン会議における防空システムやF-16供与を中心とした政治的な話となるので一部割愛)
砲弾、ミサイルの不足が指摘されるロシアは世界中の市場から調達を試みている。北朝鮮やイランだ。単独ではもう無理だと認めている。よって既にロシアの砲弾が底をついたから直ぐに勝てる、といった単純な話にはならないだろう。
心理学者によると人間の忍耐の限界は21日前後だと言う。実際、私も開戦から21日辺りで一度、限界が来た。睡眠不足と緊張から回復が追いつかず、大統領や軍司令官からの電話の内容を確認するだけの状態になっていた。これでは全てが破綻すると気が付いたので、一日か二日を掛けて回復を試みた。その時に考えたのは自分はこの戦争がいつ終わるのだ、と自問ばかりしていた、という事だ。これがフラストレーションに繋がっていた。そこで二、三日で解決する問題では無い、これは長距離走のような物なのだ、馴れなくてはいけない、と自分に言い聞かせた(筆者注・この人は以前、スポーツ関係の行政にも深くかかわっていた)。
実際、戦争は短期間で終わるようなスプリントではなく、マラソンだ。マラソンの最後の195メートルを走るには、その前に42キロメートル走らねばならない。その間はずっとエネルギーと資源を蓄え、ペースを保ち、賢く使い、残り195メートルで全力を出して一気に決着をつければいい。ただし今、我々がどの地点に居るのかは、まだ判らない。ゴール地点は不明のままである(筆者注・マラソンの距離は42.195qだからこの例え。時間を掛けてロシア軍を弱体化させながら、自分はラストスパートのための体力を残し、最後に一気に決着をつければいいとしている)。
そしてそのマラソンを応援する人、補給所で水をくれる人が居るのと同時に邪魔をする人もまた居る。走り方が悪い!足の入れ方が悪い!ランニングシューズを間違えてる!高いランニングシューズを買って浪費してる!といったようにだ。
(筆者注・遠回しにウクライナ軍の戦い方に安っぽい論評をするな、以前に明らかになった軍の一部による汚職事件を理由に戦争を批判するな、と言っていると思われる。村を野盗から守るために雇ったお侍さんが多少の盗みをしても、野盗を滅ぼすという重要目標を達成できるなら目をつぶれ、という事だろう。暴論にも見えるがウクライナの最優先目的はロシア軍の殲滅だ。同時に全てを完璧に行う事など誰にもできないのだから軍事作戦が上手く回っているならそれでよく、他の問題への対応は平時に戻ってからやるしかない。その点でこれは正論だろう)
開戦時にウクライナ政府のコロナウィルス対策が終わって居たのは幸運だった。オンライン会議の設備が整っていたのもその成果の一つだ。これは大いに役に立った。
現在の大きな問題は、プロパガンダ(情報戦)による欺瞞情報の影響力だろう。一方に影響を与えれば、他方にも影響を与えることができる。
ロシアは和平交渉の夢を抱いているが、どうすれば「特殊作戦」を終わらせられるか判っていない。しかもクレムリンの連中の考えは極めて病的なので、我々にもどういった手を打って来るのか予想ができない。
外交的な交渉は、侵略者の戦争資源が枯渇しているにもかかわらず、何かを要求するために始まるものだ。制裁の解除や、商業活動、生活のための貿易などを求めて交渉が始まるだろう。彼らはその機会を探し、交渉する。それが外交である。ただ、その場合、主な基準となるのは純粋な各種数値データである。それ以外の要素は受け入れられない。
ロシアとの和平は現在のロシア政府相手では無理だと思う。新たに政権に付いた人々との交渉になるだろう。ロシアの新政権はウクライナに対して譲歩するしか無いだろう。さもなければ友好国の中国に「絞り取られる」だけの国になるからだ。他に選択肢は無い。
終戦後には国際法廷を開き、ロシアを二度と侵略国家としないため、その戦争犯罪を裁かねばならない。そうでなければ敗戦を迎えたロシアにウクライナへの復讐を叫ぶ第二のヒットラーが登場する可能性が否定できないからだ。第二次大戦後、ナチスドイツの戦争犯罪人を裁くニュルンベルク裁判が行われた事で、ドイツに第二のヒットラーが生まれる事を防いだ。この点は参考にするべきだ。もちろん、ロシア人とドイツ人の違いは考えなければならないだろうが(筆者注・ニュルンベルク裁判がドイツの再ナチス化を防いだという考えは微妙だと思われる。さらにこの話は現政権が転覆後にロシアが無条件降伏する前提に見える。正直、どこまで本気て言ってるのか筆者には判断が付かない)。
実際、かつて植民地を持つ帝国だった国々で、現在は平和な文明国家になった例はいくらでもある。フランス、オランダ、イギリス、スペイン、ポルトガル、ペルシャ(イラン)、モンゴル、ギリシャ、オスマン帝国(トルコ)などだ(筆者注・ペルシャが現在のイランだとレズニコフは知らなかった可能性がある。そのイランは現在、ロシアにドローンを含む兵器を供与しているのだ。この辺りがこの人の知識の限界かもしれない。ついでに言えば、イギリス以外は全部、自らも一度は植民地化、あるいは傀儡政府の国家にされた経験がある)
https://armyinform.com.ua/2023/04/27/oleksij-reznikov-koly-nastane-chas-rozmov-pro-myr-dyktuvaty-bude-ukrayina/
といった感じでウクライナ軍部四天王インタビューはオシマイです。
とにかく一定の才能を持った然るべき人物が、その能力が求められる地位にキチンと居る事に驚いてます。これは当たり前のようでありながら、歴史上、実際に行われたことは数えるほどしかありません。理由は簡単、人の能力を見極める能力、は人が最も手に入れにくい、貴重な才能だからです。私の知る範囲でこれをやったのはローマのカエサル、第二次大戦時のF.ルーズベルト大統領、その下に居たマーシャル参謀長、ホンダの藤沢副社長、ソニーの盛田さん、あとは織田信長くらいでしょう(秀吉にもその才はあったが自分の際に頼り過ぎた面がある。あとチンギス・ハンもその可能性が高いのだが何せまともな史料が全く無い謎の人なのだ)。ゼレンスキー大統領はどうもそれに匹敵する才能を持ってるように見えます。我々は歴史を目撃してるのだ、恐るべき才能を持った人物が、あるべき時にあるべき場所に居たという歴史上稀有な例を見てるのだ、と個人的には思ってます。
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