さて前回見たように、無線装置を切ると言う斬新な手段で軍団司令部の停止命令を無視したロンメルは、16日の夕刻にフランス国境を突破、翌朝17日の朝6時半ごろまでには天然の要害、サンブル川も渡河して国境から45q近く西のル・キャトに到達していました。念のため地図でこの辺りを確認して置きましょう。

ただしこのロンメル師団長の快進撃に付いて来れていたのは二個戦車大隊と一個オートバイ狙撃兵大隊の一部だけでした。戦線奥深く、無防備に近いフランス領内を進撃するには十分な火力でしたが、突破した後方の安全を確保するのに必要な歩兵が決定的に欠けていました。さらに補給も一切無かったので戦車大隊は燃料も弾薬もほとんど無いと言う危機的状況に置かれてしまいます。
この点は同じ高速突進でも常に補給を意識していたグーデリアンとそうでないロンメル、という両者の差が強く出ている部分でしょう。直感だけで動くロンメルと常に全体の状況を見ながら決断していたグデーリアンの差です。この辺りも両者の戦闘指揮官としての決定的な能力差を感じる分ではあります。ついでに言うなら、この時、補給無視の突貫が上手く行ってしまった事により、後のアフリカ戦線の成功と失敗、両者の要素がロンメルの中に産まれた気がします。
とりあえずル・キャトに到着したロンメルは後続の部隊が全く見えないことに驚き、何やってるんだあいつらと憤ります。ただしこの辺りはどう考えてもロンメルに非がありました。二個戦車大隊と第7オートバイ狙撃兵大隊だけを引き連れアヴェーヌからサンブル川に向かって進撃を開始後、無線機の「故障」により後続部隊に明確な指令を出していないのです。後続部隊が受けていた指令は「アヴェーヌを目指せ」までであり、それ以上の指示は受けていません(ロンメルによると無線機は受信が出来なかっただけなので、こちらからの指令は送信したとの事だが怪しい)。後続部隊にしてみればアヴェーヌに到着してみたらロンメルは不在の上、無線が「故障」した事にしているため一切の連絡が取れないのですから。
さらにフォワ・シャペルの師団司令部からはアヴェーヌまでで止まれ、との指令が出ていましたから、当然の結果として後続部隊の多くはここで止まってしまったのです。さらに言えば第15装甲軍団司令部が第7装甲師団にアヴェーヌまでの進撃許可を出したのは16日の22時の段階、しかも17日になってからだよ、という条件だったので師団司令部周辺にあった第7狙撃兵旅団の大半は17日の朝8時ごろまでフォワ・シャペル一帯に留め置かれたままでした。この辺りはロンメルと軍団司令部の命令い板挟みになって苦悶していた師団の参謀長の苦労がしのばれ、同情する部分でもあります。誰も付いて来ないことに憤慨してるロンメルの言い分が無茶だ、と言う他無いでしょう。
とりあえずロンメルもある程度までは事情を察して居たようで、一旦戻って状況を整理する事にしました。フォワ・シャペルの師団司令部はアヴェーヌまで移動する予定になっていたので、一度これと合流する気だったのだと思われます。このためル・キャトを占拠してから1時間も経たない朝7時ごろ、現地の指揮を第25戦車連隊長のロォテンバーク大佐に委任、無線指揮車に乗り換えてアヴェーヌまで引き返す事にしました。フランス軍のど真ん中に残される事になる部隊から戦力を割くわけには行かないので、護衛にIII号戦車一両を付けただけでロンメルは移動を開始します。まだフランス兵がウロウロしている一帯に、わずか一両の戦車の護衛だけで突っ込んで行く度胸はロンメルの凄みの一つでしょう。実際、以後、何度か危ない目に会うのですがハッタリと強気でこれを乗り越えてしまいます。繰り返しますが、天才ではあるんですよね、この人。
ただし僅か二個戦車大隊と一部兵力を欠くオートバイ狙撃兵大隊のみの戦力、しかも弾薬不足気味の状況でフランス軍の海のど真ん中に残される事になったロォテンバーク大佐も大迷惑だったはず。実際、この後フランス軍からの反撃を受け、かなり苦労したようですが、この辺りの明確な記録は残っていないため、詳細は不明です。
■Photo:Bundesarchiv
右を向いている人物の内、右から二人目がロンメル。左から二人目、防塵メガネをかけている人物が電撃戦中、常にロンメルと共に先頭を走らされるハメになった第25戦車連隊長ロォテンバーク大佐。この人も優秀な指揮官だったと思われるんですが、後に独ソ開戦直後、1941年6月28日に戦死してしまいます。当時46歳で大佐(ロンメルより3歳若いだけ)であり同じ平民階級の出だったため、ロンメルとは似たような立場の人でした。生き残れば間違いなく中将位までの地位には登っていたと思われます(最終階級は少将だが死後の特進による)。
ちなみにこの写真は電撃戦後、すなわちダンケルクで連合軍を逃がした後の対フランス戦中の撮影のようです。右端の車両にフランス国旗らしいものが見える点が気になりますが詳細は不明。
|