■カルタによるOODAループの飛ばし

最後にOODAループの飛ばし、ショートカットによる高速化を前回まで見た百人一首カルタに取り込むとどうなるのかを検討して見ましょう。すなわち飛ばしのループの組み上げを考えます。

とりあえず現段階までで最速のループ4の内容を確認しておきましょう。



百人一首を全て暗記し、場に出てる札の位置も覚えてしまう、がこのループ運用の前提条件でした。
そうすれば最大でも6文字まで聞けば札を取りに行け、これが通常ループとして組み上げられる中では最速ループとなります。ここから今回見たループの飛ばし、ショートカットをやるにはどうするのかを考えます。

まずループの飛ばしが可能なのは「未来に何が起きるか判っている」、そして「その正解行動は一つしかない」場合に限られます。この点、スポーツと同じく、ゲームもルールに縛られた活動なので、この条件はバンバン成立し、百人一首かるたの場合「百種類ある歌は一度だけ読まれる」未来が必ず発生します。そしてもう一つの条件「正解行動は一つだけ」も、そもそもカルタで取っていい札は一つしかないのですから成立します。よって飛ばしの高速ループを組み上げる事ができます。

前回も少しだけ触れましたが、こういった「状況に対応した高速ループを組み上げられるか」がOODAループ戦のカギです。どうすればよりOODAループの回転が速くなるか、どうやってそれを組み上げるか、その最適解を見つけた人間が勝つのです。そこにたどり着けなかった場合、前回も見たように、そして今回も見るように、行動に入る事もできずにタコ殴りにされて敗れ去る事になります。

ちなみに、この「ループを組み上げる能力」ではボイドが書いた最初のレポート「破壊と創造」の中で説明される「分析と統合」が重要な役割を果たします。これは以前に説明した「観察結果への適応」の中の五要素の一つと同じものですが、この点はまた後で説明しましょう。

■最終最速ループの組み上げ

ここからは実際の飛ばしの高速ループ組み上げを見て行きます。

今回の場合、ループ4のさらなる高速化が一番現実的なので、百人一首の歌を暗記し、その上で場に出てる札の位置も把握する、という前提条件は動かさなくてよいでしょう。

では、その先はどうするのか。
先にも述べたように、百人一首の歌の出だしでは最大6文字、最低だと1文字目を聞いただけで、取るべき下の句の札を特定できます。ここまで判ってるのなら、実際に歌が読まれる前に「絶対的な指針」を決めてしまえそうです。

一番簡単なのは最初に使われてる文字が唯一のものの歌です。一字決まりと呼ばれるもので、全部で7つの歌が該当します。
例えば歌い出しが「す」の字で始まるものは、「すみのえの きしによるなみ よるさえや ゆめのかよひち ひとめよくらむ」の一句しかありません。となると読み手の「す」の字を聞いた瞬間に取り札「ゆめのかよひち ひとめよくらむ」は特定できます。ここまではループ4と一緒。
ただしループ4では記憶してる場の札の中から一致するものを探し、正しいと「判断」してから取りましたが、今回はこの判断を行いません。ループの飛ばしをやるには、「推測」も「判断」も予め済ませて置く必要があるからです。

では、具体的にはどうするのか。
ゲームの開始前に場に置かれた「ゆめのかよひち ひとめよくらむ」の札の位置を覚えるわけですが、飛ばしの高速ループの場合はそれで終わりにせず「“す”の音を聞いたら無条件でこの札を取る」という絶対的な指針を決定します。すなわち「す」の音に対応する下の句はどれだっけ?という記憶からの検索は行わず、「す」の音が聞こえたら問答無用でこの札を取りに行く、と両者を最初から直結してしまうのです。
図にすると次のような形になり、これをループ5としましょう。


 

このループは特定の歌にのみ対応してるため、行動後は使い捨てとなる専用OODAループです。よって理想としてはループの引き出しの中に百の歌全てに対応する百個のループを入れて置かねばなりません。
この点がループ4との最大の違いで、あちらは一つのループで百の歌全てに対応するのですが、ループ5では全ての歌に専用ループを組む必要があります。だからこそ速いのだ、とも言えます。

