■ループの最短化の極北
さて、前回は対決する両者が通常回転における最高速ループを組み上げ互角の勝負に達したところまで見ました。今回は、そこから優位に立つためのさらなる高速化を考えましょう。それには通常のループ回転ではない、ループの飛ばし、ショートカットが必要になるのです。
ここで人間が最も速く動けるのはどういう時か、を考えてみましょう。そこが究極の目標地点になるからです。
それは反射行動であり、立っている時にバランスを崩しても反射的に足が動いて倒れない(伸張反射)、熱い鉄板を触ってしまったら反射的に手を離す(屈曲反射)、といった脊髄反射が最速のものです。ちなみに、大きな音がしたらそちらを見る、まぶしいと目を逸らすなど、脊髄反射ではない、単純な反射でもほぼ同じく高速な行動が可能です。
これらが高速行動を可能にしてるのは判断はおろか認識確認まですっ飛ばし、情報を受けた瞬間にいきなり行動に移っているからです。図にするとこんな感じですね。
このようにOODAループの4段階に比べて、わずかに2段階しかない超短縮の流れになります。さらには分岐も再回転も無いので、ループですらなく、そして反射的に行われた「行動」は常に正しいのです。理想の流れと言えます。
が、残念ながらこれは人間の脳による判断をすっ飛ばした反応なので狙ってできるものではありません。よってこれを勝負に持ち込むのは不可能です。が、そういった理想形が見えてるわけですから、少しでもそれに近づけたい、となります。
ちなみにもう一つ、似たようなループ回転を行うものがあります。それが天才の行動です。
連中は理屈では動かず、神経の反射に非常に近い行動をとります。天才バッターは難しいことを考えず、来た球を単にポカンと打つだけでホームランにしちゃう、という世界です。本人はそれが普通なので、なぜそんな事が出来るのかは説明できず、逆になぜ他の人ができないのか理解できません。その人たちにとっては歩いたり座ったりするのとなんら変わらない、普通に出来て当たり前の事なのです。よってこれも一般人には再現不可能な世界になってゆきます。
通常、天才の行動は「来た見た勝った」的な感じに難しい事抜きで完全な行動を行ってしまうため、OODAループの対象にはなりにくいのです。ただし、そんな人間は100万人に一人、下手をすると1億人に一人の世界ですから、例外中の例外として、ここでは考えません。そういった連中と戦う事になったら、運が無かったと諦めてください。こちらも天才を探して来ないとまず勝てません。
■OODAループでの短縮化
反射行動は段階をわずか二つにまで短縮して高速行動を行っていました。
となると、そんな反応は無理でも、四段階もあるループをもっと短くして高速化する事はできないのか、と考えられるわけです。結論から言えば、それは可能です。それがループの飛ばし、ショートカットによる高速化です。
実はOODAループは、特定の条件が揃えば、先に「観察結果への適応」段階を済ませ、さらにループの3番目にある「判断」を飛ばして「行動」に移る、ループの飛ばし、ショートカットによるに高速化ができます。これが「絶対的な指針(の指示)と統制」です。図にすると以下のようになります。
これが成立するのは「未来に何が起きるか判っていて、その正解行動は一つしかない」場合です。正解行動が一つ、というのが重要で、いくつもの正解行動が存在する場合、「推測」と「判断」が必要になるため、これは成立しません。
この高速ループでスタート地点が「監察結果への適応」からになっているのは事前に「正解行動の推測」を終わらせるためで、実際に事件が起きた時は、普通に「観察」からループに入ります。よってここは「0」段階目となります。こうして予め決めて置く正解行動を「絶対的な指針」と呼びます。「統制」は、それに従う事です。
■具体的な短縮例
では「未来に何が起きるか判っていて、唯一の正解行動が存在する」ループの具体例を見て置きましょう。実際は高速ループの場合、「観察結果への適応」から「正解行動」に直接移ってそのまま終わりになるのが普通なので、もはやループではないものが多いのですが。
電車の運転士が500m先の踏切上で車が立ち往生してるのを発見したとします。鉄道会社は当然、こういった事態の発生は予測しており、対応する唯一の正解行動「即座にブレーキを掛けて急停車する」を運転士に指示してあります。これが「絶対的な指針」です。すなわち「いつか必ず起こる」と判っている踏切の停車事故に対する「唯一の正解行動」、すなわち即座にブレーキを掛ける、までがループの回転前の段階で、既に決められているわけです。
よってこの場合のループはいちいち「観察結果への適応」で正解行動を推測したり、そこから「判断」を行う必要はありません。いきなりブレーキを掛ける「行動」に移れます。これを図にすると以下の通り。