覚える事が多すぎる、という気もしますが、ループ4以降の高速ループでは、歌の内容を全部覚える必要が無いのにも注意してください。上で見た「す」に対応する下の句は「ゆめのかよひち ひとめよくらむ」ですが、下の句が「ゆ」の字で始まるのは僅かに二つ、さらに「ゆめ」で始まるのはこの歌のみです。よって「す」が来たら「ゆめ」の札と覚えるだけでも大丈夫。こういった工夫もループの高速化のカギになってきます。

とりあえず最初は簡単な所、7つしかない一文字で取りに行ける歌だけこのループを組み上げ、後から徐々にループの数を増やして行く、といった辺りが現実的な戦術でしょう。ちなみに一文決まりを覚えたら、次は最初の二文字を聞いただけで取りに行ける二字決まりで…と考えてしまうかもしれませんが、実は二字決まりは42もの歌があり、楽ではありませぬ。次に覚えるなら二つしかない五字決まり(よのなかは、よのなかよ)あたりが無難でしょう。

そしてこのループが完全に回せるようになったなら、ループ4までの通常高速化ループしか使えない相手にはほぼ負けません。相手が札の位置を記憶から探し出し、確認し、判断してる間に反射的にこちらは札を取れてしまうのですから、これまた相手が「行動」に移れないまま、一方的に勝利を収められてしまうのです。すなわち再度「ずっとオレのターン」、一方的なタコ殴り状態の完成となります。

いや、百もある歌を暗記して取り札の位置まで全部覚えるなんて無茶言うな、と思ってしまうかもしれませんが、トップクラスの百人一首の参加者は、やって来ます。よって出来ないならそもそも向いて無いと思ってあきらめろ、という話になって来るのです。相手が飛ばしの高速ループを使っている以上、自分も同じループを回さない限り勝つことはできません。

もっとも百人一首のような極めて単純なルールのゲームは、せっかく組み上げたループを読まれやすく、一度目は圧勝できても、二度目からは相手も同じループ5を組み上げてしまう可能性が高いです。こうなるとループの速度ではほとんど差が付かないので、後は記憶力と反応速度の勝負、という世界となり、文化の匂いのカケラも無い純粋マッスル勝負になって行きます。

ただしこれは百人一首が単純でひねりのないゲームだからで、もっと複雑なルールで無数の勝敗要素が絡んで来ると、そう簡単に複雑な高速化ループは盗めません。この点、最もOODAループに適してるのは、アメリカンフットボールだと言われてますが、残念ながら私はこのスポーツをよく知りませぬ。

それでも同じように競技者が無数の選択肢を持つ競技、サッカーなどでも敵の知らない高速ループを組み上げた方が有利になる、という傾向はあるようです。この場合、誰もまだ気が付いて無い高速化ループ、特に飛ばしのループを発見し、しかもこれを回す事に成功したら、相手は何が起きてるのかも判らない内に点を取られ、敗北する事になるでしょう。

そして人間にとって最も複雑なゲームの一つが戦争であり、実際に「敵の知らないループの高速回転の組み上げ」で一方的に圧勝してしまったのが第二次大戦における西方電撃戦、ドイツ軍が低地諸国とフランスに攻め込んだ戦いでした。よってこの点は後に少し詳しく見ます。

とりあえず相手より速い「テンポ」のループが組めたなら、すなわち先に行動に出る事が出来たなら確実に勝つことができる、というのがここまでのお話となります。OODAループの高速運用とは、そのための高速ループをいかに組み上げるかの勝負でもあるのです。その究極系が、今回見た飛ばしの、ショートカットを使ったループとなります。

そしてここまでは、基本的に一対一の勝負の場合の戦い方、野球でもランナーやショートが一人で回す最も単純なOODAループの運用の話でした。が、より複雑な集団対集団の戦い、サッカーやバスケットボールのようなスポーツ、さらには戦争に至るまでの戦いは、もうちょっと話が複雑になり、この点は次回以降に見る事になります。という感じで、今回はここまで。


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