実際に「踏切上に停車している車」が観察されると、ループは予め決めてあった「絶対的な指針」を発動させます。すなわち「絶対にブレーキを掛けろ」という「統制」の支配下に入ります。この場合、すでに正解行動は判ってるのですから、もはや推測も判断も不要です。
このため「判断」段階を飛ばして「行動」段階でこれを実行します。こうすれば踏切上の車を発見した直後にすぐブレーキを掛ける事ができ、通常ループよりずっと高速に行動に入ることが可能となるのです。
時速60qの電車は30秒で500mを駆け抜けてしまいますから、ブレーキの制動距離と併せ、いかに速攻で動けるか、がカギになって来ます。この状態で通常のOODAループを回し、正解行動を推測し、それを判断してから行動に入ったのでは、まず間に合わないでしょう。それを解決できるのが、事前に「絶対的な指針」を決定して置く高速ループの効果なのです。
これらは見た瞬間、聞いた瞬間に体が反射的に反応するので、ほぼ反射行動に近い高速行動が取れるようになります。このため一見すると、両者は同じように見えますが、生まれたままの状態で誰もが最速行動がとれる反射と、訓練や教育で身に付けねばらならない「絶対的な指針と統制」による高速ループ行動は本質的に別物ですから要注意(江戸時代の人を車に乗せても急ブレーキは踏めないが、暑い鉄板を触れば即座に手を離す)。我々はあくまでループの飛ばし、ショートカットで対応する必要があるのです。
■スポーツという戦いへの応用
さて、「未来に何が起きるか判っていて、その正解行動も予め推測できる」、そして「正解行動は一つ」という例はスポーツに多く存在します。そもそもルールに縛られて進行する、すなわち現実世界に比べて不確定要素が少ないスポーツは、「未来に何が起こるか」が判っている宝庫なのです。よって高速ループの利用が大きなカギになって来ます。
野球を例にとって見ましょう。
二死三塁で外野フライが上がった場合を考えます。この場合、三塁ランナーは外野フライを「観察」した瞬間に「ホームへ向けて走る」以外の正解行動がありません。外野手がフライを捕球したらスリーアウトでタッチアップはできず、逆に外野手が捕球に失敗してヒットになったら早めにスタートを切った方が有利だからで、どっちに転んでも打った瞬間に走って損はない、となります。よって「外野フライを確認したら、すぐにホームに向け全力で走れ」という絶対的な指針が成立、試合前の段階で選手にこれを与えられるのです。
似たような例はいくらでもあります。
ランナーが一塁で、高速ゴロをショートが捕球した場合、正解行動は二塁に送球せよ、のただ一つです(一二塁間の走塁は平均3.5秒前後、一塁への走塁は平均4秒前後。球速100q/hを超える高速ゴロは1秒前後で捕球でき、ショートの守備位置は二塁に近い。なので二塁に送球すれば確実に刺せる。さらにそこから走塁が遅い一塁に送球してダブルプレーが成立、一気にツーアウト)。よってこれも「捕球したら二塁へ送球」という「絶対的な指針」が成立します。
他にもボクシングなどは高速OODAループの回し合いで戦っているスポーツの代表です。人間の視認速度を超えるパンチで殴り合う以上、相手の動きを見てからOODAループを回していたのでは、通常、「行動」に入る事ができず、一方的にタコ殴りにされて終わりとなります。
あ、相手の右手が上がった、アレレこの人どうするのかなテヘ、などと考えてる瞬間に視界の外から鋭いフックを食らってノックアウトですから、右手が上がったらすぐガード、ただし相手の左手のガードが下がっていたら踏み込んでカウンター狙い、などの「絶対的な指針」を練習で徹底的に体に覚えさせ、見たらすぐ動けるようにして置かなければ確実に負けます。よって可能な限りの未来予測を行い、練習でその「絶対的な指針」を体に覚え込ませ、試合中は高速ループを回しまくって殴りあうのです。
この場合、より多くの引き出し、すなわちより多くの「絶対的な指針」を練習で身に着けて来た方が有利です。もし相手が「絶対的な指針」を持たない行動をとった場合、人間の反応速度では対応できず、そのパンチを確実に食らう事になるからです。このため手の内を読ませない戦術が重要になるんですが、現実にはどっちの陣営も相手を徹底的に研究してくるので、極めて複雑な駆け引きがリングの上では繰り広げられる事になります。
ゆえにボクシングは反射的なループを回せる天才か、いくつもの高速OODAループの引き出しを持つ頭のいい連中が強いスポーツになっています。
もし両方が合体してしまった場合、並大抵の人類ではなかなか勝てなくなります。
まあ、この辺りはどのスポーツでも一緒で、天才でなく、で頭も悪い場合、残念ながらあらゆる勝敗を競うゲームに向きませぬ(陸上や水泳のように単純に順位を競う競技は別)。
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